第24話 アリシアのお礼

 1週間、シャアルに魔法の稽古をつけてもらった後、

アリシアはシャアルから尋ねられた。

「今週は色々あったから、明日の休暇は1人でゆっくりしたい?」

尋ねられたアリシアは、自分のキョトンとした気持ちに驚いていた。

いつの間にか、いつもシャアルと一緒にいると思い込んでいたのだ。

そうだ、でもまだ自分は返事はできていない。

なぜそんな風に思い込んでいたのだろう……。


確かに、シャアルの言う通り目まぐるしい日が続いていた。

少し息抜きがしたい。でも……シャアルに感謝を伝える事もしたい……。

「シャアル様、私、シャアル様にお礼がしたいの。

言葉だけじゃなく、感謝の気持ちを何かの形にしたいの。

シャアル様は休日に何かやりたい事はないの?

それとも、お一人で時間を過ごしたいとか?」


シャアルは逆に尋ねられてビックリした。

自分は全ての時間をアリシアの為に使いたい。

他にやりたい事など浮かぶはずもない。

ただシャアルの目からみても、アリシアには休息が

必要だった。さて……と思い、シャアルが答えた。

「では……明日の朝はゆっくり休憩して、

午後のお茶の時間にお邪魔しても?

疲れてなければ、君の作ったお菓子が食べてみたいのだけど」

シャアルは、せっかくの申し出を余す事なくフル活用するつもりだった。


アリシアは思いがけないシャアルの話に、目をパチクリさせた後、

急にパアッと顔を輝かせ、嬉しそうに話した。

「はい、シャアル様!!嬉しい、私にもシャアル様にできる事が

あるかもしれないわ!!」

シャアルは、やっと問題が起きる前と同じ笑顔をしたアリシアに

満足していた。この1週間、アリシアに慰めなどは必要なかった。

いつもより硬い表情で、日々練習に励むのを、側で見ているだけ。

シャアルがアリシアを尊重する為にできるのは、ただそれだけだったのだ。

まあ、毎日のご褒美はもらったが……。


アリシアは頭の中に様々な材料を思い浮かべ、

シャアルの好きそうなデザートを思い浮かべていた。

「シャアル様、明日……明日がくるのが楽しみだわ」

柔らかな笑顔のアリシアに、久しぶりに理性をひねり出すシャアルだった。


 次の日、アリシアはシャアルとの約束通り、午前中は何もせず

のんびりと庭で過ごした。シャアルとの約束は

何もせずに、のんびりとした時間を必ず作る事だった。

庭で、ただぼぉっと花や木を眺めていた。

なんだか久しぶりに庭を眺めている気がする。

マリーが入れてくれた紅茶を飲みながらボンヤリとしていた。

あぁ、あそこのお花はいつの間にか咲いたのね。

ふと、鳥のさえずりが耳に入った。

可愛い声……。あれ?

アリシアは思った。そう言えば、この1週間

花や鳥の声に気がつかなかった気がする。

なぜシャアルに1人で休日を過ごすことを尋ねられたか

この時、やっと理解した。


『私……まだまだ努力する事が、たくさんあるのね……。

焦らずに、努力し続けるしかないわ……。』


暖かな陽の光を充分にあびて、のんびりと時間を過ごす。

そして昼食後、午後のお茶のためのお菓子作りに入った。

シェフとシャアルの好みについて相談しながら、

小さなお菓子をたくさん作ることにした。

どれも一口で食べられるものばかりだ。

アリシアが覚えている限り、シャアルは甘さの中に

酸味のある物の方が好みのようだった。

ベリーや、小さな木の実、コケモモなどを使って、

タルトや、ムース、ゼリー、など、中々よくできた気がする。

合わせるお茶は香りの強くないものにした。


穏やかな気候の日だったので、庭にテーブルをセットした。

花を飾り、ナプキンを整える。ワゴンにお茶とケーキをセットしたところに

マリーに案内されたシャアルが来た。

いつもよりシンプルな白いシャツに紺のトラウザーズで

シャアルの銀髪が日に照らされて、光っていた。

アリシアはシャアルを見て、とても嬉しそうに言った。

「シャアル様!!……お出迎えに行かなくてごめんなさい。

用意に夢中になっていて……」

「良いんだよアリー、私が少し早く着いたんだ」

「こちらにおかけになって」

そう言うとアリシアはシャアルを席に案内し、

自分はワゴンのところで、マリーとお茶の仕度を始めた。

「今日は、お菓子に色々なベリーや木の実を使ったの。

だから紅茶は香りの強くないものにしてみたわ」

まず紅茶をシャアルの前に置き、

ケーキスタンドをセットした。

ワゴンはマリーが下げてくれる。

マリーは下がる時、アリシアに満面の笑みでウィンクして見せた。

アリシアがあっけにとられて、しばし茫然としていた。

シャアルがその様子を見て、クスクス笑い出す。

「……マリー……?……一体なんだったのかしら?」

「彼女はきっと、おいしく召し上がれと思ったのかも」

「そ……そうなのかしら……?あっ、大変、

お茶が冷めてしまうわ。どうぞシャアル様」

シャアルがゆっくりと紅茶を楽しむ間に、ケーキを取り分ける。

「まずどれから召し上がる?」

「君のオススメからもらおう」

アリシアは少し迷ったが、ベリーのタルトと、コケモモのムースを

お皿にのせた。

「一口サイズにしてくれたんだね。……うん、甘すぎずに美味しい。

私の好みの味だよ」

「そう?良かった!!シェフに相談して、色々とアイディアをもらったの。

お口にあって嬉しいわ」

アリシアは、とても嬉しそうにしていた。

その様子を見たシャアルが、さらに嬉しそうに話す。

「アリー、君はやっぱり楽しそうに笑っている方が似合うよ」

それを聞いてアリシアは、はにかんだ。

シャアルが久しぶりに見た表情だった。

アリシアは、照れくさそうに他のお菓子もすすめる。

シャアルは全種類、食べた。

「シャアル様?無理はしてなさらない?」

シャアルはリラックスしたような表情で笑った。

「大丈夫、君がケーキを小さくしてくれたおかげで

全種類食べられたよ」

その言葉で、やはりシャアルは甘いものを、そんなに食べられないと気がついた。

「やっぱり、デザートはそんなに召し上がらないのね……」

静かに言うアリシアに、シャアルはとても喜んだ。

「アリー?私のことを、ずいぶんと見ていてくれたんだね?」

「……だって……あまりデザートは召し上がっていなかったから……」

「君は細かいところによく気がつくね。私の事も気がついてもらえて

嬉しいよ。お茶をもう一杯、もらえるかな?」

「ええ、もちろんシャアル様。喜んでもらえて嬉しい」

アリシアはお茶を注ぎながら、ホッとしたように言った。

「アリー、とても美味しかったよ。グラント殿が自慢するわけだ」

「お兄様ってば……そんな事をシャアル様に?すみません……」

「ちょっとヤキモチを焼いてね。ぜひ私も食べたかったんだ」

さらっと言うシャアルに、アリシアは真っ赤になった。

「そんな……お望みなら、いつでもお作りするのに」

モジモジするアリシアを、シャアルは にこやかに眺めていた。

「シャアル様、いくつかお聞きしても良い?」

「もちろんだ、どうぞ」

「シャアル様は私の事をイヤになったりしていないの?」

獣族としては、ビックリするような質問だった。

「アリー?なぜそう思った?」

「私……私、この1週間は見っともないところしか

お見せしていないもの。シャアル様が今日は休憩をって

おっしゃった訳が、今朝やっと分かったの。

自分の気づきが何故こんなに遅いのか、自分でもあきれるけど

これから努力し続けないとと思うの。とても未熟なの。

だから、シャアル様も呆れてイヤにならないかしらと思って……」

シャアルは優しく微笑んで、アリシアに手を差し出した。

いつものエスコートだ。シャアルの仕草で次の行動が分かってしまうくらい

アリシアのそばには必ずシャアルがいた。

シャアルは、庭を歩こうとアリシアを自分のそばにソッと引き寄せた。

ゆっくり歩きながら、シャアルは話し始めた。

「アリー、君は……例えばニコラ殿下が失敗し続けたら、

彼を友人としてイヤになるの?」

「ニコラ?ニコラは失敗しないけど……でもそんな事でイヤになったりしないわ。

返って何かあったのかと心配になると思う」

「他の友人は?」

「イヤにならないわ」

「ではご両親や、兄弟は?」

「??イヤにならないわ」

「アリー、私も一緒だよ。君の良いところも、努力しなければならないと

思っているところも、1人のアリーだ。君の良い所も、失敗してしまったと

思う所も、同じく愛しているよ」

つがいだから?」

シャアルは、その質問にあぁという顔をした。

彼女はそこが心配なんだ……獣族には無い発想だ。

「アリー、そうとも言えるし、そうでは無いとも言える」

「どういう事?」


「獣族は番を本能で選ぶ。私たちにとって、

これは絶対ともいえる。そして我々は短時間で結論を出す。

でも私とアリーは、それに当てはまらないね?」

「ええ。そうね」

「だから、私は番について他の獣族と

違うことに気がつくことができる。」

「違い?」

「確かに私が見るアリーは、光の中にいる。他の獣族と同じだ。

でも時間をかけているから、番つがいは光の中にいるからだけで

選んだのでは無いと断言できる。アリー、私は光の中にいるからだけで

君を愛しているのではないよ。君が恥ずかしそうにする姿も、

毎日、夜にコッソリ魔法の練習をする真面目な君も、

こうして私にお菓子を作ってくれる君も、全て愛している。

確かに本能で君を選んだ。でもその後の君との会話で、

もっと君を大切に想うようになった。

だから、君をイヤになる事なんてないんだ」

それを聞いて、アリシアはホッとしたような顔をした。

何となく、不安だったのだ。獣族は番の魔法から冷めたら、

どうなるのだろうと……。


シャアルはソッとアリシアを抱きしめた。

「アリー、心配しないで。私は本能だけで君を選んだのではない。

番の魔法は簡単には解けないんだ。

一生をかけるほど、それは宝のようなものだから」

シャアルは幸せそうに続けた。

「アリー、君に、いつでも伝えよう。何度でも。

愛しているよ。君の全てを愛している。

だから怖がらずに、君のしたいようにすると良い。

愛してる、愛しているよ」


シャアルは、また1つアリシアの心に ふれられたと

とても嬉しく想うのだった。

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