第31話 買い物

 アリシアは、週末にシャロンとロゼッタと

買い物に行く約束をしていた。普段使っている文具や、綺麗いな小物、

本も買いたかったし、街中へ出かけるのを、とても楽しみにしていた。


全員の日程が合うのは難しい。シャロンが騎士団なので、

休暇は時間も曜日もバラバラなのだ。

ロゼッタは王宮の図書室で司書の見習いとして通っていた。


ナラタナ王国は、他の国よりも仕事につく年齢が早い。

もっと学生期間を長くしてはとの意見も もちろんあるが、

興味のある分野を、早くから仕事として磨いていく方法を

とっていた。


 アリシアは初めて1人で出かけた。いつもは兄が必ず付いているのだ。

今回はシャアルが父と兄を説得したらしく、泣く泣く諦めていた。

ただシャアルはアリシアに1つ約束をさせた。

自分で防げない程の危険なことが起きたら、

心の中でシャアルの名前を呼ぶこと。

それができるなら、1人で行ってごらんと話したのだ。

ただ、アリシアに内緒で隠密はつけるが……。


アリシアは、とても驚いた。そして驚いている自分を

これではいけないと思った。誰かが一緒にいくことが

当たり前だと思っていた自分を叱咤する。


待ち合わせ場所に着いたら、シャロンとロゼッタに

固まって動けないほど驚かれた。

シャロンが、唖然とする。

「アリー……、1人で出かけるって産まれて初めてじゃ……?」

「……そうね」

アリシアは苦笑いしながら答えた。

「2人とも、私の快挙を喜んでくれないの?」

アリシアは少しふざけたように、首を傾げた。

ロゼッタが、胸の前で手を合わせてプルプルしている。

「いいえ、いいえ、アリー!!すごいわ!!

あなた本当にすごいわ!!」

アリシアは笑いながら、喜んだ。シャロンが口をアングリとあけ

呟くように言った。

「よく辺境伯が許したわね……」

まあ、多分アリシアに言っていないだけで、

他の手を打ってあるんだろうけど……。

シャロンは、シャアルがどんな手を打っているのか……はて?と考えた。


3人は、予定通りお気に入りの小物屋にいく事にした。

それぞれ欲しいものがあった。ここは学生の頃から

人気のお店で、国内だけでなく、国外の小物を扱っていた。

髪飾り、リボン、小物入れ、ポーチ、トレー、

持つところがキラキラ光る羽ペンに、ガラスの小瓶に入ったインク入れ。

どちらかと言うと、十代の女の子の好む

可愛らしいものが多かった。

それぞれに、これが良い、これが似合うなどと言って

選ぶ買い物は、とても楽しかった。

本当に、護衛など必要のないどこにでもいる十代の女の子のように

振舞うことができた。そして、その事はアリシアに少し自信を持たせた。


他の文房具店では、アリシアの希望でいつもよりも

大人びた店を訪れる。

「アリシア、このお店がいいなんて急にどうしたの?」

「職場だと、いい文房具を使わなきゃいけないの?」

ロゼッタとシャロンは、不思議そうにしていた。

アリシアは少し照れながら、答えた。

「シャアル様へのお礼なの。いつも沢山の小さな可愛いものを

いただいていて、お母様と相談したのよ。

さすがに、お礼のお手紙だけではダメねって」

ロゼッタの目が輝きだした。たぶん、ロマンス小説のような事を

思い浮かべているのだろう。ずいぶんとキラキラしている……。

「ここは魔力が強い方が使うものが、得意なんですって。

でも私も見てみないと選べないかもしれないから、

2人とも手伝ってね」

そう言って、お店の中に入った。


いつもアリシア達が行く明るい可愛らしいお店と違い、

グッと落ち着いた店内になっていた。

フカフカの絨毯に、重みのある木で作ったカウンター、ショーケース。

店内は暖色系の灯りで統一されている。

「いらっしゃいませ。これはこれは、可愛らしいお嬢さん達、何かお探しですか?」

白髪に白い口髭を持った年配の男性が、にこやかに言った。

アリシアは、いつもと違う店の雰囲気に

おどおどしながらも、尋ねた。

「こんにちは。今日はプレゼントのための品物を

見せていただきたいと思っているんです。

魔力の強い方なので、こちらのお店がいいだろうと

母からアドバイスを受けました」

店員は嬉しそうに顔をほころばせ、喜んで言った。

「それはそれは、ありがとうございます。

お母様にも宜しくお伝えください。

お嬢様はどのような物を考えていましたか?」

「それが……、私、魔法の勉強をし直しているところで……。

魔力の強い方が、何を便利だと思うか検討もつかなくて」

「なるほど。……いくつかお聞きしてもよろしいですか?」

「ええ」

「贈り物のお相手は男性ですか?」

「……はい」

アリシアの頰が少し赤くなった。ロゼッタがニコニコしながら見ている。

「お仕事はなさっていますか?」

「はい。騎士団と、もう1つは多くの書類を扱うような仕事を」

「なるほど……。ご自分の名前をサインする事は?」

「それは沢山あると思います」

「では何点がお出ししてみましょう」

店員はそう言うと、壁一面に綺麗に並んでいる小さな箱を

魔法でカウンターに並べていった。

アリシアはその様子を見て、驚いた。

箱を抜くとっても、棚は崩れない。どうやるのかしら?

そう思いながらカウンターへ近づくと、ロゼッタとシャロンもやってきた。

「まず、この商品は万年筆です。こちらは普通に書くことができると同時に、

魔力を込めると色を変えることができます」

飴色をした、落ち着いた感じのする万年筆だった。

「こちらの商品は同じく万年筆ですが、魔力を込めると

自分で決めた紋様が浮かび上がります。サインの偽造を防げます」

こちらは年代物のワインのような深い赤色で、

シックな中に華やかさもあった。

「最後にこちらですが、羽ペンです。魔力を込めておくと

紙をトントンと叩くだけで、その場所に好きな事を

書くことができます」

アリシア達は、目を丸くして店員が試し書きしてくれるのを

見ていた。世の中にこんな魔道具があるなんて初めて知った。

シャロンもロゼッタも、とても楽しそうだ。

「アリー、彼はどんな色がお好きなの?」

シャアルの名前を出す事は、はばかられる。

ロゼッタは上手にアリシアに問いかけた。

「お好きな色?……分からないわ。でも明るい色よりは

シックな色をお好みだと思う」

「じゃあ、この3点はどれを選んでも大丈夫ね」

シャロンが続けた。

「どれが、1番 彼の役に立ちそう?」

「そうね……、やっぱり紋様の浮かび上がる

この万年筆だと思うわ。重要な書類が山のようにありそうだもの」

アリシアはそう言うと、店員にこれをプレゼント用にして欲しいと頼んだ。

さすがに高価なものだったので、屋敷に届けてくれるように頼む。

店員は

「ああ、ヌヴェル伯爵のお嬢様でしたか。

奥様には贔屓にしていただいております。

承知しました。今日中にお届けいたします」


店を出た3人は、ホッと息をついた。シャロンが笑いながら

「大人なお店は緊張するわ」

それを聞いたアリシアとロゼッタも笑い出す。

「そうね、私達には緊張するお店だったわね」

「2人とも一緒にきてくれて、ありがとう。

1人じゃ、緊張して選べなかったかも」

皆で笑いながら、初めての大人のお店を後にし、

楽しみにしていたレストランに向かうのだった。

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