第30話 準備

毎日1回、アリシアとシャアルは他の部署に

資料を届けて歩いた。廊下の確認をし、

覚えていく。とはいえ、資料が必要な部門となると

限られているので覚えるのは、そんなに大変ではなかった。


主にはレモンドのいる宰相閣下の部門、

魔法省の部門、そして薬剤の部門だ。

どこに赴いても、アリシアは丁重に迎えられた。

純粋に人族の役に立ちたいと思ってくれている人、

コナーの知り合いで人族に慣れている人、

アリシアに興味があり仲良くなりたい人。

シャアルは、注意深く情報を集め、

また実際に自分の目で確かめていった。


シャアルは好奇心だけでアリシアに接近する者を

特に注意した。好意がどのように変化するか、

それは誰にも分からない。背景に怪しい影がないか

丁寧に調べた。


残念ながら、獣族全てが優しく、思いやりがあるわけではない。

意地悪が好きな者もいるし、自分本位な者もいる。


だが、おおむねアリシアが王宮内を歩くことは成功と言ってよかった。

ニコラはシャアルに満足した事を告げ、

彼らの計画は次の段階に進むことになった。


アリシア達16歳になった者は、社交界デビューの歳だった。

新緑の季節に開かれる夜会で、別に16歳だけが出るわけではないが、

この歳にデビューする者が多かった。

デビューする者は男女問わず、夜会に花を添える事になる。

もちろん、まだつがいを見つけている者はほんのわずかで、

大抵は家族や、親戚、友人とペアになり、ダンスの披露があった。


ニコラにとって、この夜会では自分がアリシアと踊れば良いと

思っていたので、夜会までにアリシアが王宮を歩けるようになったのは

予想外だった。アリシアが夜会に出席する事をカルロスが

許可するであろう実績は作った。


ただ1つ問題は、アリシアが自分へ向けられた悪意を、

ニコラとシャアルに話さなかったのだ。

アリシアは身の危険を感じる物ではないので、いつもの事と話さなかった。

これはシャアルがつけた女性の隠密から知らされた情報だった。

当初から、アリシアは化粧室には1人で行っていた。

これだけは、どんなに説得しても部署から

すぐだからとアリシアが譲らなかったのだ。

ニコラとシャアルは迷ったが、女性の隠密を内緒で付ける事で

しのいでいた。ちょっとした妬みからくるものだったので、

アリシアが言うまでは、見守ろうとなっていたのだ。

彼女が嫌がらせを受ける場所は、王宮内でここだけだった。

シャアルとしては、今すぐにでも叩き潰してしまえば良いのだが、

ニコラが首を縦に振らなかったのだ。

魔法で身を守れそうだし、いちいち気にしていたら

余計、人族は優遇されていると思われるのも困る。

獣族同士でも、嫉妬や妬みから、嫌がらせする者もいる。

同じ状況なのだからと判断した。


シャアルからしてみれば、わざわざアリシアが

化粧室に行くのを待ち構え、シャアルが音を拾えるところで

嫌がらせをするなど、愚か者以外の何者でもない。

シャアルは、ふくろう属の特徴として目も驚異的に良かった。

そんな自分の番に嫌がらせをするなど……。

冷静に、でも もちろん最大級に怒りを持ったシャアルは、

その時が きた時のために、着々と相手を破滅させるための

証拠と手段を集めていった。


一方でアリシアは、学生の頃から度々起こる嫌がらせだと思っていた。

アリシアは知っていた。皆、小さな頃から自分を守るために

最大限の努力をしてくれる。どうしてここまでしてくれるのと

思うほど、友達にも大切にされた。

でも、そんな愛情だらけにしてくれる人が沢山いても、

全ての危険を取り除き、全ての悪意から守られる事は無いのだ。

いつでも男女問わずに、嫌がらせしてくる者はいた。

わざと握手で強く掴んだり、ぶつかってきたり、

王子にどうやって取り入ったのかと嫌味を言ったり、

能力もないのに文官に採用されていると言われたり。

相手はタチの悪い事に、アリシアが大怪我しないように

加減して嫌がらせするのだ。

傷つかないわけはない。泣いたこともあるし、悔しい思いもする。

でもこの人達は可哀想な人なのだと思っていた。


自分には役に立てる能力が1つある。

それがアリシアを強くする自信の源だった。

身の危険を感じることがあったら、シャアル様に話そう。

同じ人族の人の安全を守るためにも、

アリシアは、そう決めていたのだった。

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