第24話 学園祭 前編
「で、結局聞き出せなかったのね?」
「は、はい。」
「まぁいいけど。」
朝、教室で出会い頭にルナはそれだけエレノワースに言うと、すぐに離れてしまった。怒られると腹を括っていただけに拍子抜けだ。
「エレのんおっはよ。」
「アレン様おはようございます。」
後ろからドンとタックルをかましてきた人物は、今日も腰まである三つ編みが元気に揺れている。もう1人にさり気なく腕を組まれたが、特に抵抗する必要もなくそのままにする。
「おはよ。ソフィア。サラ。」
「仲直り出来た?」
「え?あぁ、心配かけてごめん。ちゃんと話したよ。ありがとうね。」
そういえば、ソフィアにルナを追いかけろって声を掛けて貰ったのに、昨日は話しそびれてしまっていた。悪いと思いながら、内容は話せないので和解した旨だけ伝える。
ソフィアはそれだけで察してくれたのか、それ以上追求せずに、「私も怒ってごめんね。でも良かった。」と、明るく笑った。
話してる間中サラは腕にまとわりついている。
「サラ?」
「なんでしょう?」
「いつまでくっついてるの?ソフィアも席に戻ったよ。」
「補給ですよ?」
何のだよ。とは、ツッコミを入れず、時間になるから席に着こう。というとあっさり離れていった。
因みにレイア様とは特段変わったこともなく、席に着く彼女にヒラヒラと手を振った。
なんだかんだありつつも明日はいよいよ学園祭だ。
アルマ達が張り切って準備している。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「アレーンご指名だぞ」
エレノワースを呼ぶのはアルマだ。先程から男性キャストの中(?)からの指名が彼女ばかりで若干へそを曲げているが、やることはやるみたいだ。
今取っていたオーダー用紙をキッチンにいるレイアに渡して、呼ばれた席に向かう。
レイア様が目立っては大変なのでキッチンにいてもらっているが少し不満そうな顔である。キッチンをすること自体は喜んでいたはずなのだが、やはりこちらの方が良かっただろうか?
「お待たせ致しました。ゾーンの囁きカプチーノとアレンスペシャル告白コーヒーです。」
お友達であろうと思われる女子生徒2人は目を輝かせて片方はゾーンもう片方はエレノワースを凝視している。
今回のコンセプトだが、好きな生徒を1人と好きなシチュエーション(有名な著書から抜粋したセリフ)を選び、お客様に生徒から素敵な?台詞を読み上げるというものだ。
エレノワースはあれを本当に言うのか…と思いながら背に冷や汗をかく。同じく指名されたゾーンも顔を赤くしていた。
それぞれ指名をしてくれたお客様の隣に腰掛ける。
因みにスペシャルの方は少しお高い分言うセリフもなかなか恥ずかしい。セリフはあまり変にならないように、この場に合わせて変えられていて、もはや朗読クラブの朗読部分はほぼ無視状態だ。
ゾーンは既に言い終わったのか、赤い顔をしながら女の子に手を振り離れていった。女の子の格好が様になっている。言われた方も嬉しそうにしていた。なんと言ったのだろう。エレノワースは自分のことで精一杯で見る暇もなかった。
あまり待たせては悪いとお客様に向き直る。
「隣いいですか?」
「え、あ、はい。」
女子生徒の初々しい姿にさらに羞恥心が煽られる。今から演じるのはこの国でそこそこ有名な恋愛小説の冒頭にヒロインが声をかけられる出会いのシーンだ。
「ありがとうございます。」
隣に腰掛けて、不用意に触れることがないよう絶妙な距離を保ちつつ彼女に向き直る。
「私はアレン。突然なんだけど、お店に入ってきたあなたと目が合った瞬間から、あなたのことで頭がいっぱいなんです。」
握る手に少し力を込めると、相手も握り返してくれた。
「叶うことならその理由が知りたい。名前を聞いてもいいでしょうか?」
噛まなかったことにほっとしつつ、名前を教えて貰う。
「素敵な名前ですね。呼ぶと、胸が騒がしくなります。次はこのお店の外で隣を歩くチャンスをくれませんか?」
お客様の返事を聞きなんとかやりきる。むず痒い台詞だけど、結局はナンパじゃんとか考えながら羞恥を逃がす。落ち着け落ち着けと念をかけながら、席を離れる。ありがとうございますと真っ赤な顔でお礼を言ってくれたので、先程のゾーンに倣い小さく手を振った。
「ぷぷぷ」
「ソ、ソフィア趣味が悪いぞ。」
「えぇ?なんのことかな?」
悪い笑みでこちらを見つめている。「エレのんに男装をさせたのは大成功ね。私ってばさすが。」なんて言いながらレイアのいるキッチンの方に戻っていった。おおかた今の話を伝えに言ったのだろう。他人と仲良くすると決まってレイア様が不機嫌になるのが容易に想像出来て少しため息を着く。
ルナはというと無理やり接客の方をさせられている。男性客からも女性客からも指名はされるもののルール無視で隣に座ることもせず、セリフも簡素なものになっていた。不思議なものでそれが謎に響いてしまったのかリピート客が後を絶たず、げっそりしているようだ。少し笑ってしまった。
後で助けてあげようかと思いつつ、新たな指名先に向かっていく。何度言っても慣れない台詞を吐きながら、時々キッチンからこちらの様子をギロっと音が鳴りそうな表情でレイア様に睨まれたのは言うまでもない。
朗読というコンセプトからは掛け離れているがお店は繁盛している。女経営者を匂わせるようなソフィアはホールスタッフとしては立たずお店を指揮している。セレンはレイアと共にキッチンに入っているようで、つまみ食いではなくいそいそ働いているようだ。
サラはというと、男性の客にかなり人気があるようでひっきりなしに呼ばれている。
また呼ばれたようで、サラが着く席をなんとなく目で追いかける。やたらいやらしそうなガタイのいい男が、サラの左側から肩に手をまわしていた。右側からもサラが嫌がって離れないようにするためかやたら近い。
基本的にボディタッチは禁止だ。
サラは店の雰囲気を壊さないようにやんわりと離れようとしているのだが、しつこく絡まれている。それにエレノワースの方が耐えきれなくなり、止めようと足を進めた時腕を掴まれた。
「エレのん。怒っちゃダメ。でもあれは止めなきゃね。」
ソフィアはそう言いながら、言葉とは似合わず青筋を額に湛えこちらに耳打ちしてきた。
そしてそれをアルマとグレンに伝えると彼等も不快の表情からニヤっと顔を歪ませてサラのいる席に近寄っていく。
「お兄さん達素敵だね。そんな釣れない子放っておいて俺達と良いことしようよ?」
「あ、なんだ君たち。」
無駄にイケボで話しかけたのはアルマだ。成りきってやがる。
「そうですね。私達の方がもっといい気持ちにさせてあげられますよ?」
グレンも無機質な声でそう言いながら、2人は両サイドからおおよそかなりのパワーで引き剥がしつつ2人に抱きついた。
その隙を狙い、サラの前に立つ。
「おやおやお兄さん達こんなに素敵な女の子を放っておくなんて勿体無い!私が貰っていきますね。」
正直めちゃくちゃ恥ずかしいが、店の雰囲気を壊さずかつ制裁を与えるためにはこれしかなかった。
男たちはガッチリとグレンとアルマに腕を掴またまま引かれ、声にならぬ声をあげながら教室から連れ出される。
「サラすぐ助けられなくてごめんね。」
「え?あ、そんな。また助けられてしまいました。」
手を引っ張って、エレノワースとサラも教室を出て休める場所まで歩いた。生憎今日は人が多くそうなれる場所は限られていた。
「それに見えてました。怒った顔でこちらを見てくれていたこと。」
サラは思い出したようにふふと笑みを零した。
「グレンとアルマのせいで笑いを堪えるのが大変でしたよ。」
どうやら引き摺ってはないみたいで安心する。握っていた手を離し近くの壁にもたれる。
「アレン様ありがとうございます。」
サラは隣に寄ってきて似たように壁に体重を預けると、離したばかりの手に触れてきた。
「あんなことは慣れてますが、助けに来てくれて嬉しかったです。」
「慣れてるの?」
「えぇ。」
触れている手がキュッと強ばった。
「そんなふうに見えなかった。ああいう機会が多かったとしても、それで慣れるわけじゃないと私は思う。やっぱりすぐ引き離したらよかったね。」
強ばる手が緊張しないように緩く握り返し、自由になる親指で手の甲を擽るように撫ぜる。サラがハッとしたようにエレノワースの方を見つめすぐに視線を逸らした。
「…人の姿でも王子様に見えるなんて変です。」
「…え?」
「え?あ、なんでもないです。」
なんとなく気まずくてお互い押し黙るが、馬が王子様に見える方が変だよとは言えなかった。いつもは平気な顔して密着してきたり、レイア様を揶揄う癖に今は妙に大人しくて少しだけそのままにしておく。
「人気者のゾーンとルナが悲鳴をあげる頃かな?」
「そろそろ交代してあげましょうか?」
しばらくして、そう話し2人で顔を見合わせてクスリと笑を浮かべてゆっくりとした足取りで教室に戻る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます