第18話 大切な会話

 シャアルとアリシアは、ゆっくりと庭園の散策を楽しんだ。

家の庭にある花を見つけたり、新種について話したり

すっかり話に夢中になっていた。


アリシアは不思議と楽しかった。最初の緊張はもはや無く、

思いの外、話題が合うことに驚くくらいだ。

そんなアリシアを見つめるシャアルも、楽しそうに見えた。

シャアルの琥珀色の瞳を見て、

ふとその瞳が、どこかで見たことがあるような感じがした。


『どこで……?……いえ、以前お会いしたことはないはず……』


思い出せないでいるアリシアにシャアルが声をかけた。

「アリー? 大丈夫か?」

「あ、ごめんなさい、シャアル様。少し考え事をしてしまったから」

そんなアリシアに、シャアルは やはり優しく話すのだった。

「そう。そろそろ疲れたし、お腹も減ってきたね。お昼にしよう。

ピクニックもいいかと思ったのだけど、レストランにしようか。

ゆっくり座ってする食事も、たまにはいいだろう?」

シャアルは庭園の中にある一軒のレストランに連れて行った。

テラスがあり、食事ができるようになっている。

シャアルが、給仕に何か言うと、アリシア達はテラスの席に通された。


かしこまったテーブルクロスなどはなく、

どちらかと言うと可愛らしく気楽に食事できそうな店だ。

シェフのオススメを2人で堪能し、料理についての話も

ずいぶんと意見が合った。

食後の飲み物をゆっくり楽しめるだけの時間もある。

「シャアル様、とても美味しかった。特にお魚のグリルは

上にかかっていたグリーンのソースがとても合っていたわ」

「そう、良かった。私が食べたバァルシュのローストも

美味しかったよ。今度、ディナーも来てみよう」

「ありがとうございます」

アリシアはお茶の香りを楽しみながら、素直にお礼を言った。


食事を楽しんだ後は、公園の噴水に連れて行ってもらった。

アリシアは初めてのデートを満喫できて、とても嬉しかった。

シャアルに手を取られ、ベンチで噴水を眺めてくつろいでいた。

アリシアは自分の手が常にシャアルに優しく包まれているのに、

それに気がつかないほど楽しんでいた。


「アリー」

それは突然だった。シャアルの声が甘さを増し、

アリシアは、ん?!と目を見開いた。

「アリー、君の意見が聞きたいんだ」

「い……意見?」

かろうじて真っ赤にならずにすんだアリシアが答えた。

「そう、ご両親につがいについて尋ねてみてとお願いしたのを

覚えているかい?」

「あ……そうだわ、ごめんなさい。私、聞いてみたの。

お伝えするのを忘れてしまって……」

その答えを聞いて、シャアルは嬉しそうに

「ありがとう、アリー。ご両親は何ておっしゃっていた?」

「両親は番を見つけると、どうなるのか、心の中の状態も

話してくれたの。」

「そう。君はどう思った?」

「私はその経験ができないから、ちょっぴり残念に思ったの。

金の光が降ってきたら、綺麗だろうなあって。」


シャアルはその答えを聞くと、急に神妙な顔になった。

そして言葉を続けた。

「アリー……、私が約束しよう」

「約束?」

「君は確かに同じ経験をしないと思う。でも金の光の代わりに

私がたくさん言葉で伝えよう。私の気持ちを、たくさん たくさん……」

「シャアル様の気持ち……?」

「そう、私の気持ち。それがいつかアリーの心の中で

金の光のようになるように、心を込めて、そして願いながら伝えるよ」

シャアルは、優しくアリシアを見つめた。


『この瞳……。分かったわ……、お父様がお母様をみている時と同じ……』


今までアリシアには、シャアルに恋をされているという状況に

実感があるようで、なかった。どこか別の世界で起きたことのように

感じていたのだ。シャアルが、父が母に持つのと同じ愛情を

アリシアに向けてくれたのだと、この時初めて実感した。

まだ恋がどのようなものなのか分からないが、

自分をとても大切に想ってくれていると実感したのだ。

大切に想っていてくれるからこそ、急に心配になった。


「シャアル様、1つお聞きしたいことがあるの」

「何だい? 何でも答えるよ?」

「獣族の方は、早い時期にお互いの気持ちが分かるのでしょう?

わたし、早くにお返事するのは難しいと思うの。

今日、シャアル様とお話できて本当に楽しかった。

それはウソではないの。でも、もっと時間をかけないと

お答えできないのが急に……急に怖くなったの。

シャアル様の時間を、たくさんいただくのに……。

シャアル様は、とても我慢してくださっているのではないの?」


「アリー。」

シャアルの瞳は変わらなかった。

「確かに、私達は他の番とは違う方法を選んでいるんだろう。

でもね、アリー。私は、そこが良いんだ。私にしか出来ない事を

アリーにしてあげたいと想っている。何度でも約束するよ。

君の心に金の雪が降り積もっていくように、たくさん伝えよう。

どんなに時間がかかっても良いんだ。君が、君らしく判断してくれるまで

好きなだけ時間をかけると良い」

「シャアル様……。でもそれじゃあ、シャアル様が……」

「アリー、私はね、別に自分を犠牲にしている訳ではないよ。

私がそうしたくて、しているんだ。君を大切にしたい。

もちろん君の意志も大切にしたい。君の答えがどうであっても、

私は、君が君らしく考えてくれる事が1番の望みだよ」

「シャアル様……私……私、今想っている全てを、お伝えするわ。

シャアル様、私を大切にしてくださってありがとう」

「アリー、私の事まで気遣ってくれてありがとう。

今日は、それで充分だ。そう言ってもらえて、とても嬉しいよ」


シャアルは、そう優しくいうと、次はイタズラした子供のような顔になった。

初めて見る表情にアリーがビックリする。

「アリー、今日のご褒美をもらっても良いかい?」

「いっ……今?!」

「そう、今だ。どうだろう?何だかとても抱きしめたい気分だ」

ご褒美とはシャアルが暴発しないためのハグの約束だ。

アリシアは真っ赤になって

「シャアル様、わ……私、聞かれると、

とっ……とても恥ずかしくなってしまうから……

もし良かったら、シャアル様が思う時になさっていただきたいの……。

わがままかしら??」

「いや、わがままではない。ありがとう、アリー」

そういうとシャアルはソッとアリシアを抱きしめた。

シャアルの低い柔らかい声が、アリシアに響く。

「アリー、何度でも言うよ。愛している。君を大切に想っているよ。

いつでも思い出して。私は君のそばに必ずいる。愛している」


シャアルはアリシアに約束した通り

心を込めて、願いを込めてアリシアに伝え続けたのだった。

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