第16話 馬とデートしたい女の秘密
まずは出来ることからだ、の初めがこれでいいのか?とは思ったし、レイア様の問題もある。本当はルナとも早く話したいし、とか考えたもののループにハマりそうになったので1番手っ取り早いことから手をつけることにした。
サラとのデートだ。
片付けるみたいな言い方は良くないのかもしれないけど、それ以外の言い方が見つからない。
馬の姿でも言葉は問題ない。言語能力・強制変換という便利な呪いのお陰で意思疎通が可能だ。
問題はレイア様の方だ。余りに不機嫌になるのであわや中止かと思われたが、最後は行ってらっしゃいと言ってくれた。
学校が再開して早々、放課後にデートとはなかなかの充実ぶりだが馬の姿だ。なんとも言えない気分である。
放課後、寮に戻り着替えてから玄関で集合した。
「王子様…!」
「いやいやいやいや、王子じゃないよ。アレンでいいからその呼び方やめて…。」
後から来た彼女は私の言うことなんて聞いていないのか瞳を輝かせてこちらを見つめている。かと思うと慌てた様子で謝ってきた。
「ごめんなさい。遅れてしまいました。」
「全然待ってないよ。」
エレノワースは馬に変身しただけなので、準備などあってないようなものだ。対してサラは小花柄のネイビーのワンピースを着ており、肩周りがシースルーで完全なデート服だ。イヤリングをしており、サンダルもシンプルだが少しヒールがある。緩く巻かれたような髪は編み込んでいた。放課後の短い時間の為だけにオシャレをしてきてくれたのだ。褒めない訳にはいかないだろう。
「可愛いね。似合ってる。」
ほんのり赤くなるサラは文字だけ見れば可愛いが、実際は馬を前に赤面してる変な女だ。
「…嬉しいです。王子様も今日も素敵です!」
首周りに抱きつかれる。生憎、回す手も突き放す手もないので、突っ立ってた。
「じゃあ行こっか。」
程なくして移動を開始した。正直この姿で出来ることは多くない。散歩ぐらいしかと思っていたが、横を歩くサラが嬉しそうなので良しとする。何度か王子様はやめてくれと話しやっとアレン様というところで妥協した。流石に馬に王子王子言ってるサラが他に見られては彼女の今後に関わるだろう。
「散歩してるだけなのにやけに楽しそうだね。」
「楽しいですよ。憧れのアレン様と一緒なんですから。」
「サラはなんで馬の私が好きなの?」
「あの時私をピンチから守ってくれたじゃないですか。」
そうだろうか。正確にはアルマのピンチを救ったのではないかと思う。
「そう?だったらルナやグレンもそうじゃないの?」
「でもアレン様が飛び出していなければ少なからずアルマの次に狙われたのは私ですよ。」
「そっか。」
それより、と言いながら黒いボディに彼女は擦り寄ってきた。
「それよりデートなんですから、もっとアレン様のこと教えてください。」
それからここで産まれてからの数年間を話した。王宮で過ごしたことなどを伏せてなので断片的に。もちろん馬として産まれたことも隠した。もしかしたら馬として産まれたと知った方が喜ぶような気もしたが、バラしたところで芋ずる式に色々漏らしてしまいそうだったのでやめた。
所々伏せてはいるものの、それをサラは熱心に聞いている。人間の姿での話として語っているのだが、別に構わないのだろうか。
「サラはこの学園に来るまではどんな場所に住んでいたの?」
「私ですか…。んー聞いて面白いものでもないですよ?」
こちらだけというのもと思い話を振ったが、そう言われると尚更気になる。湖の周りを散歩している足を止めて、彼女の話に耳を傾ける。
「本当につまらない話でもいいですか?」
「サラが話してくれることなら、つまらなくなんてないよ。」
サラはこちらをまだ疑い深く見つめていたが、静かに見返すとやがてゆっくりと話し出した。
「私今まで友達っていなかったんですよ。」
「へぇ意外だね。人に好かれそうなのに。」
本当にそう思った。特殊な性癖持ちとはいえ、優しくて料理上手で綺麗な顔をしているし、クラスの人とも自然に会話出来ている。ルナが友達がいなかったと言うなら、だろうな!という感じだがサラは意外だ。
「ふふ。意外ですか?」
「あぁ。まぁ。馬が好きってところ以外は普通にいい子だし。」
サラはどこか遠い目で湖の先の辺りを見ている。水面が反射して彼女自体が輝いているように見えた。
「14歳頃まで人と話せなかったんですよ。」
「…」
おおよそ想像も出来ない話だ。輝く彼女には似合いもしない寂しそうな顔をただ見つめた。
「治癒魔法って便利だけれど悪用される場合もあることはご存知ですか?」
黙って首を縦に降る。
「私、孤児だったんですよ。孤児院にいた頃、何かと厳しくてお金も食事もほとんど無くて、明日もどう生きたらいいのか分からずに途方にくれるような毎日でした。」
とてもそんな風には見えなかった。上手い返事は出てこなくて、言葉にはせず続きを待った。彼女は静かに語り続ける。
「お腹がすいたまま労働するのが辛くて1度街に飛び出したことがあったんです。その時同じように捨てられてた動物に出会いました。」
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物心着いた時には周りに家族はいなかった。同じような境遇の子供は助け合うというより一人一人が生きることに必死だった。お腹がすいたまま働かされて辛くて、施設から逃げてきてしまった日のことだ。
「あなたもひとりなの?」
目の前には怪我をしている馬がいた。
足を怪我しているようで歳もかなりとっていそうだ。おおよそ使い物にならなくなったので捨てられてしまったのだろう。
「足痛い?」
怪我してる動物に触れるなんて危険以外の何ものでもないが、その時は考えるより前に触れていた。
「痛いの痛いの飛んでけぇ!」
言いながら気休めのように足を撫でる。撫でていると、不思議なことにしばらくして馬が立ち上がったのだ。動けずに直に息絶えようとしていたはずなのにである。その時、自分が治癒魔法を初めて使ったのだが自覚はなかった。
ただ馬が治った直後に、それを捨てたであろう人達に見つかってしまう。なにしろ足が折れていた馬だったのだ。大変驚いていた。
「おい。お前がこいつのこと治したのか?」
「…?」
なんの事だか検討もつかなかった。
「そうか。自覚がないのか…。お前汚いな。親はいねえのか。」
親はいなかったので、首を縦に降る。
「磨けば光りそうだ。どうだ。俺たちについてこないか?」
何がいいかなんて分からなかった。毎日生きていくのもギリギリで施設からも逃げ出してしまいたかった。甘い話なんて危険な筈だが小さな私に選択肢なんてなかったのだ。
頷くと10人ほどの年はばらばらだが皆一様に怖そうな見た目をしている人達のところへ連れて行かれる。
「おい。お前ら、新しい仲間だ。こいつは治癒魔法が使える。下手に手出すんじゃねえぞ。」
私はその頃まともに人と話すことが出来ず、ただ震えていたため、それを訝しんだ何名かに野次を飛ばされた。「本当に治癒魔法が使えるのか?」「こんなチビに?」とか色々。すると、私を連れてきた男が自分の腕にナイフを持っていき躊躇なく腕を切ったのだ。恐怖を感じたものの男がこちらに腕を差し出さしてくる。
「これ治せるか?」
自信はなかったがやるしかなかった。そうしなければ、直感的に危険だと感じた。血が流れる腕に手を触れて、心の中で痛いの痛いの飛んでけと念じた。私が唯一優しくされた記憶にある大事な言葉をひたすら念じた。不思議なことにやっぱり腕は治る。
「見たか?」
やかましい外野は黙り、男たちとの生活が始まった。
割と楽しかった。頼まれることは朝方帰ってきた男たちの怪我の治療や、料理を作り準備することだ。何をしているのか知らないが度々大怪我をしてくる者もいた。始めこそ邪険にされたがその力を使う度仲間と認識されているような気がした。その頃もあまり話せなかったが食事には困らなかった。寂しくなっても老馬がいた。
10歳になる頃、男たちの仕事に連れ出されるようになった。初めはついて行くだけだった。次第に簡単なことから手伝うようになり、最後はメインの仕事を任されるようになる。話せなくても言葉の意味は分かる。本も沢山読んだ。私たちがしている事が悪いことだというのもその頃には知っていた。
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「それである日人を殺めることを指示されました。」
何度目かの驚きだ。どうしてここまで話してくれるのか分からないが止めることも出来ない。
「治癒魔法は逆にも作用するんです。壊すことが出来ます。知識的には知っていました。でも出来なかったんです。」
ブルっと震えた彼女に寄り添った。そうすると彼女もこちらに寄り添ってきた。
「1度目は許されました。2度目も叱られるだけで済みました。でも3度目は違いました。リーダー格の男が不在で、他の男に罰だと外で…犯されそうになったんです。やっぱり仲間なんていなかったって諦めちゃおうかなって思っていた時、老体のはずの馬が次々に男たちを蹴散らしていったんですよ。」
奇跡みたいな出来事だ。魔法を使えるのはサラを初めに連れてきたリーダーの男だけだったので、馬の力に敵うはずもなく男たちは倒れていったそうだ。
「私は馬に跨りしがみついて逃げました。辿り着いたのがこの学園だったんです。」
サラは死に物狂いで、馬とともにこの学園まで辿り着くと老体の馬は静かに息を引き取った。治癒魔法をかけても生き返る事はなかった。その後教員にみつかり、治癒魔法が使えることがわかると寮で保護されることになったのだ。
「これが私の今までです。長く話しちゃってごめんなさい。なんだかあなたを見ていたら懐かしくなっちゃって。」
なんだ。変な女の子でも何でもない。恋だのなんだの言っていたが、それは私に向けた言葉ではなくて、唯一自分自身を守ってくれた過去の友への言葉だったんだ。
「サラ…。」
自然と人の姿に戻り肩を抱いた。
「ごめん。馬の姿じゃこう出来ないから。」
彼女は嫌がりもせず身を任せる。
「初めて話せました。押し付けるみたいになったけど、アレン様に守られた時、あの時と重なって、聞いて欲しくなって」
「うん。」
「恋だなんて言って構って欲しくて」
「うん。」
「本当はただあの時言えなかったありがとうを伝えたかっただけなんです。」
「…上手く言えないけど、よく頑張ったね。サラ。」
肩を抱く手とは反対の手で彼女の頭を撫でた。小さく肩を震わせる彼女が落ち着くまでそうしていた。
月明かりが出る頃2人で寮に帰ると、レイア様が待ち構えていたのだが、サラの様子を見ると黙って部屋に帰っていった。お咎めなしということみたいだ。
「アレン様…ありがとうございます。」
部屋まで送ると頬に挨拶のようにキスされた。顔を熱くしていると彼女は笑っておやすみなさいと言い部屋に入っていった。いい笑顔をしている。サラとのデートを後回しにしなくて良かったなんて思いながら自室でシャワーを浴びて眠りについた。
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