第30話 近すぎた関係

レイア様の部屋の前に立っている。


人といる間はあまり考えずに済んだが、私はレイア様と血を分け合った姉妹だ。


違和感がないと言ったら嘘になる。


もちろん嫌なんかじゃない。でも何か変な感じなんだ。


モヤモヤとした気持ちを回収できないまま無情にも扉は開かれた。


「部屋の前でどうしたの?」


「あ、えっと。ごめん。」


「随分遠くまで行ってたみたいじゃない…おかえりなさい」


「ただいま…遅くなってごめん。」


「本当よ。どこに行ってたかは分かるけど、黙っていくなんて酷いわ。」


そのままレイア様に手を引かれ、部屋に招かれる。椅子に座り話すことを考えているとレイア様が突然膝の上に跨ってきた。距離が近いなんてことは今までだって多々起きたこと、それでも今回のは少し違う気がする。


「…!?れ、レイア様?」


「ふふ。驚いた?ねぇ、分かってるのよね?」


何をわかっているというのだ。腕は背中にまわされ、あまりにも綺麗な顔が近付いてくるから、心臓が痛いほど鳴った。


「…えっと。レイア様?あ、私、私たち…」


「何も言わないで」


唇が触れ合いそうな近さで混じりあった視線は今にも消えてしまいそうなほど儚くて、ぼやけるほど近くなったそれは肩の辺りに収まった。


体勢を変えられずにいると、左の肩がじわりと暖かくなって広がり、広がった先から徐々に冷たくなる。


「…泣いてるの?」


答えの代わりにまたじわり、熱くなった。


迷いながら左手をレイア様の金の頭部に添え、優しく撫でつける。


「どうしたの?」


自分が出来る最大限の優しい声で問いかける。


「…エル。」


「うん?」


「私あなたが姉妹だなんて思えない。」


「…そうだね。私も姉妹って感じではないかな?」


まわされた腕の力が少し強くなるのを感じた。レイア様が少し顔を上げたせいで耳元に熱い吐息が漏れる。


「じゃあどういう感じなの…?」


「え?ううん。そう言われると難しいね。よく分からないかも。」


「そう…」


「レイア様だってよく分からないでしょ?」


「私は分かるわ」


はっきりとした意思が耳に届き動揺したが、落ち着いた声色でどんな感じなの?と尋ねる。


「エルが好き。」


「私も好きだよ。」


「違うの。あなたのとは違う。」


「どういうこと?」


先程まで顔の横にあった頭は、今は私を正面から見据えている。


再度同じように近付いてくると、肩にはいかずにそのまま距離が詰められて視界がゼロになり、柔らかな感触が唇に落とされた。


初めては真っ青な海の味がした。


「…。」


「ごめんなさい。」


謝って離れようとするレイア様を私は止めることが出来なくて、硬直した身体は背を黙って見送る。


嫌なんかじゃない。背からは汗が出て顔は熱い。ただ、返すことが出来なかった。そういう意味で好きだと告げられたんだと分かっている。思い返せば当てはまる節は合った筈でそれを見過ごしていたのだ。


時計に目をやると、長く感じた瞬間は凄く短くて10分も経っていないんじゃないかと思う。レイア様が出ていったこの部屋は依然として彼女の香りがする。


間抜けな顔で立ち上がったエレノワースだったが、先程の悲しげな表情がリフレインし慌てて部屋を出た。


走る。思い当たる場所全部走る。何処にいるのか検討もつかないなんて私は彼女の何を見てきたんだろう。


結論から言えば、彼女は見つからなかった。

朝まで探した。その後フレアやサラ、ソフィアと続きクラスの全員が探してくれたのに見つからなかった。


傍にいると何度も約束したのに、私が応えなかったから?それとも他になにか危険な目にあったのか?答えは分からないが、彼女の心を、体を守れなかったという事実だけが残った。


数日が過ぎたが、突如消えた彼女を見たものは誰もおらず、一国の王女の不在は病欠という名目になっているが、何かがあったという噂はすぐに広まった。


庭園の隅のベンチに座り、ただ踞る。


「アレン様」


声のした方に顔を向けると、心配そうにこちらを見るサラと目が合った。


「隣いいですか?断られても座りますけどね。」


「…ごめん。」


「何がですか?」


「私が落ち込んでる場合じゃないのに、探さないと行けないのに…。」


発言を聞いたサラは少し厳しい表情をつくり、エレノワースを覗き込む。


「アレン様…そんなことではレイア様が心配します。ずっと眠らずに探してますよね?」


「…眠れるわけがないよ。」


「アレン様悲しんでも、自分にムチを打っても何も変わりません。今は休んで、協力して手掛かりを探しましょう?」


「…」


「アレン様?」


「眠れないんだ。」


隣にいたサラは黙って立ち上がるとグイグイとエレノワースの手を引いた。離すことも出来ずぐんぐんと寮に向かっていく。


「サラ?」


「一緒に寝ますよ。」


部屋に着くと、いつの間にか準備していたのかあっという間に脱がされて寝巻きに着替えさせられる。


「あの、これ」


「先生から無理にでも寝かせてくださいって任されました。」


「そっか。」


「今日は私が当番で、明日から順番に添い寝しますから覚悟して下さいね?」


「え…そんな迷惑かけられないし、大丈夫だよ。」


今度は不機嫌そうな顔で睨まれる。こんな表情もするんだって思った。肩をポンと押されて倒れていく身体はベッドに受け止められ自分に全然力が入らないことを痛感する。


「どの口が言ってるんですか。私が少し押しただけで倒れちゃうくせに。」


ほらもう寝ますよって頭を抱えられて、口調は厳しいのに背を撫でる手は優しくて本当に限界だったのかそこからの記憶はない。



「…!!!」


何時間経ったのか、まだ外は暗い時間に目が覚めた。


何かに強く呼ばれ気がした。


その気配は間違ってなんかいなくて窓の外に光るモヤの様なものがある。


そっと寝屋から抜け出し手を伸ばす。それは突如燃え上がったと思うと1枚の紙が出現しひらりと部屋の中に入ってきた。


ーーーーーーーーーー

親愛なるエルへ


エルごめんね。

私は1度あなたから離れるわ。困らせてごめんなさい。

今頃私を探して体調を崩してるんじゃないかって心配している。

すぐに連絡出来なくてごめんなさい。兄の元に呼ばれていたの。ずっとね。本当はね、私を殺めるつもりがないのは分かっていたのよ。私はずっと逃げていた。いい機会だし1度ちゃんと向き合ってみようと思う。

だから探さないで大丈夫。


レイア・キャベンディッシュ

ーーーーーーーーーー


こう記載されていた。


読み終わったと同時に消えて、触れていた手からフワッと彼女の香りがした。


「アレン様…?目覚めちゃった?」


ベッドから話しかけてきた彼女が何かに気付く前に隣に潜り込む。


「なんでもないよ。」


返事を聞くと特に何も言わずにサラは再度エレノワースの頭を抱き込み眠りについたようだ。


頭の中は何も理解出来ず混乱を極めていたうえに、今すぐ部屋を飛び出ようともした。ただ頭を抱く腕は思いのほか硬く解けない。サラからする香りのせいかいつの間にかもう一度意識を手放していた。

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