第29話 新しい任務
ニコラとシャアルが相談をし、アリシアは
各部署から問い合わせのあった件についての回答や、
資料を届けるという仕事をすることにした。
これはニコラの想定していた時期より遥かに早く、
シャアルの作戦勝ちとも言える所だった。
自分の
アリシアの安全は、ほぼ確保された。
自分に挑戦するつもりなら、それ相応の報いを
受けてもらえば良い。
シャアルは自分の全ての能力を持って、
排除すれば良いだけなのだ。
そして、そんな者など、そうそう居ないという自負もあった。
それから、番のウワサと共に、
人族と付き合う為に注意しなければならない点もウワサにして
ありとあらゆる所まで、広まるようにしておいた。
懸念されるのは、その情報を悪用されることだが、
大多数の人からの安全を優先させた。
アリシア自身の学生時代の顔見知りもいるし、
自分の顔見知りもいる。
人族への少しの配慮は、あっという間に広がったのだ。
シャアルが護衛についているうちに、
王宮内を安全に歩けるようにしておく事が
ニコラの目標だったのだ。
シャアルは、ニコラの要望を正確に叶えていった。
最初、全ての部門にアリシアが顔を出すまで
シャアルが護衛として一緒に行動し、
時期を見て、シャアルは護衛に付くものの
気配を消すことになっていた。
シャアルがいないことで、アリシアに危険があってはならないからと、
不埒な輩をあぶり出す目的もあった。
その辺りからが、ようやくシャアルの本領発揮といった所だろう。
アリシアは、王宮の色々な所に行けることを
好奇心も手伝って、純粋に喜んでいた。
コナー達の方が、よっぽど心配だったらしく、
書類を届けた時に話す説明を、わざわざ紙に書いて寄こしたくらいだ。
アリシアは笑いながら、でも皆の気持ちが嬉しく、
ありがとうといって受け取った。
シャアルにエスコートされて部屋をでる。
何だか冒険に行くみたいで、少し楽しかった。
一方、シャアルは今日行く部門はレモンドの所なので、
部署ではなく、廊下に気を配っていた。
廊下でアリシアに教えなければいけない事があるのだ。
歩きながら、人が居なくなったのを見計らって、シャアルは言った。
「アリー、こちらへ」
そこは、ちょっとした柱の陰だった。
アリーは、あれっ?と思った。普段よく使う廊下だが、
こんな陰になっていたなんて知らなかったのだ。
「この位置を覚えて。理由は後から説明する」
「はい」
レモンドの部署に付くまでは、2箇所あった。
レモンドの執務室に通される。
アリシアは膝を折り、淑女の礼をとった。
「アモール副宰相閣下、ご依頼のありました資料を
お届けにあがりました」
レモンドは、とてもにこやかに資料を受け取り、
シャアルにチラッと視線を向ける。
そして、待ってましたとばかりにこう言った。
「君がアリシア殿だね?初めまして。レモンドと呼んで。
シャアルとは幼馴染なんだけど、聞いているかな?」
少し緊張していたアリシアは、レモンドが急に
にこやかに話し始めたので、ビックリして口をパクパクさせていた。
シャアルがアリシアを自分の後ろへ隠す。
「レモンド、まずアリーが持ってきた書類を確認しろ」
不機嫌にそう言った。
レモンドは、とても嬉しそうにシャアルに話す。
「分かった分かった。確認するさ。
…………、私の部署が依頼したものに間違いない。
内容はこれから精査させるようにしよう」
レモンドは、はいはい分かったと言わんばかりに
書類に目を通した。嬉しそうに部下にお茶の用意をさせ
公私混同する気に、みなぎっていた。
シャアルは目を覆い、ため息をつく。
「レモンド……、お前……勤務中ということは
分かっているんだろうな……?」
レモンドはニヤッと笑った。
「もちろん、シャアル。僕がこのチャンスを逃すとでも?
ずっとアリシア殿に会わせて欲しいって言ってたのに、
君が隠してしまうからチャンスを物にするだけだが?」
「レモンド……、それは職権乱用というのだぞ……?」
「シャアル……!!それをできるようにするために、
今日まで真面目に任務に当たったんだろう?」
シャアルはニヤッとして、わざと大きなため息をついた。
「レモンド、今回だけだぞ」
そういうと、アリシアをソファーに座らせた。
少し苦笑しながらアリシアに説明する。
「アリー、気にしなくていい。私の幼馴染だ」
「……でっ……でもっ……私の兄の上官であらせられるので……」
シャアルはうん?といった顔をした。
思いついたように
「ああ、グラント殿か。アリーはレモンドの
部下ではないのだから問題ない」
それを聞いたレモンドは、笑い出した。
「まあ、気にするなと言ってもな。大丈夫、シャアルの言う通り、
アリシア殿は、私の部下ではない。グラントは優秀だし心配しないで」
この2人の言う事を、鵜吞みにしても良いものか……。
アリシアはグラントの為に、出来るだけ
大人しくしておこうと思った。
「アリシア殿、仕事に熱心だそうだね。古文書の部門は人手が足りなくて、
悩んでいたんだ。誰でも良いというわけにはいかないからね」
「アモール副宰相閣下、皆様のおかげで
仕事に就くことができて大変感謝しております。
念願の古文書の部門ですので、毎日発見もあり
とても喜んでおります」
レモンドは丁寧に答えるアリシアを、しばらくジッと見つめ、
う〜んと考えこんだ。そして顔をしかめながら
「アリシア殿、レモンドと呼んで。シャアルは辺境伯とは呼ばないのだろう?
僕も名前がいいな。シャアルは1番の友達なんだ。
だから、アリシア殿とも仲良くなりたい」
アリシアは、レモンドの普通ではないように思えるお願いに、
目をパチパチとさせていた。
口を開けて何かいいかけたが、何も言わずシャアルを見た。
シャアルは苦笑し、どうしたものかと考えたが
レモンドが引き下がるとは思えない。
「アリー、しようがない。私の親友のお願いだ。
叶えてあげてくれると嬉しい」
「シャアル様……。い……、いやっ……でもっ……
その……兄の手前もありますし……」
さすがに、それはマズイのではと、アリシアはしどろもどろになったが、
何せ相手は王に仕える優秀な幹部候補達だ。
レモンドとシャアルに押し切られて、レモンド様と呼ぶことになってしまった。
アリシアは冷や汗をかきながら、あとでグラントに説明しなくちゃと
あせっていた。
そんなアリシアを楽しそうに見ながら、レモンドはシャアルに問いかけた。
「ところでシャアル、廊下の説明はしたのか?」
「いや、場所だけ見せた。説明はこれからだ」
それを聞いたアリシアは、あの廊下の柱の陰に
何か理由があるのかしらと首を傾げていた。
レモンドは人に聞かれない方が良いから、ここで説明しようと言った。
「アリシア殿、あなたが見た場所は緊急の避難所になるんだ」
「避難所?」
「そう。例えばあなたとシャアルが歩いていて、誰かに襲われたとする。
あなたがあそこに身を潜めれば、
あなたを後ろに庇い、シャアルは負担を少なく戦える」
「……そうなんですね。確かにシャアル様の負担を減らせますね」
「王族は別の方法で身を守る事になっているが、
仕える者で護衛が必要な者はあそこを使用できる事になっているんだ。
ただ、これは内密に。極わずかな人にしか知らされず、
護衛する側も、ほんの一握りの人物しか知らない」
「分かりました。心しておきます」
ちょっと顔を引き締めたアリシアに、シャアルが
優しく笑った。
「大丈夫だ、アリー。まず、そのような事がないように考えている。
万が一の策だと思っておきなさい」
「はい、シャアル様」
「これからシャアルと王宮を歩いて、少しずつ覚えれば良いよ」
「はい、レモンド様」
それから、たっぷりとレモンドのお茶に付き合って、
アリシア達は自分の部署に戻った。
アリシアは、レモンドと話すシャアルに
新鮮さを感じていた。ざっくばらんに
言い合う2人は、長年の信頼関係が透けてみえ、
自分達の友人関係よりも大人に見えた。
こんなシャアル様もいるのね……。
アリシアは皆の知らないシャアルが見られて、
少し得をした気持ちになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます