第55話 未来視姦

 エリオが宿に駆け込んだのとほぼ同時刻。

 シスタークレアは護衛の女性騎士シルビアが御者を務める馬車に揺られ、また次の街を目指していた。

 シルビアが幌の中でだらしなく寝転がるクレアに声をかける。


「しかし本当によろしかったのですか? せっかくここまで来たというのに、出会ってから1日も経たずにエリオール殿たちと別れてしまって」


「仕方ありませんよ」


 シスタークレアは村の宴会場からかっぱらってきた……もとい分けてもらった酒とつまみに舌鼓を打ちながら口を開く。


「確かにエリオールさんはあの年齢からは考えられない強さを秘めていましたが、腐敗した教会および神聖法国と敵対するにはまだまだ発展途上。現時点でわたくしたちに深く関わらせるべきではない。加えていまは別行動をしたほうが彼らの成長に繋がるとのです。いまは適切な助言とお助けアイテムを授けるに留めるのが得策でしょう」


「そういうものですか……しかしマダラスネイクに噛まれるなどというリスクを侵してまで出会ったにしては随分とあっさりした邂逅でしたね」


 と、シルビアが文句を言うように漏らしたところ、シスタークレアは憤慨したように顔を上げる。


「なにを言いますか! 言ったでしょう、あの場所で倒れていればわたくしたちの危機を救ってくれる英雄が現れると! 助けが来るとわかっていたのですから、リスクなど最初からありはしません」


「そうは言ってもあなたのお告げも絶対ではないのですから。次からは毒蛇にわざと噛まれるような真似は絶対よしてください。不意打ちで私にまで毒蛇をけしかけて……。エリオール殿が解毒剤を持っていないと漏らしたときは本当に焦りましたよ……」


「相変わらずお堅いですねー。もう少し楽に考えればいいのに」


 シルビアの苦言を軽く受け流しつつ、シスタークレアは酒をあおる。

 そうして顔を赤らめながら、恋する乙女のようにうっとりと瞳を潤ませ、


「それにしても、あのエリオールという殿方は思った以上に魅力的な方でしたね。〈ギフト〉は不明でしたが、戦闘の基本となる足腰が強いのでしょう。下半身を中心にみなぎる凄まじい魔力、可愛らしい顔立ち、純粋な人柄……昨夜は豪魔結晶を渡すためだけに部屋を訪ねましたが、そのまま夜這いをかけてしまってもいいかと思ったほどです」


「なりませんよ」


 と、シスタークレアの言葉にシルビアがことさら厳しい声をあげる。


「あなたの逃亡に手を貸している手前あまり厳しく言えたものではありませんが……あなたはそう簡単に肌を許していい方ではないのです。旅のついでに伴侶捜しをするにしても、相手は慎重に慎重を重ねて吟味せねば」


「まあ確かにそうですが……エリオールさん相手なら問題ないと思いますよ?」


 シルビアの小言にシスタークレアはなにもかも見通しているかのように微笑み、


「聖なる乙女の伴侶となる男性は、昔から世界を救う勇者と相場が決まっているのですから」


 レベル130の〈槍聖騎士〉と神聖法国の最高指導者である〈宣託の巫女〉。

 身分も実力も隠して旅を続ける二人を乗せ、馬車は今日もお告げに従いのんびりと進んでいくのだった。



 ――――――――――――――――――――

 ※おまけ※


「……………………………っ!? ふぁー!?」


 お酒をがっぱがっぱと飲んで自由を謳歌していたシスタークレアが、突如として奇声を漏らした。

 一体なんだと護衛の女騎士シルビアが振り替えれば、シスタークレアが顔を真っ赤にして両手で頬をおさえている。


「そんなに顔を赤くされてどうされました? お酒の飲み過ぎですか? それとも村から勝手にもってきたおつまみが思いのほか辛かったとか?」


 シスタークレアの様子に驚きつつ、どうせまたなにかろくでもないことだろうと半ば呆れ混じりにシルビアが尋ねる。


「いえ、それが、その……」


 するとシスタークレアはなんだかやけに混乱した様子で、


「いまお告げがありまして……どうやら、あなたとわたくしが姉妹になるらしいと……」


「姉妹?」


 それを聞いてシルビアはドキリとした。

 姉妹になる。

 それが意味することは明白だったからだ。


「そ、それは要するに、私の結婚相手が見えたということでしょうか」


 シスタークレアとシルビアは幼なじみとはいえ他人同士。

 ともに一人っ子である彼女らが姉妹になることがあるとすれば、それは二人がどこかの兄弟と結ばれる場合に他ならなかった。

 幼い頃から厳格な潔癖教育を受けてきたシルビアだが、未来の配偶者が見えたとなれば年頃の少女として気にならないわけがない。


「あ、相手はどのような方でしょうか。あなたがあのエリオール少年に伴侶の可能性を見いだしているということは、彼の兄とか……?」


「え? あー、いえいえ、そういうことではなく」


 と、シスタークレアは顔を真っ赤にしたままシルビアの言葉に首を振り、


「姉妹は姉妹でも…………竿姉妹です」


「……………………………は?」


「しかもどうやらわたくしたちはあのエリオールさんの手で姉妹に……ど、どうしましょう。エリオールさんと結ばれるのはいいとして、あなたとそういう関係になるのは……その、想定外です……」


「ちょっ!? なりません、なりませんよ!? いくらなんでもそのような不埒な……!? 一体なにがどうなればそんな未来が訪れるというんです!? ……あ、そうだ! どうせまた私をからかっているんでしょう! あなたが幼いころ私に『下着を頭にかぶって誰にも見つからないよう教会内を一周すれば夕飯がレッドボーンブルの肉になるでしょう』と嘘のお告げをしたことを忘れていませんからね!?」


「あれは信じるあなたがどうかして……いやそれより、このお告げは本当です。ど、どうしましょう……」


「ありえません! 私は信じませんからね!」


 顔を真っ赤にしておろおろするシスタークレアに、「大体あなたの見る未来は絶対じゃないんだ!」と否定するシルビア。


 羞恥と困惑に満ちた二人の大騒ぎは、その後しばらく続くのだった。



 ――――――――――――――――――――

 おまけが本編になってしまった……

 ちなみに女騎士シルビアさんの装備は最高級品ですが、偽装系のマジックアイテムで中堅装備に見せかけています。

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