第21話 練習

 シャアルとニコラはアリシアに、

なぜ今になって魔法を習得しなければいけないのか

本当の理由は教えないことにした。どこから話が漏れるか分からない。

自然に魔法のレベルを上げる事にしたかった。

アリシアに王宮内で他の部署に資料を持って行く可能性があるからと話し、

練習を開始することにしたのだ。


今の所、王国内は平和だったし、アリシアと会話する機会も増える。

シャアルは、なるべく明るい材料について考えることにしていた。


アリシアの屋敷で、軽く休憩した後、屋敷内の父や兄達が鍛錬している場所を

練習場所とすることにした。建物に入ると、中は仕切りのない

運動場になっている。広い空間で外部から見られることもなく、

うってつけの場所だった。


シャアルは、まずアリシアの生活魔法から練習に入ることにした。

アリシアに不安をいだかせぬよう、徐々にレベルをあげたかったのだ。

「アリー、君のお気に入りの魔法は何だい?」

「お気に入り……? お気に入りはこれよ、シャアル様」

アリシアは、少し恥ずかしそうに笑った。

そしてキョロキョロとあたりを見回すと、隅にあったランプを持ってきた。

アリシアは、そのランプにソッと手をかざし、魔力をフワッと出す。

ランプは、暖かな灯りを灯していた。

「これが私のお気に入り。夕刻になって陽の光が消える時に

この灯りを灯すのが、1番のお気に入りなの」


『……アリー……困ったな……日々、愛らしさが……』


シャアル達が抱える問題との あまりのギャップに、

一瞬自分の抱えている仕事を放り投げてしまいたくなる。

いや、それではアリーを守れない。大きく息を吸い、

気持ちを落ち着かせた。


「そうだな、それも素敵な魔法だ」

笑顔のシャアルは、アリシアにいくつか生活魔法を見せて欲しいと

頼んだ。台所で炎を出したり、氷を出す魔法。

ちょっとした片付けを行う魔法。アリシアはどれも問題なくやってのけた。

シャアルは少し感心していた。火力の魔法と水力の魔法、

どちらも偏りなくアリシアは使えたのだ。


『これは……思っているより高度な魔法が使えるかもしれない』


シャアルとしては、自分だけがアリシアを守るのだから、

アリシアに魔法を使わせなくても良いようにしたかった。

が、そうも行くまい。アリシアの身の安全が守れるのであれば、

いたしかたなかった。


シャアルは結界から試すことにした。転移魔法は高度な上に

かなりの魔力を必要とする。まず結界を張れるようになり、

問題の推移を見て、高度な魔法に移るのが現実的であろうと思った。


「アリー、よく見ていて」

そう言うと、シャアルはアリシアが灯したランプに

近づき手をかざした。サッと手が壁をなでるような動作になる。

ランプは、小さな結界の中に入っていた。

「シャアル様……すごい、結界を張ったのね?」

「アリー、結界は好きな形にできる。ドームのように全体を覆わなくでも良い。

自分の前に結界の壁ができたら、それだけで防御になるだろう?」

そう言うと、シャアルは結界を解いた。

「結界の魔法に挑戦した事は?」

「いいえ、1度もないわ。何かコツはあるの、シャアル様?」

「コツ……。君は魔法を使う時、どの方法をとっているの?」


シャアルが、こう尋ねたのには訳があった。

太古の先人は魔法を魔法陣で管理していた。

でも年月が経つうちに平和な時代が続き、魔法は皆のものとなった。

だんだんに魔法陣ではなく、詠唱を唱えたり、イメージした画像を用いたり、

色々な工夫がされ、今にいたる。学校では自分に合う方法を見つけるように言われ

それぞれが試行錯誤し、落ち着くのが一般的だった。

「私はイメージした頭の中の絵を使うの。

私の絵に魔力が入って行く感じなのだけど、それで大丈夫なのかしら?

生活魔法はこれでできるようになったの」

「アリー、大丈夫だ。心配しないで。まずはいつものやり方で試すんだ。

うまくできなくても心配することはない。別のやり方を見つければ良いんだ」

シャアルにそう言われて、アリシアは少しホッとした。

まずはやってみないといけないという事だ。

アリシアは深呼吸して、ランプを見た。頭の中で結界のイメージを作る。

王宮のキラキラしたドームの形をした結界が思い浮かんだ。

あれをランプ用に小さくして……。

アリシアがサッとシャアルと同じ動作をした。


ボンッっとシャアルの30倍くらいの大きさの結界が現れていた。

アリシアは大きすぎたことにビックリし、とても恥ずかしくなった。

「……シャアル様……」

顔を真っ赤にし、涙目でシャアルを見る。


『……つがいの法則がなくても、愛らしすぎるだろう……これは……』


シャアルは、たまらず今日のご褒美を、今もらう事にした。

「アリー、おいで」

シャアルが腕を広げて、アリーを呼んだ。

アリーは考える間も無く、シャアルの腕の中に飛び込んだ。

学校を卒業したのに、何でこんなにヘタクソなんだろう……。

ニコラのいう通り、もっと真面目に魔法の授業を受ければよかった……。


シャアルはアリシアが素直に腕の中に飛び込んできた事に

驚きつつも喜んでいた。

「アリー、大丈夫。よくできているよ。君は結界が大きかったから

ショックだったんだろう?大丈夫。普通は1回目で結界は張れない」

ビックリして、アリシアは勢いよく顔をあげた。

「本当?!本当に?!……慰めてくださっているなら、

私、それは嬉しくないの……。シャアル様、本当のことを聞きたいわ」

「アリー、私は嘘はつかない。私を信じて。

結界はある程度、魔力を持ったものでないと1回での成功は難しいんだ」

「……私……わたし学校の魔法の授業を、このくらいできれば良いやって

やめてしまったの……ニコラに、魔力があるんだからやるようにって

強く勧められたのに……。その時は自分の身を自分で守るっていう

発想がなかったの。私、古文書が好きなこと以外、自信がなかったの。

ごめんなさい……。わたしが真面目に授業を受けていれば……」

シャアルは涙をこぼしたアリシアを抱きしめながら、優しくささやいた。

「アリー、良いんだよ。最初から全て完璧にできる者など

誰もいない。同じ間違いを繰り返さないように思うだけで

あとは何もしなくて良い。その気持ちがあれば、

どんなに少しずつでも人は成長できるのだよ」


シャアルはアリシアの涙を手で拭いながら、続けた。

「アリー、大丈夫。君はきっと色々なことが出来るようになる。

本当なら、全てを私がやってあげたいが

きっと君はそれを望まないだろう。

それなら、君の進む道を私が時々手伝おう。

だから心配はいらない。

心配ないよ、アリー。言っただろう?いつでも私が側にいると。

大丈夫、愛しているよ、アリー。君はきっと出来る」

その言葉に、さらにポロポロと涙をこぼすアリシアに

シャアルは、自分の気持ちを伝え続けた。最初の約束の通り……。


「アリー、大丈夫、私がいつも君の側にいる。

君は古文書を何度も何度も、丁寧に精査するね。

間違いがないだろうか、自分の解釈におかしなところはないだろうか。

それと同じで良いんだ。魔法も同じ。何度も精査するんだ。

それが君らしいやり方だと思うよ」


シャアルは優しく抱きしめ、アリシアに話し続けた。

彼女の心に、自信がつきますようにと願いながら……。

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