第25話 学園祭 後編
教室に戻るとゾーンと、ルナは事情を承知しているせいか不満こそ言わなかったが、物凄く疲れた顔で出迎えてくれた。
「ごめんごめん変わるよ。」
ぐったりとした様子でバックヤードに下がっていた二人を見送り接客に戻る。
先に戻ってきていたグレンとアルマの活躍もあり、指名は2人の絡みが見たいなんていう少し変わった注文が少なからず入っており相変わらず盛況だ。
「エル」
調理スペースから呼ばれ、中に入っていくと右腕をぐんと前方に引かれ目の前に吸い込まれるようにバランスを崩す。どうなるかと緊張するも柔らかく華奢な身体に受け止められた。
「レイア様?」
「…。」
無言で頭を抱えられてしまった。その、柔らかい…ですよね。
「どうしたの?」
「なんでもないわ。」
頭上からのため息と共に聞こえてきた言葉は、なんでもないわけなさそうで、少しだけ抱えられたままの頭をずらして反応する。
「なんかあったよね…?」
「そうね。あなたって凄く人に好かれるわね。」
「な、そんなこと。」
「…ない?」
こくりと頷くと、頭への圧が少し強くなった。
「事情は分かってるつもりよ。でも1人にしないでって言ったのに…」
「ん゛ん゛」
なんなんだ。この可愛い生き物。思わず変な声が出た。本当に最近こんなことが多い。私が女の子と話したことも無いウブな男の子だったら今頃倒れていただろう。
冷静さを何とか取り戻しつつ、このまま抱きしめられていてはまずいと両肩に手を添えて離れる。
明らかに不満そうな顔で見てくるのも無視して、今度はこちらから抱きしめた。
「な、エル…。」
「おかえし。」
「…。」
「あれ?どうしたの?」
あまりに大人しくなるので先程と同じように離す。
「なんでもないわ。今回はこれで許してあげる。」
許されたらしい。別にそういうつもりではなかったんだけど。
そうこうしてるうちに、クラスはまた忙しくなりそれ以上戯れる時間もなく大繁盛のまま学園祭が終わった。稼いだ金額は後日クラスの催しに充てることに決まった。
学園外からのお客様も全て帰路につき、後夜祭が始まる。
必要なくなったあれやこれやをキャンプファイアーに焚べてたわいもないことを語り合う。
クラスのメンバーに声をかけながら、レイア様の姿を探した。学園では騒ぎにならぬよう目立たぬ場所にいることが多い。
「見つけた。」
「エル。」
隣に腰かけて、2人分用意していた飲み物を1つ渡した。
「みんなはいいの?」
「うん。もう充分話してきた。それに今日は少しレイア様不足だから。」
「…。」
「レイア様?」
「エル…私ね…」
言いたそうな言いにくそうな、この前のことか?それとも別のことか分からず、耳を傾ける。
「私きっとあなたに悪いことをしている。」
「うん」
「分かってるの?」
「全然。」
レイア様はこちらを見つめて「正直ね。」と笑った。
「分からないけど、そんなのどっちだっていいよ。」
「え?」
「私はレイア様を信じる方に賭けた時から気持ちは決まってる。」
不安げな瞳は揺れる。
それを払うためにレイア様の前にまわりしっかりと目を合わせる。
「大丈夫。レイア様の選択を私は否定しない。」
「本当に?」
「もちろん。そりゃ私だって生きたいから死んでくれって言われたら逃げるかもしれないけど?」
笑って言うと、同調してくれるかと思ったが雰囲気は深刻なものになる。
「あなた一人で死なせたりしない。その時は私が先よ。」
重々しく発せられた言葉はおおよそ信じられないというか現実味がなかった。
「レイア様。私は死んだりしないし、あなたを死なせたりしない。」
「そうだといいわね。」
「そうなるといいとかじゃなくて、そうするよ。」
「エル…」
何を深刻そうにしているのか、当てはまることもあれば分からないことも多い。それでも私はあの時あなたを信じると決めた。目は決してそらさない。
「その為に出来ることなら、なんでも言って。隠したいことは隠せばいい。でも私はレイア様の何もかも否定したりしない。言いたいことがあるなら受け止めるよ。」
「うん。そうよね。エルはそうしてくれるって私も思っているのよ?」
「うん。」
「私ね、きっとあなたを手放せない。」
「手放す必要ない。だって私が離さないから。」
「本当よ?」
「もちろん。」
「…私ねあなたを1度殺してしまったの。」
もう驚くことなんかないと思っていたのに、内心冷や汗をかいたのは言うまでもない。
「詳しく聞いてもいいの?」
「まだ上手く言えないの…。でも私がしたことは変わらない。」
「そう。」
答えに一歩近づくたび、もっとずっと離れてしまったような感覚に陥る。点と点が線にならない。複雑に絡み合って噛み合わない。
レイア様が私を殺める?考え難い、仕方のない理由や事故だったこの辺りしか考えられない。今私はレイア様を慕っていて、彼女から大事にされている実感もある。
「レイア様。やっぱりよくわかんないや。」
「そうよね。」
落胆の表情を浮かべるレイア様はその言葉をずっと練習していたみたいに吐き出した。
「私はレイア様を大切に思ってる。それだけで良くないかな?」
「本当のことを知ったらきっと私を恨むわ」
「そうかな?分からないけどそうはならないと思うよ。」
「まだ言えない。」
「そっか。いいんだよ。言わなくていい。でもいつでも聞く準備は出来てるから。」
「ごめんなさい。」
「レイア様は私が好き?」
驚いたのかそらされていた目がこちらに向けられた。
「好き。好きよ。誰よりも好き。絶対離れたくない。」
「うん。それで充分。私もレイア様が大好きだよ。それは忘れないで。」
答えまでの道はまだ遠い。でも少なからず疚しいと感じていることがあるみたいで、そんなこと気にしなくてもいいのになんて私は呑気にも思ってしまった。きっと何を知っても嫌いになることは難しいと思う。
明日からはイベントも終わり通常の学園生活に戻る。イベントに乗じて何かあるかと思ったがそれもなかった。気は緩められないが張っていると彼女の糸が切れてしまいそう。
何度か同じやり取りをこれまでにしてきた。それでもレイア様はずっと苦しそうだ。
私は真実に近付かなければいけないと思う。
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