第2話 魔法とか使えちゃう世界線なんだ。

「エル」


名前を付けて貰った日から、10年の月日が経った。1頭と1人は同じ時を過ごし、第2王女はエレノワースをエルと愛称で呼ぶようになっていた。


「レイア様」


エレノワースもまた呼び方を王女様からレイア様に変え、口調も砕いて話す仲となる。身体は逞しく大きくなり、黒い立派な鬣が生え、美しい金の目が健在だ。レイア様は一層美しく成長し、金の髪は伸びて、サイドの髪を編み込み、ハーフアップにしている。


「ねぇエル。あなたって前世はニホンというところから来たと言っていたわよね。」


「うん。あまり実感がないんだけどね。」


実際のところ、エレノワース自身前世で亡くなっているのかは分からない。初めこそ、明日の仕事の予定が…とか、週末の約束がとかパニックに陥ったものの眠りから覚めないと気付いた時、あっさり諦めが着いた。眠った記憶までしかないのだ。そもそもあれが前世だったのかすら怪しいし実感がない上に、実は未だに夢を見ているんじゃないかと思っている節もある。


さほど重要な事だとも思わず、レイア様にはいいかとポロポロと思い出したことを話していた。レイア様も大して驚きこそしなかったが興味があるのか未だによく話を振ってくる。


「エルはその時人間だったのよね?」


「そうだね。今の生活の方がずっといいよ。」


実際この生活は気に入っていた。昼間は運動だと走らされたりするけど、それ以外は母や王女様と過ごし時間になれば大男がご飯を持ってくる。多少退屈な時もあるが、それすらも性に合っていると感じている。


「そう?人間の姿になりたいとは思わない?」


「今の生活が終わるぐらいならこのままでいいかな。」


「そう。」


心做しか寂しそうな表情をされてしまい、少し焦るエレノワース。


「あ、でも、レイア様と手を繋いで歩けるなら人の姿もいいかもね。」


慌てて取り繕うと、レイア様は不思議そうにこちらを見つめたあと、ふふと頬を暖めていた。恥ずかしい発言をしたことに気付くのは小屋に帰って母に今日のことを話して指摘されてからだった。


エレノワースとレイア様の中睦まじげにしている姿は美しく、第2王女がある事を画策してるとも知らず、従者達はいつも微笑ましく見守っている。


また次の日もレイアとエレノワースは一緒にいた。


「ねぇエル。私の前だけでいいから人の姿になってくれない?」


これは無茶ぶりというやつだ。


「そんな、無理だよ。カボチャを馬車に変えられる魔法でもあれば別だけどね…」


ふむ、と第2王女は考える仕草を見せたあとエレノワースに耳打ちをする。


「それに何か意味があるの?」


結局答えはくれず、その日は小屋に戻った。しかし、その夜、小屋にレイア様が訪れ温室前まで連れて行かれる。こんなことをして大丈夫なのかと思うも母のスカーレットは何も言ってこないし、抵抗する気にもなれずついて行ったのだ。



先程まで背を向けていたレイア様がこちらに向き直り、いきなり地面に木の棒で落書きを始めた。


この上に立ってくれと言われ、言われた通りにする。


「じゃあエル昼間言った通りにね。」


とレイア様が話し、それに頷くと、なにやら唱え始めた。昼間に言われたこととは、私の以前の姿を夜まで詳細にイメージしておく事だった。


集中していると、すぐに自身の体が僅かに光り出す。


多少の恐怖を感じながらも、言われたことを続けると身体が熱くなってきた。知らない感覚に慄くも言いつけを反してレイアのしようとしている事が失敗した方が怖いと、自分のするべき事に集中する。


程なくして眩い光に包まれたあと、いつもの感覚で立っていられずペタリと地面に臀を着く。


「いたた…」


「エル!!」


私は人の形になっていた。真っ裸でだ。


騒ぎそうになったが、王女様に口を押えられ、布を掛けられた。


「上手くいったわね!」


と、得意顔だ。


「えっと、これって」


「あら、カボチャを馬車に変えられる魔法よ?」


2度目の叫びも王女様によって防がれたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る