第49話 シスター破戒僧
「私はシルビア・グールシャイン。年は18。レベル70の〈槍術騎士〉で、この幼なじみの旅の護衛を務めている者だ」
「シルビアの幼なじみのクレア・ゴールドマリーと申します。見ての通りロマリア教のシスターをやっておりますの」
「ええと、僕はエリオールっていいます。こっちはパーティメンバーのアリィ」
「……よろしく」
毒の治療が終わったあと、僕たちはお互いに自己紹介をしあった(僕らのほうはいつものように偽名だったけど)。
槍の女性騎士はシルビアさんといい、真面目そうな面持ちの凜々しい美人。
シスターはクレアさんといい、肩の辺りで切りそろえられた美しい金髪とおっとりした顔立ちが特徴的な絶世の美少女だった。
横倒しになっていた馬車を直しながら話を聞いたところ、どうも2人の目的地も僕らと同じウェスタール村ということで、せっかくならと一緒に村を目指すことになった。
幸いにも馬車を引く二頭の馬はマダラスネイクの攻撃を免れていて、シルビアさんが御者を務める馬車はシスタークレアを荷台に載せてのんびりと進んでいく。
僕とアリシアはその横を護衛するようについていき、思いがけず同行することになったシスタークレアたちと雑談を交わしていたのだけど――
「ぷはーっ! やっぱり昼間から馬車に揺られて飲む蜂蜜酒は最高でしゅわね! 九死に一生を得た直後ならなおさら! おつまみが干し肉しかないのは残念ですが……わたくしとシルビアを助けてくれたお礼です! エリオール様とアリィ様もどうぞ一杯!」
雑談の最中。
横倒しになっても無事だったらしい荷物の中からおもむろに酒を取りだして飲み始めたシスタークレアに、僕もアリシアもぎょっとする。
「え、ちょっ、クレアさん!? シスターがお酒なんて飲んでいいんですか!?」
この国の国教にもなっているロマリア教は一般信徒にまで禁酒を説いてはいない。
けど教会に帰属する聖騎士職や、神様に直接仕えることになる司祭・シスターとなると話は別。結構厳しい戒律があったはずだ。
「それにその、多分クレアさんとシルビアさんは〈巡礼〉の最中なんですよね? 巡礼中はより厳しい戒律があるはずで……お酒どころか肉もダメだったような……」
ロマリア教には伝統的な宗教行為として〈巡礼〉と呼ばれる儀式が存在する。
かつて魔族が結託して人族を滅ぼそうとした際、当時のロマリア教指導者が各地の英雄たちを導き打ち勝ったという伝説。これにのっとり大陸中に散らばる聖地を訪ねるという過酷な旅だ。
レベル70の護衛がついているとはいえ、戦闘技能に乏しいだろうシスターが女2人で旅をする理由なんて〈巡礼〉以外に考えられない。
にも関わらずお酒をかっくらうシスターに僕が目を剥いていると、
「あー、いえいえ、わたくしとシルビアは別に巡礼なんてかったるいことをしているわけではないのれすよ」
「え?」
「実はわたくし、シルビアと一緒にロマリア神聖法国から逃げてきたのです」
「えぇ!?」
ロマリア神聖法国から逃げてきた。
その言葉の衝撃に僕は固まる。
ロマリア神聖法国はその名の通り、各地の教会――ロマリア教の総本山。
大陸最大国家のひとつでもあり、単純な国力でいえばこの帝都よりも強大だ。
人と魔族の戦いを勝利に導いた英雄輩出国家として周辺国への影響力は強く、教義を重んじる敬虔なロマリア教徒が多いと聞いたことがある。
そんな国から逃げてきたって一体……?
「いやいやいやいや、そんな良いとこじゃないですよ、あの国は。もう酷いものなのです」
酒樽を抱えて頬を上気させたシスタークレアが「聞いてくださいよー」と馬車から身を乗り出し僕の袖を掴む。
「わたくしは下級貴族のいらない子として教会に放り出されたんですが、もう戒律戒律と窮屈なことこの上なくてですね。お酒はもちろん賭け事も禁止、殿方との逢瀬も禁止でやってられなくなったのです。しかもそうやって表面上は綺麗事を押しつけてくるくせに、裏はもうぐちょぐちょ。権力を笠に着た生臭僧侶が好き勝手やってましてね。汚職に不正に暗殺にと、腐ったリンゴの闇市なのです」
「え、えぇ」
初めて聞く教会の――神聖法国の悪評に僕は衝撃を隠せない。
え、これ本当なのかな……。酔っ払いシスターの戯れ言……にしてはクレアさんの目が本気すぎるような気がするし……。
「それでですねー、もうとても我慢できなくなったわたくしは教会のお金を盗んで国を飛び出してきたというわけです」
「え」
さらなる驚愕の事実に今度こそ僕は固まる。
この人やっぱりシスターじゃないよ!?
「あ、いえ、勘違いしないでくださいね? そのお金は教会の人たちが不当に溜め込んでいた汚いお金でしてね。市井の方々に還元してもよかったのですが、そうすると教会がお金を取り返しに人々を襲う可能性も高く……ならわたくしの旅費にしちゃったほうがいいと思ったわけです」
わけです、じゃないですよ!
「というわけでわたくしは腐った神聖法国を飛び出し、教義に従って可能な範囲で世直しをしつつ、好き勝手に生きて素敵な伴侶を見つけるために旅をしているというわけです。……まあ世直しはついでで、一番の目的はわたくしにふさわしい運命の殿方に巡り会うことですが。おお神よ、わたくしに強くて優しい素敵な殿方との出会いを与えたまえ」
な、なんだこの人……レイニーさんとかとはまた違ったタイプの狂人のような……。
「ええと、お酒のくだりでも似たようなことを聞きましたけど、シスターさんってその、伴侶とか持っていいんでしたっけ……?」
「え? あはは、平気です平気です。教会の偉い人たちがいつの間にか「まぐわいは汚らわしいもの」とかってこじらせた童貞みたいなこと言い出しただけで、基本的には産めよ増やせよ地に満ちよが望ましいんですよ。そうしないと信者も増えなくて神様も困るんですから――って、神様が言ってたから大丈夫です!」
だ、大丈夫かこの人、いろんな意味で……。
というかどこまで本当なんだろうか。
あの神聖法国が腐敗してるって話もそうだし、お金を盗むなんて教会に喧嘩を売るような真似をして、一介のシスターがここまで逃げて来られるとは思えないんだけど……。
と、酔いどれシスターの言葉に僕が大混乱していたところ、
「あー、その顔は信じていませんね?」
ぷくーと頬を膨らませてシスタークレアが僕の手を引く。
「ねーシルビアー、本当ですよねー。シルビアも法国でのお堅い戒律が嫌で、理想の殿方に出会うために幼なじみのわたくしに付いてきてくれてるんですもんねー?」
「……………………ま、まあ、はい」
あの生真面目そうなシルビアさんまで!?
え、本当に本当なの!?
いやでも……。
「ふふ、驚いた顔も可愛いですね。見返りもないのに迷うことなくわたくしの命を救ってくれたことといい……とても素敵ですよ」
と、シスタークレアが潤んだ瞳でこちらを見てくる。え?
「ですがアレですね。もしやエリオールさんとアリィさんは既に恋仲だったりするのでしょうか」
「……当たり。エリオールのお嫁さんのアリィです」
アリシアが真顔で恥ずかしいことを言う。
するとシスタークレアは真剣な表情で、
「なんと……まさか当てが外れましたか。……いや待ってください、不倫というのも燃えるというか、むしろ愛人ポジションのほうが気軽に快楽をむさぼれるぶん当たりとさえ言えるのでは……?」
「クレアさん!? あの僕いちおう実家がロマリア教徒ですし、シスターとそういうことになるのはホント洒落にならないんで!」
まあ既に勘当されてるし、不可抗力とはいえ魔族と仲良ししちゃってる時点で相当アレなんだけど……。
しかしそれでも。
お酒のせいか目の据わっているシスタークレアの発言に、僕は大慌てでツッコミを入れておくのだった。
そうして。
どこまで本気かわからない酔っ払いシスターの発言に翻弄されながら、僕たちはその日のうちに目的地――ウェスタール村へと到着した。
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