第56話 キャリー・ペニペニ


「……エリオ。こっちの解体、終わったよ」


「お疲れ様。こっちもちょうど上と下の亀頭の解体が終わったとこ。これで一段落かな」


 シスタークレアが忽然と姿を消したあと。

 僕とアリシアは例の隠し洞窟へ再度向かい、放置していた巨大ロックタートルの死骸を解体していた。


「解体は思ったより簡単だったけど……凄い量、だね」


 アリシアが言う通り、巨大ロックタートルから採れた高品質のロッククリスタルは凄い量だった。一度に運搬しようと思えば馬車が何台も必要になってくるレベルだ。


 そのうえここはモンスターのたくさん出る森林のど真ん中。

 アイテムボックス系の希少スキルや特別なマジックアイテムがなければ、これらの素材を持ち帰るのはかなりの手間になるだろう。


 けどいまの僕にはこれらの素材を遠く離れた城塞都市まで一気に運べるだろう手段があった。名前以外は優秀な瞬間移動スキル〈現地妻〉だ。


「ちょっと乗せすぎかもだけど、ひとまずこのくらいの量から試してみよっか」


 アリシアにも手伝ってもらって、僕は大量のロッククリスタルを背負う。


〈現地妻〉は対象となる本人以外にも、着ている服や荷物も一緒に瞬間移動する。

 それならモンスターの巣窟から大量の素材を持ち帰るのにも使えるんじゃないかと考えたわけだ。どのくらいの量を一度に運べるかはわからないから、有用性は検証の結果次第だけれど。


「それじゃあ試してみよっか……〈現地妻〉!」


 アーマーアントクイーンの魔族、レジーナがギルドから与えられた借宿にいることを確認してからスキルを発動させる。


 すると目の前の景色が一瞬で切り替わり――


「ひぎぃ!? 予想通り、主様の足裏が妾の後頭部を踏みにじってぇ❤!? しかも凄く重いぃ!?」

「って、なにやってるのレジーナ!?」


 僕の足に踏みつけられた蟻の女王レジーナが嬌声をあげていた。

 ほんとうになにやってるの!?


「ふ、ふへへ。主様が妾を瞬間移動スキルの起点として都合良く使うだけで陵辱してくれないというなら、現れる地点を予測して踏んでもらうまで……!」


 最近は全裸待機もしなくなったから安心してたのに! 〈現地妻〉スキルで僕が現れる地点を見極めてたのか……! くっ、対抗策を思いつくまでは靴を脱いでから瞬間移動してあげないと……!


 い、いやいまはそれより、


「凄い……思ったよりたくさん運べてる」


 僕は身もだえするレジーナをいったんスルーし、背中に乗っているロッククリスタルを見上げた。アリシアに乗せてもらったぶんすべてが一緒に移動してるわけじゃない。

 けどいまの僕の背中には大樽換算で4,5個分には匹敵するだろう大量のロッククリスタルが残っていて、〈現地妻〉スキルが大量の物資運搬にも有用ということが無事証明できた。これだけ運べるなら十分すぎる。


 ちなみに。

 シスタークレアから渡された豪魔結晶はもう本人に返せないし、耐用年数はあれど使用回数制限があるものでもないので、割り切って身につけることにしていた。

 ネックレスに加工して服の下に隠しているのだ。


 そのおかげだろう。

〈現地妻〉を使用した際の魔力消費が格段に軽減されている感覚があった。


「うわぁ……本当に本物なんだこの石……。この感覚だと〈現地妻〉を一日に何回も使えそうだし、ロッククリスタルの納品も今日中に終わらせられそうだ」


 僕はその石が本当に本物の豪魔結晶であると実感してちょっと怖くなりつつ、クリスタルの運搬を続けるのだった。




 ロッククリスタルをレジーナの借宿の敷地内にすべて瞬間移動させたあと。

 僕とアリシアはウェスタール村の人々に挨拶してから、〈現地妻〉を使って城塞都市に帰還した(怪しまれないよう一部のクリスタルを背負った状態で村を出て、街道の途中で〈現地妻〉を発動させたのだ)。


 それから持ち帰ったロッククリスタルを馬車に積み、向かう先は商業ギルド。

 一度にたくさん持ち込むと悪目立ちしてしまうので、ひとまず依頼された分量をルージュさんに見てもらう予定だ。

 ルージュさんにはお世話になってるし、喜んでくれるといいな。


 そうして僕とアリシアが大量納品に対応するための商業ギルド広場へ到着したところ、


「あ、ルージュさん、ちょうどいいところに」

 

 タイミングの良いことに、ルージュさんの姿を発見した。

 納品手続きはまだだけど、高品質の素材がたくさん手に入ったことをいち早く知らせたくて声をかける。すると、


「っ!? あ~? おめえさんたちなんでもう戻ってきてんだぃ?」


「はい、実は素材採取が思いのほか早く完了して」


 僕とアリシアを見てぎょっとしたような声をあげるルージュさんへ正直に話す。

 するとルージュさんは「あぁ?」と紫煙をくゆらせつつ、


「いくらおめぇさんたちでも往復だけで6日はかかるウェスタール村への素材採取が4日で終わるわけがねぇだろぉ? しかも依頼した素材は結構な量が……え」


 そこでルージュさんの言葉が止まった。

 荷台にかけられた布をめくり、僕らが持ち込んだロッククリスタルを目にしたのだ。

 やがてその目に鑑定の光が宿ったかと思えば、


「……ああ!? 最高品質のロッククリスタル!? これ全部、たった4日で手に入れてきたってのかぃ!?」


 ちょっ、声が大きいですよルージュさん! 

 喜んでもらおうと不意打ち食らわせた僕が言うのもなんですけど!


 と、ルージュさんも自分の取り乱しように気づいたようで、


「あたしとしたことが。あまりのことについ大きい声が出ちまったよ……。……ここは人目が多いからねぇ。ひとまず詳しい話はいつもの個室で聞こうかぃ」


 言って、ルージュさんはなぜか僕たちよりもずっと周囲の目を気にしながら僕とアリシアを商業ギルド内の応接室へと引っ張っていくのだった。




「……なるほどねぇ、ヌシ個体と遭遇したのかぃ。それならこれだけ高品質なロッククリスタルを大量に入手できたのも納得だ」


 いつも男根売買の契約更新時に使っている個室に通されたあと。

 素材入手の経緯を聞いたルージュさんは、運び込まれたロッククリスタルを見て濁った目を輝かせながら頷いた。


「けけけっ、鑑定水晶バブルが続いてるいま、馬車数十台ぶんの素材があればどれだけの儲けが出るか。おめぇさんたちに依頼したあたしの直感は間違ってなかったらしい。冒険者ギルドのほうには評価Sを送っとくし、報酬にも色をつけるから受け取っときなぁ。で、まぁ、それはいいとして……」


 と、目を金貨にしながらひたすら僕とアリシアを褒めちぎっていたルージュさんがふと真面目な表情になった。


「大量の素材を入手できた理由はわかったけど、たった4日でここに戻ってこれたのはどういうわけなんだぃ? これだけの素材を一度に運ぶなんて、どんなに身体能力の高い〈ギフト〉でも無理なはずなんだが……」


「ええと、それなんですけど、実はですね……」


 ルージュさんの当然の疑問に、僕は正直に瞬間移動スキルの存在を明かした。


 元々、このスキルの存在はルージュさんに話すつもりだったのだ。


 というのも僕はいま、ルージュさんと男根売買契約を結んでいる。

 僕の身体から分離した男根を、大人のおもちゃとして売り捌くという狂気の契約だ。

 けど分離した男根には寿命があり、スキルLvが伸びた現在でも20日は持たない程度。

 もし僕が長くこの街を離れるようなことがあれば契約を満たせなくなる。

 ルージュさんに引き続き男根を卸していくには瞬間移動スキルの存在を明かすことが必須になるため、それなら早いうちに明かしてしまうのがいいと判断したのだ。


 男根売買契約はいつでも破棄できるという約束だったけど、ルージュさんには色々とお世話になっている手前、恥ずかしくても契約は続けていくつもりだったから。


 と、僕が瞬間移動スキルの存在を明かし(主従契約云々の部分はぼかしたけど)、その証明としてレジーナの仮宿から残りのロッククリスタルを運んで見せたところ、


「……あっはっはっはっはっはっはっは!」


 最高級ロッククリスタルを目にしたとき以上の衝撃に固まっていたルージュさんが、突如として爆笑をはじめた。


「けけけっ。前々から規格外なヤツだとは思ってたが、これほどとはねぇ。大樽5つ分の物資を瞬時に運べるなんざ、〈商人〉や〈運び屋〉系の〈ギフト〉が形無しじゃねぇか。一体どんな〈ギフト〉なんだか」

「あ、あはは」


 好奇心で目を光らせるルージュさんに僕は苦笑で誤魔化す。

 そんな僕を見たルージュさんは紫煙をくゆらせ、


「まったく。おめえさんたちがこの街を離れたときのために急いで男根専門の運び屋を手配したってのに、取り越し苦労だったってわけかぃ」


 と、ルージュさんが呟いた直後、


「男根を運ぶ必要がなくなったっていうのはマジですかーっ!?」


 スパーン!

 突如、応接室の扉をぶち破る勢いで一人の少女が飛び込んできた。

 え!? 誰!? この見た目、もしかしてハーフエルフ!?


「ひゃっほおおおおっ! 借金のカタとして商業ギルドに身売りされたうえにおちんぽ専用の運び屋として一生コキ使われるとわかったときはあまりの尊厳破壊に心が折れそうになりましたが、人生なにが起きるかわかりませんね! 私の希少かつ神聖な飛行風魔法はおちんぽを輸送するためにあらず! おちんぽからの開放万歳! これからはまっとうなお仕事ができるはずです! やったー!」


 ハーフエルフの少女は嬉しそうに奇声をあげると、小躍りしながら部屋を出て行った。

 な、なんだったんだあの人……。


「あのアホは気にしなくていいよぉ。男根を運ばせるつもりだったからあいつも男根分離のことは知ってるが、契約魔法で縛ってあるから情報が漏れることはないしねぇ」


「は、はぁ」


 ルージュさんの言葉に、僕は少女のことを忘れることにする。

 けどひとつだけ、どうしても気になることがあった。


「あの、どうして急に男根遠距離輸送の準備を整えたんですか?」


 僕はこの街に定住しているわけじゃない流れの冒険者。

 いつ街を離れるかわからないし、男根売買契約をかなり重んじているルージュさんが今後のために対策を講じるのは当然だ。

 けど別の街に拠点を移すなんて話は少しもしていないのに、借金で首が回らなくなった人まで使って急に輸送体制を整えはじめたというのは違和感がある。

 そんなのまるで、僕たちがすぐにこの街を離れると確信しているみたいじゃないか。


「ああ、それなんだけどねぇ」


 と、ルージュさんはあらかじめ準備していたかのように懐をまさぐると、


「一昨日あたりからかねぇ。各地の教会に、こんな人相書きが出回ってるらしいのさぁ」


「……っ!? え、これって……」


 僕はその手配書めいた人相書きを見て全身をこわばらせた。

 なぜならそこに書かれていた人物の特徴は……白銀の髪に青い瞳の見目麗しい少女。


「……これ……私……?」


 僕を追いかけて帝国から家出してきた〈神聖騎士〉の少女アリシアが、僕の隣でぽつりと呟いた。


 

 ――――――――――――――――――――

 サブタイトルにもあるので皆様察しはついているかもしれませんが、「おちんぽ専用輸送係を免れた人」の名前はキャリー・ペニペニちゃんです。完全無欠の一発キャラなので今後出番があるかどうかはわかりません。

(あとすみません、またお話が複雑になっちゃってますね。週2更新だと1話を濃くしようとしがちで……シンプルなお話作り頑張ります)

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