第48話 シスターってエッチですよね

 街道に倒れていたのは、シスター服に身を包んだ少女と、槍を手にした女性の騎士だった。

 横倒しになった馬車の隣に投げ出されるようにして息も絶え絶えになっている。


「大丈夫ですか!?」

 

 苦しげに横たわる2人に、僕は反射的に駆け寄る。

 酷い顔色だった。

 遠目にもダラダラと汗が噴き出していて、不自然に息が荒い。


 加えて馬車の周囲には、多数の小型モンスターの死骸が転がっていた。

 カラフルな色をした双頭のヘビだ。

 どこかで聞いたことのある外見だけどすぐには名前が出てこない。

 けどそいつが毒をもっているだろうことは明白だった。


「毒をもらったんですね!? いま治療しますから安心してください!」

「う……ぐ……旅のお方か……よかった、本当に来てくれて……」


 毒で朦朧としているのか、女性騎士がうわごとのような言葉を漏らす。

 それに対して「もう大丈夫ですよ!」と声かけしつつ、僕は遠征用に念のため用意しておいた毒消しをバックから取り出した。


「……ケアヒール」

 

〈神聖騎士〉のアリシアが回復魔法を使用する。

 主に外傷治療の効果があるスキルだけど、地味に状態異常回復効果もある優秀なスキルだ。

 それと同時に僕は取り出した毒消しを女性騎士とシスターに飲ませていく。

 けれど、


「効いてない……!?」

 

 ケアヒールのおかげか、多少顔色はよくなったように思う。

 けどモンスターの毒を割と速効で打ち消してくれる毒消しの効果がいつまで経っても現われなかった。


「あ、まさか……!」


 そこで僕は地面に転がる双頭のヘビたちの名前を思い出す。

 マダラスネイク。


 それは特定のダンジョンにしか出現しないはずの特殊な毒蛇だ。

 戦闘能力こそずば抜けて高いわけじゃないが、治療困難な毒を持つことから多くの冒険者を屠ってきた要注意モンスターだった。

 まさかこんなところにもアーマーアント大量出現の余波が!? と思っていると、 


「マダラスネイクの毒は特殊な〈血清〉でしか治療できない……あなた方はあの大きな城塞都市の方角から来ただろう、ならもしや、〈血清〉を持っているんじゃないか……?」


 すがるような表情で女性騎士が言う。

 けど……


「……いえ、いまは手持ちがありません」


 先にも言ったように、マダラスネイクは本来特殊なダンジョンにしか出現しないモンスターだ。血清は値段も高いため、普通の旅ではまず用意しない。


「そ、そんな……」


 女性騎士の表情が絶望に沈む。

 さらに傍らで僕の言葉を聞いたシスターが「うぅ」と僕を見つめながら声を漏らし、


「おお神よ……ここで朽ち果てる運命ならせめて最後に一糸まとわぬ可愛らしい殿方に抱きしめられて死にたく思います……」


 ……毒が頭に回ってるんだろうか。

 シスター(?)の妄言に一瞬気を取られるも、いまはそちらに構ってる場合じゃなかった。


 なぜなら、この人たちを助けられる可能性はまだ残っていたからだ。


「アリシア、ケアヒールで少しでも毒の周りを遅らせておいてほしい」


「……うん、わかった」


 僕の言葉にアリシアが即座に頷く。

 と同時に、僕は女性騎士とシスターから死角となっている馬車の陰に滑り込んだ。


 そして念話でレジーナに確認を取った後、即座に〈現地妻〉を発動させる。

 ギルドの共用トイレにいたレジーナの「肉便器にしてくださるのですね!?」という謎の言葉をスルーし、僕はマジックアイテムショップへとひた走った。


〈現地妻〉は主従契約を結んだ相手と僕自身を瞬間移動させるスキルだ。

 けどそれと同時に、僕やアリシアの着ている服や身につけている装備も瞬間移動する。

 今回の遠征で背負っていた荷物も同様だ。

 

 それはつまり、不足の事態が起きるたびに必要なアイテムを引っ張ってこれるというこで。


「すみません! マダラスネイクの血清はありますか!? 2人分!」

「え、ええ。もちろん、うちは街一番のアイテムショップですからな」


 よかった。

 近くにダンジョンがない場合は取り扱ってない店も多いだろうからと心配だったけど、無事に一件目でゲットできた。


 奇異の目を向けてくる店員さんに支払いを済ませると、すぐさま人目のない路地裏へ。

 再び〈現地妻〉を発動させ、僕は馬車の陰へと舞い戻る。


「すみません、遅くなりました!」


「え……? それはまさか……マダラスネイクの血清!?」


 僕の手に握られている血清を見て女性騎士が目を丸くする。

 アリシアのスキルのおかげか毒はまだ回りきっていないらしい。

 僕は急ぎ、血清とセットで売られていた注射器と呼ばれる機材で2人に治療を試みた。


「うっ、くぅ……と、殿方の手でわたくしの体内にぶっといものが挿入されて……こんなの刺激が強すぎますわ……」

「手元が狂うから少し静かにしててもらえます!?」


 頭に毒が回っているらしいシスター(?)を静かにさせつつ、僕はなんとか2人の治療を終えた。

 するとみるみるうちに2人の顔色がよくなっていき、


「驚いた……血清を持っていないという言葉に嘘はなかったはずなのに、どうして私はいま助かって……いや、詮索はよしましょう。助かりました。このご恩は必ずやお返しさせていただきます」


「可愛らしい殿方に棒状のものを挿入されたあげく体内に問答無用で液体をぶちまけられるなんてはじめての経験……やはりこの街道に来て正解でしたわ! 助けていただいてありがとうございます」


 ……おかしいな。血清は効いてるはずなのにシスターさんの言動が……。

 い、いやまあ、なにはともあれ。〈現地妻〉によって入手できた血清の効果で2人はすっかり回復したらしい。


 名前以外は本当に優秀なスキルの存在に、僕は内心で感謝するのだった。

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