第19話 王子の心配

 シャアルはアリシアをいつも通り、屋敷に送り届けた後

ニコラの元に呼ばれていた。定例の報告はレティユ鳥と呼ばれる簡単な魔法で

おこなっている。手紙を鳥の形に変え、宛先へ飛ばす方法だ。

呼ばれるのはアリシアの護衛についてから、初めてのことだった。


「ニコラ殿下。私にお話があると伺ったのですが」

「ああ、デヴォン辺境伯。来てくれてありがとう。

ちょっと長くなるから座って」


ニコラはいつも通りに見えたが、今回は護衛のフィルが、ニコラが座った後ろに

待機している。シャアルは思い当たるウワサを頭の中ではじき出した。

「辺境伯、ちょっとお願いがあるんだ」

「はい、どのようなことでしょうか?」

「アリーに魔法を教えてほしいんだ」

予想しなかった願いに思わず表情が変わる。

「魔法ですか?彼女は確か、学校で魔法の授業を取っていましたね」

「そうだね、アリーは魔法の授業をとっていたよ。アリーはね、魔力は

平均以上に持っていたんだけど、興味がまるでなくてね。

最低限の事しかしていないんだ」


魔法に関して、なぜそうなったのか今となっては誰もわからないが、

魔力は獣族、人族に関係なく、誰もが持っている。

もちろん魔力の強い弱いは個人差があるのだが、

その法則に種族は関係なかった。


「デヴォン辺境伯、転移魔法も使えるあなたに、ぜひお願いしたいんだよ」

ニコラはサラッと言ったが、シャアルが転移魔法を使えることは、

公にされていない。王宮内でも何人かしか知らないことだ。

実はシャアルは、魔力が他のものより格段に高かった。

辺境伯でなければ、魔法省に勤めることになっていただろう。

彼は国境を守るため、騎士団を選んだのだ。

魔法頼りでは、自分より魔力の強いものに当たった時、

確実に勝てない。実力と魔力、両方が必要だった。


自分のことを何でも知っているニコラに苦笑いしながら

シャアルは答えた。

「殿下……、アリーに何か危険でも?」

「いや、まだだよ」

「まだ……と言う事は、先々想定されるのですね?」

「……君は、色々な情報を持っているよね。何か気になるものは?」

「……1つだけ」


ニコラは珍しくフーッと息を大きく吐いた。

シャアルはその様子から、事の重大さを感じ取る。


『やれやれ、やはりアリーとの事だけを楽しんでるだけでは

済まなそうか。しかたあるまい、アリーの安全のためだ……』


「殿下、この件に関しては陛下と、これに関わるであろう長官達に

伝えてあります。陛下からは何と?」

今度はニコラが苦笑いした。

「みんな、僕が学校を卒業したばかりだと言うことを

すっかり忘れていてね。父上も山のように仕事を回してくるんだ」

「殿下は、優秀であらせられますから」

「褒められてもあんまり嬉しくないよ、辺境伯」

ニコラはやっと笑った。

「父上は、事が起こっても被害が出ないように僕も知恵を出せって。

僕たちと君は同じ事を問題だと思っていると認識してるけど、念の為確認するね。

辺境伯、君が気になっている事とは?ああ。フィルは大丈夫。

彼は僕に張り付いていないといけないからね。事情を知る必要があるんだ」


シャアルは、少しの沈黙の後に答えた。

「……獣族の血のみ優れているという思想を持つ連中の集会」

それを聞いたフィルの眉がピクンと動いた。

「殿下、くだらない思想です。が、集会を開きだしたとなれば

ほっておく訳にはいきますまい。こういう思想はあっという間に

過激さを増します。常に連中が何を考えているかを把握しなければなりません」

「辺境伯、その通りだと僕も思うよ。取り急ぎ、内密に人族が自分自身を

守れるようにしたいんだ。幸い、自衛できない人族はそんなに多くない。

魔力が弱い者には、魔道具も持たせることにする。

まだ学校に行っていない子供や赤子については、

影で護衛をつけることになると思う。

ヤツらが、気がつかずに、そして巨大な組織にならないうちに、

やってしまいたいんだよ。組織のメンバーに漏れはないんだよね?」

「私が知る限りは……ただ黒幕がいては困りますから、

その件は陛下の影に引き継ぎました」

「アリーの練習は、アリーの屋敷でやってほしい。送っていく後にするのが

一番自然だと思うんだ」

「承知しました。フィル殿、すみませんがよろしくお願いします」

シャアルはフィルに頭を下げた。フィルは静かに

「デヴォン辺境伯、こちらこそ よろしくお願いします」


ニコラにしては珍しく、とても浮かない顔をしていた。

「皆が、幸せを感じるのは難しいね。幸せになりたいなら、

自分と他者を認めなければいけないのに」

「殿下、その想いがあれば国は平穏でいられるでしょう。

本来、愛情深いのが我々種族の誇り。

自分の祖先に人族の血が入っている事を忘れるなど、愚か者のする事です」


ニコラとシャアルは考えられる限り、対策を相談した。


どうか、取り越し苦労で終わりますように。

ニコラは願うのだった。

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