第23話 心境は急展開
「はぁ」
どうしようか。朝からレイア様になんと話を持ちかけようかグルグル考えている。
結局チャンスのお昼も逃し、放課後だ。レイア様はフレアと用事があるようで先に教室を出た。
足を組み背もたれに体重をかけうーんと唸っているのはエレノワースである。
「あなたまだ話してないのね。」
これは珍しい。席の前にやってきたのはルナだ。初めて彼女の方から話しかけられたかもしれない。
「あ、えっと。うん。ていうかその、いいの?」
「何が?」
「だって昨日は…」
「あなた自分のこと馬だって思っているのよね?」
「え?えぇまぁ。」
「自分のこと馬だと思ってるような人だし、強引だし間抜けだしそんな人に恋なんてしないわねって昨日ふと思ったのよ。」
昨日の今日でどういう心境の変わりようだと思ったら、そんなこと考えていたんだとガックリする。涼し気な目でこちらを見ているルナはさも当たり前と言わんばかりだ。
「ていうかさ、そもそも私は女だよ?」
「あら、あなた偏見があるの?」
「え?いや、そうじゃなくて…ごめん。」
「いいえ、もっともな言い分ね。けれど考えてもみなさい。私は恋をしたことがないって言ったでしょ。対象だって未知数。」
ルナは頭が堅そうな感じに見えるが意外と柔軟な意見を持っている。それでもさすがに私を好きになる事はないなと結論づけて言われたのはなんとなくショックだ。いいんだけど。いいんだけどさ。
「話せるのは嬉しいけど、なんか複雑だな。」
「私だって色々考えたわ。でも、無理にでも関わって来ようとするなら落とし所を見つけた方がいいかって思ったの。」
「そう。じゃあ元馬の友達として仲良くしてもらおうかな。」
昨日馬であることの可能性を低く見積った割に、私が自分を馬であると思ってるならそれでいいらしい。それならいっそなるようになれと発言してみた。
そうするとルナが一瞬だけ、いつか1度だけ見せた珍しい笑顔になっていた。
「それでいいわ。」
「でもさ、良かったの?誰とも関わらないのが一番の自衛なんでしょ?」
ルナは目を伏せた後にこちらに視線を合わせる。小さな手はスカートをクシャッと握っている。
「あなたに話した後から馬鹿らしくなったの。元々馬だと思ってる人がこんなに楽しそうなのよ?ウサギになった所で何よ。って。」
彼女はエレノワースの席の前から見える窓に寄りかかり、外に視線を逃がしたあともう一度こちらを見つめた。
「このまま思い通りにされるのは悔しいわ。あなたみたいに振る舞いたいとは思わないけど、怯えているのは嫌。」
強い瞳だ。レイア様に重なるものがあった。権力も財力もある彼女等はそれ相応に抱えているものがあるのだと気付かされる気高い意志。
「あなた助けてくれるんでしょ?」
「もちろん。」
「それなら私も力を貸すわ。」
昨日までとは打って変わって2人はレイア様に話をする為の作戦を考えた。
「レイア様にストレートに聞く。」
「色々考えたけどやっぱりそれしかなさそうね。彼女曖昧な聞き方じゃ流してしまいそうだし。」
なんだかんだ考えたがやはりそれしかないみたいだ。よく考えれば秀才な彼女も対人に関してはどちらかというと苦手意識がありそうだ。2人で話したところで冴えた一手は見つからない。所詮元馬と未来のウサギ(仮)さんだ。もちろんウサギになんてさせないけど。
「ルナーホントにいくの?」
「何よ。さっきストレートに聞くって決めたでしょう?」
「そうなんだけどさぁ。」
今私達はテラス席にいるフレアとレイア様を遠目から覗いている。もちろんただ覗いているわけじゃない。話をする為だ。時々レイア様がフレアと抜けて話をするのは単純に2人で話すことがあるというよりも、私に話せないことがあるということなんじゃないかなんて勘繰ってしまう。
「ねぇ、ルナ一緒に来てよ。」
「馬鹿ね。そんなことして話してくれるわけないでしょう。」
「他人事だと思って酷いよ。」
「実際そうじゃない。うじうじしてないでさっさと行きなさい。」
痺れを切らしたルナに背中を押された。なんて乱暴なんだ。心の準備も出来ていないのに、と思いながらバランスを崩した私は派手な音を立てながら、なんとかバランスを立て直して2人の前に登場した。うん。掴みはバッチリ。すごい真顔で見られている。
「何してるんですか?」
「いや、あは。フレアとルナを見かけたからさ。」
「エルにはフレアと話があるって言わなかった?」
「言ったね。」
沈黙が流れる。思わず後ろを振り返るとルナにキッと睨まれた。前門の虎後門の狼。どちらを選んでも破滅するフラグが立っているのは気のせいか。時々発生する「もうどうにでもなれ」が頭を過る。発生条件は、己のピンチだ。
「レイア様に話があるんだ。」
「今じゃなきゃいけない?」
ごもっとも。フレアと話があると前置きしてここに来ているのだ。それを割ってまでする話なのか。勢いよくここまで来たが随分急だったんじゃないか。気持ちはどんどん弱くなる。
後ろを振り返る。
先程と同じ顔でこちらを睨む彼女は悪魔だ。
「い、今じゃなきゃダメ。」
「そう。フレア、ごめんなさい。少しいいかしら。」
そう言うとフレアは仕方ないですねという顔で席を立った。
「エレノワースあまりレイア様を困らせないでくださいね。」
まだ何も言ってないのに釘を刺された。フレア恐るべし。それだけ言うとフレアは背中を向けて去っていく。去り際にルナにも気付いたようで声をかけていた。不思議なことにルナもフレアと共に去っていった。何故だ。
もうどうしようもないので改めて向き直る。
「それでどうしたの?」
「えっと、」
こちらを見ている海を思わせる美しい瞳から思わず目をそらす。
「疚しいこと?」
「え?いやそんなんじゃないよ。」
「じゃあ何?」
ドキドキする。異様な心拍数だ。冷や汗が背中を伝うのが分かる。なんでこんなに躊躇っているんだろう。隠されていたとしても事情があってのことだって信じているのに。
「私って人なの?」
あぁーーーばか。ばかばかばか。いきなりそこだけ聞いたって仕方ないじゃないか。意味わかんないよ。意味わかんないよね?人の姿で私は人ですか?って馬鹿ですか?あーー。
心中穏やかではない訳だが、レイア様は息を飲んだ。
「どういうこと?人間じゃない。」
おっと、誤魔化す気か?それとも本当に分かってないのか?
私はレイア様の前の席に腰掛けもせずに直立不動で再度尋ねる。
「私は元馬じゃなくて元々人なの?」
「…馬鹿ね。そんなわけないじゃない。あなたハーデンに産まれた時真っ裸で洗われたでしょう?」
確かに。その通りだ。
「そうだよね。」
「そうよ。あなたの暴れようは凄かったと聞いてるわ。」
「あはは。そんなこともあったね。」
まだ聞けていないことがある。口に出すのが少し怖い。ただここまで来て引くわけにはいかない。
「あのさ…レイア様、動物と人って魔法じゃ意思疎通出来ないよね?」
「…。それ誰に聞いたの?」
「言えない。」
「いいえ、予想はつくわ。」
神妙な面持ちになり空気は少し重くなる。
少しどころかかなり重い。
それを破ったのはレイア様だ。
「エルこの話少し先延ばしにしてもいい?」
「なんで?」
「まだ言えない。」
「…」
また決断か。生きていると決断の連続だ。朝起きるかどうかだって最終的には起きるを選択している。いや選択している気になっているだけかもしれないが、それでも自分の意思で選んでいるはずだ。ここでの決断はレイア様を信じるかどうかだ。
体感は長く感じたが実際には数秒も経たずに、もしかするとその選択肢が浮かんだ時から答えは決まっていたのかもしれない。
「分かった。話してくれるまで待つよ。」
「いいの?」
意外そうな顔で聞かれて些か心外だと言わんばかりに言葉を返す。
「いいよ。いずれ話してくれるんでしょう?」
「えぇ。必ず。」
「レイア様は私が大切だよね?」
「とても大切な人よ。」
「そっか。うん。ならいいよ。」
大事なことは確認出来た。実際最後の言葉が重要だった。実の所元々馬かどうかよりもレイア様に裏切られているんじゃないかと一瞬でも思ったことが怖かったのだ。でも本人は私を大切に思ってくれている。それは今までのことからも伝わっている。それならレイア様が話してくれるその時まで待てると思った。信じるということを決断した。ルナには怒られるかもしれないが甘んじんで受けようと思う。
変な雰囲気になることもなくその後はいつも通り過ごした。
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