第16話 王子と兄

 シャアルとアリシアのウワサが駆け抜けた

週末明け、通常通りに始まった王宮で、

仕事も通常通り、何と言うこともなく

淡々と進んでいった。


今日の昼休憩はシャアルの自制心の評判が

うなぎ上りとなった。相変わらずアリシアの

手をとっていたようだが穏やかに食事をし、

主に会話する事に終始したようだった。

獣族としては異例中の異例だった。

たいていは想いを押さえて、話だけなど

考えられない。愛を囁く事に集中するのだから。


そんな日の終業後、ニコラとフィルは

久しぶりに友人として食事をする事にした。

ニコラが、めずらしく疲れたようにホッと

息を吐き出した。

「何だ、めずらしい。大丈夫か?」

フィルは少し眉をひそめた。

ニコラは少し言いよどんだ。滅多にない事だ。

それでもフィルは緊張するような空気は出さなかった。

ニコラの近衛長になると決まった日、

何があっても、ニコラと共に乗り切ると決心したのだ。

近衛は対象を守る事が任務になる。

ただその対象が王族ともなると、

政治的な背景も詳しく知る必要がある。

ニコラの背景を知るたびに、

王子がいかにプレッシャーを日常としているのか、思い知るフィルだった。

だからこそ、どんな時も平常心でいたかった。

まだ事が起こっていないのに緊張感なぞ出したら、ニコラが余計に疲れる。


「父上に呼ばれてね」

ニコラは苦笑いしながら、食前酒を飲んだ。

「……そうか。」

こういう時にフィルは余計な話はしない。

ニコラには、それがとてもラクだった。

立場上、話せることと、そうではない事がある。

フィルは、それを良く理解してくれていた。

「まだ詳しく話せないんだ。ごめんよ」

自分より年下なのにニコラは、

生まれながらに自分に課せられている責任から逃げた事がない。

フィルは自分ではニコラのようにできないと思っていた。


剣の授業が一緒であったのは、学生をまとめて授業するからだ。

未熟な者は優秀な者から学び、優秀な者は後輩を導く事で

自分の甘さを戒める。フィルはとても良い授業方だと思っていた。

そして、ニコラと仲良くなった。尊敬できる友達を得られたのだ。


「フィル、ごめんね。食事を楽しむことにしよう」

ニコラは空気を変えるように、ニッコリと笑った。

「そうだな。」

そう答えると、ニコラはホッとした顔をする。

フィルは、彼もまだアリシアと同じ16歳なのだと思い知るのだった。

「デヴォン辺境伯は、今日のお昼にとても評判をあげたらしいね」

にこやかに話すニコラに、今度はフィルが苦笑した。

「そうらしいな。……俺はつがいを見つけた事がないから

実感が薄いのかもな。その前から、父上まで自制心についてだけは、

絶賛しだした」

「前代未聞だからね」

ニコラは嬉しそうに笑った。アリーを大切に思ってくれる人に会えて良かった。

他の友人達と同じ想いがあるのだ。


「本当に何年も待てると思うか?」

「そのつもりではあると思うよ。ただ、そんな長期戦にはしないだろうとも思う」

「やっぱりそうか」

フィルはさらに苦い顔になった。

「フィル?そろそろ観念したら?アリーも大人にならなきゃ」

ニコラは優しく微笑んだ。

「分かってる。分かってるけど、俺は最後まであがきたいんだ」

ふくれたフィルにニコラは笑い出した。

「ホント、フィルは頑固だからねぇ」

「ほんの少し前まで、仕事に行かせるかどうかで悩んでいたはずだったのに。

今や、その悩みが可愛らしく思えるぞ」

「僕たちは、つがいに出会えるのかな。出会えるといいよね」

「そうなんだよな、出会えると良いなとは思うが……」

「……どうしたの?意見が変わってしまった?」

「いいや、そうではないんだ。出会いたいと思っている。

ただ……あれだけ豹変するところを間近で見るとな……。

ちょっと自分の時を思って、心配になる」

「そうか……そうだね。僕もさすがにビックリしたからなあ。

でも、きっと大丈夫だよ。先人と同じで、その時の話も幸せな時間になるんだよ」

ニコラは楽しそうに笑った。

フィルとニコラは楽しい食事をし、ニコラの気分転換に協力できたフィルは

嬉しくなった。と同時に、自分の為にも有意義な時間となった。



ニコラの願いはただ1つ。

皆、幸せになりますように。

それが王子の願いだった。

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