第22話 寡黙な少女は 後編

「私は人を好きになったことがないのよ。」


まだ何を言わんとしているの分からなくて、そのまま聞き続ける。


「というよりも、好きになってはいけないの」


「どうして?」


「呪いよ」


マジナイってあの呪いだろうか。レイア様と結んでるような。私の場合レイア様を裏切ったらみたいな内容だけど。


「どんな呪いなの?」


「人に心を動かされた時…その…兎になってしまうの。」


「…??」


ルナが兎になる??意味がわかない。


「え?どういう意味?」


「そのままの意味よ。私が誰かを想うようなことがあれば、うさぎの姿に変えられてしまう。」


待て。どういうことだ。私はレイア様を裏切れば二度と人の姿にはなれなくなる…ルナも人を想えば兎に変えられるということは…


「ルナって元ウサギなの?」


「そんなわけないでしょう?」


「え、でも私は…」


「私は何よ。」


沈黙が訪れる。私が馬から人になったということはレイア様を始めとして母とハーデンぐらいだ。口にしていいものか躊躇う。ただその迷いがいけなかった。勘づかれてしまった。


「あなた…もしかして馬が本来の姿なの?」


「え、いや…」


「そうなのね?」


「事情は細かく話せないんだけど、レイア様の魔法で馬から人になったんだよ。」


ここまで言い切られてしまうと、もう否定もできない。そうだという意味を込めて頷いた。幸いこれはレイアを裏切る発言にはカウントされないようだ。


「そう…だからあんなに仲が良かったのね。でも、それは有り得ないわ。」


「え?」


「…あなたがもし本気でそう思っているならそれは有り得ないの。」


「どういうこと?」


「本当にあなたは馬の姿から人になったのね?」


「う、うん。」


神妙そうに語られたルナの言葉は信じられないものだった。


動物と意思疎通すること自体が魔法を使っても無理だというのだ。


「待ってよ。私は一時的にだけど言語能力・強制変換の力があるんだ。それがあれば動物とも話せるようになるんじゃないの?」


「あなたそれで動物と話したことはあるの?」


「動物というか母が馬だよ。会話も出来た。」


ルナが難しそうな顔をする。


「本当だよ?」


「疑ってないわ。」


「あなた母以外の動物と話したことあるの?」


それはこの便利な能力だ。あるはずだろう。ないわけがない。そう思って過去を回想するが、思い出せる限りで母以外の動物と話したことは無かった。胸がドクリと音を立てる。ルナの話を聞こうとしたのになんでこんなことになるんだ。


「…ない。」


「1度も?」


「1度も。」


1つ思い出せることは、魔獣が唸っていたが意味は何も分からなかったということだ。ただ吠えていたようにしか思えなかったから気にしていなかった。でも、そもそも通じるはずがなかったとしたら…?


どういうことなんだ。レイア様達が私を騙している?なんの為に?頭が考えるのを拒否しようとする。息が上がる。


「落ち着いて。大丈夫よ。まだ分からないわ。」


隣にいるルナが背中を撫でてくれ、暫くして呼吸が落ち着いた。


「私の知識上では動物と人間が意思疎通するのは不可能というだけよ。まだ確定じゃない。」


「元々私は人間だった…?」


「そうね。その可能性も捨てきれないわ。というよりその確率の方が高い。」


咀嚼しきれない言葉は、先程より冷静に受け止めることが出来た。ルナが落ち着いているせいだろう。冷静さに感謝する。


「まぁ、今はまだ決定的なことは言えないのは間違いないわね。」


「そ、そうだよね。ていうかごめん。ルナはなんで人を想うと兎の姿にされちゃうの。」


まだドクドクと忙しなく鳴る鼓動を誤魔化すように、ルナの話に戻す。ルナはこちらの様子に気づいているようだが、話を続けてくれた。


「私がそれなりに歴史のある家の生まれなのは知ってる?」


「あぁ。聞いたことがあるよ。」


「その家の長女が家を継ぐことも…?」


初めて聞いたが王位継承としきたりは同じらしい。


「そう、そこまで知っているなら簡単ね。」


「?」


「許婚がいるの。」


許婚…?許婚ってまじか。そうか。この国なら充分有り得る話だ。文明は進みながらも考え方や風習はかなり古いものを感じる。


旧家の娘に許婚がいてもおかしくはない。


「許婚と呪いはなんの関係が?」


「悪趣味なものよ。相手はかなり力のある家柄でね。名は新しいけれどこれから更に大きくなるでしょうね。その子息が私の相手なの。いわゆる政治利用ね。」


「うん。」


「挙式を挙げるまで純潔を守れるように。それだけでは気が済まなくて私が恋をするようなことがあれば兎に変えられてしまう呪い。バカみたいでしょ?」


言う通りだ。人の気持ちをこんな風に閉ざしてしまうなんて馬鹿げている。


「でもそれは恋したら…だよね?」


「恋が分からないのよ。だから人と距離をとっているの。近付きすぎて好きになったらどうすればいいの?」


そうか。未知数のものを避けるためにそうしていたのか。確かに恋を知っているなら避けようがあるのかもしれないけど、恋を知らなければ何処に落とし穴があるか分からない。だからそもそも人と仲良くしないということか。


「わかった?だからあまり踏み込んで欲しくないの」


「やだ。」


「あなた馬鹿なの?」


「そうじゃなくて、そんな呪い解くよ。私が。」


「無理よ。」


「無理じゃない。」


ルナの方に体を向けはっきりと伝える。無理なんかじゃない。


「無理。」


「無理じゃない。」


「…。」


「出来るよ。」


するとルナがみるみるうちに険しい顔になった。ワイシャツを掴みかかるように握られる。


「っ出来ないわよ!」


「なんで?」


「私長女じゃないのよ。」


「え?でもさっきは…」


掴んでる手の力が弱まりシャツのピンと張ったしわがゆるゆると戻る。


「…6番目よ。」


「…嘘だ。」


本当よ。とまるで涙しているかのような顔でルナは微笑んだ。


「本当なの。驚きよね。姉は皆別の人に恋をしてしまったのよ?恋の条件は分からないけれど同じことよ。滑稽よね。それでも諦めず全員に同じ呪いをかけていくんだから。」


「…。」


「ね?無理でしょう?」


「いや、絶対助ける。」


ハッとしたようにルナがこちらを向く。


「まだどうしたらいいのかとか策は分からない。でも絶対助けるよ。」


「根拠もないこと言わないで…」


「ごめん。でも大丈夫。必ずやるから。」


「そう。まぁ私が在学中人を好きにならなければ済む話だから…」


「ルナ。」


「だから私に近づき過ぎないで。」


うんと言わざるを得なかった。でも必ず、必ずルナを救いたい。恋をしたことはないけど、したことがないのとさせて貰えないのは違う。道楽じみたやり方も気に食わない。


なにか解決するでもなく問題は未だ山積していく。


1つずつならまず何から出来るだろうか。そんなことを思いながら、何か別のことを考えている様子のルナと少し距離を置いて教室に戻った。


レイア様と話をする必要があるかもしれない。なんと聞けばいいのかその日は夜まで思考を巡らせた。




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