第10話 魔物もいるんだ。そうなんだ。
エレノワースは居なくなったルナを探す手がかりを見つける為もう一度木陰を探す。
今度は馬の姿になってだ。馬は五感のほぼ全てが人間を上回っている。視界の広さや嗅覚の鋭さまでは人間の姿のままでは再現出来なかった。
ルナの香りがする。その他に嗅いだことがない臭いと、それともう1つ血の匂い。
嫌な予感がして汗が伝う。匂いの方向に向かい走る。足場の悪い森は正直走り辛いがそれは人の姿でも同じことだ。馬の視界ならば350度ほど見渡すことが出来る。ほぼ死角なしだ。
その時、右の視界に森には不釣り合いな白いサラサラの髪が目に入る。馬の姿のままだと上手く距離感が掴めないので、人の姿に戻り近寄る。
置いていった罰だ少し脅かしてやろうとジリジリ近寄り、声をかけようとしたが、少し前にいるルナの視線の先にあるものに気付き押し黙った。
そこには禍々しいものがウロウロしていた。見つからないようにルナが岩陰に隠れるのを見倣い同じようにする。
緊張で汗が滲む。少しずつルナがいる方の岩陰に近付く。ルナもこちらに気付いた瞬間酷く驚いた表情だったが、隣までいくと少し安堵したような顔つきになった。
目の前のものはなんだ。あれが魔物か。話で聞いていたよりずっと恐ろしいじゃないか。
2.5m程あるだろう黒い巨体はおおよそ人間では有り得ないほどの筋肉に覆われている。頭の部分は牛のような形をしており、ねじ曲がった太い角が2本。1本は欠損したのか3分の2ほど折れている。目も片方は潰れている。太い腕から連なる手の先の爪はかなり鋭い。ギリシャ神話に登場するミノタウルスに酷似している。
気配を消す。直感的に戦ってはいけないと感じた。勝てる相手ではないと。魔法も体術も扱える。それでも死ぬと直感した。生物レベルで格が違う。
隣を見遣るが、ルナは怪我をした様子はない。あの黒い巨体から血の匂いがしているのだ。馬にならずとも分かる。嫌な匂いが立ち込めている。
今この瞬間を乗り切ることだけを祈りジッとしていると、自分達のさらに先、魔物よりも先の方から声がした。不味い。
予感は嫌な方向に的中する。声の方向に向かい歩き出したのだ。次第に速度を上げている。ただ見ているなんて出来ない。覚悟を決め変身しながら走り出す。声の先にいるのはレイア様かもしれないのだ。レイア様の元にはフレアが付いていることは知っていたが、それでもあれはダメだ。危険すぎる。「ダメ」と声を出すルナの制止を振り切り駆ける。
向かった先では黒い巨体が片手を振り上げているところだった。無我夢中で葬られる対象に体当たりをする。自分ごと、数メートル吹っ飛んだ。
レイア様ではなかった。吹っ飛んだのは同じクラスのアルマだ。アルマ・アーリア。なんと間の悪いやつだ。嫌いだ。グレンとサラもいる。
束になったところで勝てる気がしない。最悪、馬の姿になりルナと逃げようと思っていたがそれも叶わなくなった。
黒い巨体は気にする様子もなくこちらに向き直り再度手を振りあげる。
もう無理だと思ったその時、デカくてごつい拳は魔法壁によって止められていた。
この短時間で魔法壁を出現させたのはルナだ。
エレノワースは感謝する間もなく、瞬時に人に戻り風魔法でブーストした蹴りを入れる。
ガン。
恐ろしく硬い。これはダメだ。何度かやったら自分の足が折れる。
もう1発拳が飛んできたので、すんでのところで躱す。ルナは次の詠唱を始めている。今はルナに攻撃がいかないよう時間を稼ぐしかない。視界の端にいるサラはダメだ。完全に固まっている。アルマも吹っ飛ばしたせいで暫く動けそうにない。
「手を貸す。」
グレンだ。青髪の長身で寡黙な男。今は力を合わせるしかない。どれほどのものか分からないが、この状況を必ず切り抜ける。
「死ぬほど硬い。普通の攻撃は通りそうにない。ルナが詠唱を始めてるから、二人で気を反らせよう。」
必要最低限のことを伝える。あとはやるだけだ。ルナの方に気が向かないよう、全員で生きられるよう必死で考える。
巨体の動きは止まらない。幸い、パワーにステータスを全振りしているような動きは避けられないほどじゃない。スピードはそこそこあるが、その重さにスピードが付いているようで、一度拳を振るとその動きを止めたり、他の方向に動かすことは難しそうだ。風の力を使い速さをブースト出来る自分ならギリギリ避けられる。
グレンの方も同じように動きを魔法で補助出来るようだ。これなら一先ず時間稼ぎできるだろう。ただ、ルナが何を唱えているのか分からない。考えたくはないが、それが効かなかった時どうするかも考えなければいけない。
巨体の足は腕と違い短く、蹴ったりするのには向いていないようだ。腕に集中する。
底なしの体力なのか、そもそもそんなもの存在しないのか僅かに腕を振るスピードが上がっている気がする。こちらは人だ。グレンもエレノワースも既に息も切れている。躱し方も荒くなり、擦り切れた傷も目立ってきた。
「グレン大丈夫かっ。」
「あぁ。ただもう限界だろう。相手のスピード上がってきている。」
力を振り絞り、エレノワースが巨体の正面側グレンが背中側に周りながら気を散らせる。
魔物がグレンの方に振り返った瞬間、距離を取ろうとしたせいでバランスを崩しよろけた。
「離れて!!」
ルナの声が響く。グレンに攻撃は行かず、声の方に振り返る巨体。グレンとエレノワースは地面を蹴りそれぞれ端に転がった。
小さな身体に向かって走る巨体、そこに向かってルナの手から眩い光の矢が飛び出した。真っ直ぐ伸びるそれは巨体を貫く。動きがルナの前で止まる。貫いた先から石化しているのか肉感のあった身体はジワジワと硬質なものになっていく。
気を弛めては行けない。エレノワースは体制を立て直しルナの方に駆ける。
まだ完全に石化していない頭をルナに向かってぶつけようとしている。
考え無しに自分に出来る最大の魔力を集める。風を回転させながら拳に纏い、ぶつける先は一点に集中する。
ギリギリの所でルナの前に立ちはだかり、溜めた力を放出する。
「うぉぉおぉおおおおおおおお」
雄叫びをあげながら、向かってくる頭に懇親の一撃をぶつける。
自身の肌すら切るようような鋭い風と拳の圧力で牛頭の方もエレノワースの肉もちぎれる様な感覚がした。
幸い硬化する方が早くエレノワースはその腕を振り切り、石と化したそれは頭から砕けた。
振り抜いた手からはダラダラと血が流れており力が入らない。
勝ったんだ。死ぬと直感したそれに。
もちろん1人では無理だった。思いつきで動いたエレノワースの行動は危険極まりない。それでも周りの人間に助けられた。
こうなった原因の発端であるオレンジ頭。後でもう1発殴ってやると決め込んで朦朧とする意識を手放した。
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デジャブ。背中の当たる場所が硬い。あの時と同じだ。あの時も確か仕事で疲れて眠っていたら、と以前のことを考えると酷い頭痛がした。
他のことは思い出せるのだが、こちらに転生された直前のことを考えると頭痛に襲われる。
これ以上は考えられないと思考を停止した。
それとひとつ違和感があった。頭の辺りが柔らかい。
触って確認する。柔らかい。
「エル…」
低い声に驚いて目を開ける。赤い顔のレイア様がいる。
「っ!ごめんなさい!!」
「ちょっといきなり動かないで」
体を起こそうとしたら、柔らかな太ももに戻された。
「心配したのよ。」
「レイア様…」
「本当に心配した。」
潤んだ瞳に申し訳なくなる。左手でレイア様に伝う涙を拭った。
「無事で良かった。」
「うん。」
「もう知らないところで無茶しないで。」
「ごめん。」
気を失った私は、アルマに担がれて当初の集合場所まで運ばれてきたということだった。道中、サラがずっと治癒魔法を掛けてくれたお陰でバラバラになったと錯覚した腕は今までと同じように動いた。初めに蹴りを入れていた足もヒビが入ってたらしく、アドレナリンって凄いななんて感心した。
「皆は?」
「無事よ。テントで寝ているわ。サラは状況を先生に説明してくれていたはずよ。」
良かった。今回はルナがいなければ勝利は有り得なかった。あそこで全員死んでいてもおかしくない。優秀な生徒が揃うAクラスだとしてもだ。
「エルごめんね。」
「え?」
「私が助けに入りたかった。」
心底悔やんでいるように話すレイア様は居た堪れない。
「むしろいなくて良かったよ。最初だってレイア様がいるかもと思って向かっていったんだ。結果オレンジ頭だったけどね。」
エレノワースは話しながらふふと笑うと、反対に落ち込んでいくレイア様。
「なおさらよ。私の事命を懸けて守ったりしなくていいの。そばに居てくれたらいいから。」
「でもそれじゃあ守れないんじゃ…」
「分かってる。矛盾してるわよね。でも失いたくないの。私にはあなたしかいないから。」
また泣き出してしまいそうなレイア様に否定的な言葉は言えず、そのままの体制で少しばかり過ごした。
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