現代lemonismの諸問題とその超克について

垣内玲

【0】

 私の世界は手触りというものに乏しい。

 色の名前を知らない。花の名前がわからない。雨には強いか弱いかの区別しかない。だから、本を読んでも何も感じないし、見えないし、聞こえない。

 それでも、痛みなら感じることができる。血の色なら見える。血の匂いはわかる。そうやって私は、かろうじて私の存在を確かめる。

 数学は好きだけど、理科は苦手だ。物理も化学も生物も、現実の何かについて考えなければいけない。モノとつながるのは嫌だ。どこにもいない、誰でもない存在でいられるときにだけ、私は自分が許されていると信じることができる。

 手首から血が流れる。体が軽くなる。世界にほんの少しだけ、色彩が加わる。私の身体がここにある。このようにして私は、私を再帰的に生成し、維持するのだ。


 一瞬の充実が過ぎ去り、汚れた浴槽を前にして、言いようのない徒労感と後悔に襲われる。またやってしまった。繰り返す度に自分が嫌になるけれどやめられない。

 いつまでこんなことが続くのか。高校に入るまでには治ってるのか。それとも一生このままなのか。中学3年生というのはそういうのが許されるギリギリの年齢に違いない。外れてしまう。逸脱してしまう。修正しなければ。何かを修正しなければ。


 何かが間違っている。何かが間違っているのはわかる。でも、何が間違っているのかがわからない。


 学校生活を表向き平穏に過ごすことは、私にとってそれほど難しいことではない。女子の会話は難しいという人もいるけど、困ったら「それな〜」とか「わかる〜」とか言ってればいいだけだ。クラスの女子の好きな韓流アイドルの話とか、誰それとかいう先輩のインスタを特定した話とか、何が面白いのかは全然わからないけど、どこで面白がればいいかはわかる。私は何も困っていない。それなのに、不意に得体の知れない焦燥に駆られて、気がつくとまた、剃刀を握り締めている。


 修正しなければ。今すぐ、何かを修正しなければ。


 …でも、何を?

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