第3話 重要な選択肢でもセーブは出来ない。

「ねぇ。」


「何かしら?」


人の姿になった後、王女様の部屋に連れ込まれ布を纏ったまま5分が過ぎようとしている。話しかけても集中しているようで適当な返事しか返ってこない。


もう数分した後に、レイア様が興奮気味に近付いてきた。


「これに着替えて。」


「う、うん。」


言われた通りに着替えようとするが、難しい作りのせいか上手く着られない。しばらくして断念することになった。その代わりにと今度はしぶしぶ下着と白いシャツ、黒いパンツを渡される。


「仕方ないわね。ドレスは今度着て貰うとして、今はこれに着替えて頂戴。」


執事服だろうか?シンプルな白いシャツは高級感があり上品な肌触りだ。黒いパンツも同様だった。


「なかなか似合っているわね。あなた前の姿の時も金色の瞳だったの?」


部屋にある備え付けの鏡まで行き自身を見て驚く。容姿は完全に以前のものであることにも驚いたが、瞳だけ色が異なっている。


「いや、黒だったはずだけど。」


「そう?でも綺麗ね。」


褒められて照れていると、夜遅くにも関わらず部屋がノックされる。エレノワースは大慌てで大きな窓のカーテンの裏に隠れ、なんでもない声でレイアが返事をする。


「第2王女様夜分に失礼致します。なにやら物音が少し大きく鳴ってらっしゃったので、念の為参りました。」


「そう。ありがとう。でも問題ないわ。下がって結構よ。」


レイアは少女とは思えない声色で、話すと従者らしき人物は返事以外に何も言うことなく下がっていった。


「エルもういいわよ。」


「驚いたよ。まだここに居て大丈夫なの?」


「大丈夫よ。大事な話も終わっていないし、何よりあなたその姿で馬小屋に戻るつもり?」


「あ、そっか。どうしよう?」


「安心して。馬の姿に戻ることは可能よ?」


元人間の癖に馬に戻れることに安堵してしまった。仕方ないじゃないか。今は馬なのだ。こちらでの生き方なんて分からない。それより気になることがあった。


「レイア様って魔法が使えたの?」


「えぇ。殆どの人が扱えるわよ。」


「え!じゃあ私も…!」


僅かに期待が膨らむ。以前は魔法なんて本やゲームの世界だけだと思っていたのだ。使ってみたいと思ったことは何度だってあった。


「それはどうかしらね。馬が魔法を使えるなんて聞いたことがないわ。」


その言葉を聞いた途端みるみるうちに悲しそうな顔になるエレノワースが不憫で、クレア様は優しく語りかける。


「でも才能はあるかもしれないわよ?」


「どうして?」


「私が使った変身魔法は、本来簡単に扱えないものなの。特に魔法の腕が未熟な私ではね。」


「はぁ…」


難しいとか簡単の基準は分からないが、口を挟んでも分からないであろうと思い続きを促す。


「あなたのなりたい形が明確に頭の中でイメージ出来たからこそ成功したのよ。魔法はイメージすることが大事なの。だからあなたには向いてるかもしれないわ。分かった?」


この世界において魔法は、自身が想像しやすいものにより種類や規模が変わるらしい。元々の素養も大きく関係しているらしいが、より明確なイメージを表現する、これが魔法の第1歩になるとの事だった。


そのせいか、絵を描くのが上手だったり音楽に長けていること、文学に精通していることも能力の向上に関係しているそうだ。


私は以前の容姿を正確に頭の中にイメージ出来たことでこの姿になれたというわけだ。


「なるほど。」


完全に理解したわけではないが、触りは分かった。もしかすると今後魔法を使える機会もあるかもしれないと少し期待する。


ふわふわのソファに掛けて、久しぶりの感覚も悪くないなと思いながら、レイア様の言葉を思い出した。


「レイア様、そういえば大事な話って?」


「えぇ、とても大事な話なの。」


先程の優しげな声から何トーンか落ちた。瞳も真剣そのものだ。


「私のこと決して裏切らない?」


「はあ?」


「答えて。」


レイア様のことを裏切る?考えたこともなかった。如何せん馬だ。草食べて走って寝るだけの私に裏切るも何もなかった。


「裏切ったりしない。考えたことすらないよ。」


「これから私の話を聞いても、私の味方でいてくれると約束してくれる?」


なんだ。急に重くはないか?凄く大事な選択な気がする。共に過ごした時間は短くないが、こんな話は初めてだ。目の前の少女は今決断せよと迫ってくる。私の頭ではそれ以上考えようにも答えは出ず、直感を信じるしかなかった。セーブボタンはないようだ。


「約束するよ。私はレイア様の味方でいる。」


「そう。良かった。といっても口約束だけじゃどうしても心配なの。呪いをかけてもいい?」


マジナイ?


「大丈夫よ。呪いと言っても悪いものじゃないわ。約束を違えたら二度と人の姿に戻れない代わりに、王族に与えられる言語能力・強制変換の力を与えるわ」


なんだ。大したことは無かった。もともと人間になるつもりなんてなかったのだ。それぐらい構わない。言語能力・強制変換は、どんなものとでも話せる力だそうだ。この力で植物と話したりは出来ないみたいだが、動物とは話せる。またこの国以外の言葉の人間ともコミュニケーションが取れる。外交が必要な王族だからこそ与えられるんだとか。めちゃくちゃ便利なものを手に入れることになるのでは!?ほん○く・○○にゃ○みたいなものか?と前世の青いタヌキが出てくるTVアニメを思い出す。


「ちなみに裏切るとはどんな行為なのでしょうか?」


とかしこまって聞けば、


「そうね。私の不利益になるような人物に情報を与えたり手を貸したりしたらよ。」


「なるほどね。分かったよ。」


了承するとレイア様は紙にサラサラと文章を書いた。見たことのない文字だ。


「ここにサインして。」


怪しむべきなのだろうが、もうこの人に味方すると成り行きではあるが決めたのだ。エレノワースとどう書くのか教えてもらい名前を書いた。レイア様がその紙を掴みふっと息をふきかけると、メラメラと紙は燃え、その代わり私の手の甲に小さな紋章が入る。私は約束を違えたら二度と人に戻れない呪いがかけられた。その代わり、これからはあの大男の言葉も分かるようになるわけだ。なにか恐ろしいことを言ってたりしたら怖いな。


「ごめんなさいね。」


「構わないよ。レイア様にはお世話になってるしね。むしろ有難い能力を貰っちゃった気がするよ。…それで大事なお話って?」


申し訳なさそうな顔が気になるが、何も言えることがないので、大事な話の続きを伺うことにした。


するとレイア様は重々しく口を開いた。


「私死ぬかもしれないのよ。」

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