第9話 思いがけない事
その日、アリシアはいつも通り仕事に励んでいた。
古文書はアリシアにとって、小さな出来事でも大きな出来事でも、
好奇心や遠い過去に想いを馳せるための大切なものだ。
もちろん好奇心だけではいけないと思うが、自分が解読したものが
新たな発見につながれば良いなと思う。
失われてしまった言葉、書き方、生き物、物、魔法、
少しでも発見できますようにと願いながら、嬉々として取り組んでいた。
そんなアリシアの所に、ニコラがあらわれた。
「殿下!!」
「ニコラ……殿下?!」
皆でビックリしていると、ニコラがいつものように微笑む。
「やぁ、皆。あぁ、そんなに大げさにしないで。
すぐに戻らなければならないんだ」
手を上げ、皆の動きを止めるように促した。
「アリー、調子はどう?コナーも」
「皆さんのおかげで、私は何一つ不自由していないわ」
「私も、何も問題はありません」
2人とも答える。
「そうか、それは良かった。アリー、でも僕の聞いた所によると
君は昼も休憩も就業時間さえも忘れて没頭してしまうと聞いているよ?」
ニコラは、例のウィンクをしながらアリーを見る。
『ま、まずい……つい夢中になるから……』
「あ、あの、それについては、これから気をつけるわ。
そうね、皆さんの迷惑にならないなら、音の砂を机に置くとか……」
音の砂は魔道具の1つだ。何もない空中から、好きな色の砂が小皿へ落ちる。
予定時刻になると、自分で決めた好きな音が鳴るのだ
「そうだね、アリー。その方が良さそうだ」
ニコラが答えると、シャアルが眉をひそめる。
ニコラは面白そうにシャアルを見た。
「辺境伯?何か問題でも?」
シャアルは明らかに不機嫌になっていった。
それを見たコナー達はオロオロと心の中で叫び続ける。
『殿下……!!そこはふれないでいただきたかった……!!
このパターン、恐くなるヤツですよ!!あー、お願いです〜〜、
皆 平和な空気が好きなのです〜〜!!』
アリシアが、きょとんとしてシャアルを見る。
「シャアル様?」
そのとたん、この男にしては誰も見たことのない位の
とろける様な笑顔になった。
「はい、アリシア様」
と、エスコートのために手を取った。何せシャアル様と呼んでもらうのに
2週間もかかったのだ。
「シャアル様、私 甘えていたのですね。いつもお声がけいただいて
ハッと時間に気がつくなんて……」
シャアルが顔をしかめたアリシアを見たとたん、冷気が部屋を駆け抜けた。
ニコラ達が動けなくなるほど……。
『アリシア……そこはそうじゃないんだよ……!!」
『アリシア……仕事をするものとしては合っているけど……、
今は間違ってるうぅぅーー!!』
ニコラは面白そうにみんなを眺めていた。
「ニコラ殿下、お考えは最もですが私の楽しみを奪わないでください」
あんなに冷気を吹き抜かせたのに、
シャアルにしては、ちょっとした冗談の様に笑顔でニコラに申し出た。
「辺境伯……また直球で来たね。さすがの僕もビックリだよ」
「お分りいただけてありがたいことです、殿下。
どうか あわれな私に楽しみを残しておいてください」
「君……あわれには見えないけど……」
後ろでコナー達がコクコクと何度も頷いていた。
「そうだな、辺境伯……もう1つ提案があるんだけど、
では、君に頼もうかな。
アリーを休憩に長く連れ出して欲しいんだ。
規則時間を30分くらい長くして欲しい。
アリーの視力は落ちやすい。お茶休憩はコナーと交代でどう?
コナー、君は目に負担をかけない様に工夫していたから
今まで提案してなくて、ごめんね。皆もそれでいいかな?
他の人には不公平になる提案だから、規則通りの休憩時間の人には
2人が延長する休憩時間分の報酬をあげることにするよ。」
皆、色々な意味で大賛成だったらしい。話はすぐに決まった。
ニコラは仕事が詰まっていたらしく、すぐに部屋を出て行ってしまった。
コナー達は、ちょうど昼休憩になるところだったので
シャアルとアリシアを見送ると、口々に願いを叫び出す。
「辺境伯……楽しんでないで、早くアリシアに求婚してください!!
皆の平和の為に……」
「……別に仕事の間、威嚇されているわけじゃないんだよなぁ……。
でも時々吹き抜ける冷気が寒すぎて……!!僕たち、凍っちゃうよ……」
「アリシア、絶対分かっていないよな……」
「なあ、コナー。人族って恋に落ちるときはどうなるんだよ?」
「うーん、人によるんだよねぇ。突然に自覚したり、じわじわと実感したりさぁ。
自分の気持ちに気が付いた時には、すでに失恋してたりねぇ……」
「何だそれっ?!これってハッキリと分かるものは無いのかよ?!」
「う〜〜ん、そうなんだよね〜〜、これって決まりがなくてさ」
「いつ……いつ気がつくんだ、アリシアは……?!」
「アリシアは仕事に来ていると思っているからねぇ、
ちょっと変だな?くらいには思っているんじゃない??」
「ちょっと?!ちょっとなのかっ、あれ?!」
「人族の僕から見ても、ちょっとではなさそうだよねぇ……」
「アリシア、頼む!!早く気が付いてくれっっ……!!」
同僚4人は、強く願うのだった。
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