第10話 幸せな時間 《 主にシャアルにとって 》

 さっそく長めの休憩をとの事だったので、シャアルとアリシアは宮庭で

食事を取ることにした。シャアルが外で光にあたった方が

よりリフレッシュできると勧めたのだ。

食堂でサンドイッチや果物をカゴに入れてもらい、庭で食事をするものも多い。


『休憩は大切なのね。確かにお花を見ながらだと、くつろげるわ』

アリシアは、シャアルが真っ白な小花がたくさん咲いている所に

席を取ってくれた事を嬉しく思った。


「シャアル様、どうぞ……こちらは紅茶、サンドイッチはここに置きましょうか。

果物は後で出しましょう」

「アリシア様、ありがとう」

向かいに座ったシャアルはとびきりの笑顔だ。


『美しい瞳……やっと2人きりになれた……』

シャアルはそう思ったが、実は2人きりの時間は何度もある。

仕事場や、送り迎えの時間。ただそれは仕事であるため、

この男の中ではカウントされていないらしい。


「あぁ、美味しそう!紅茶もホッとするものですね、シャアル様」

アリシアは嬉しそうに話していた。

「お野菜のサンドイッチも美味しいけど、クークー鳥のサンドも美味しいし……。

シャアル様は、訓練もたくさんなさるから、

クークー鳥のサンドをたくさんお食べになります?」


『……今まで紳士たれと耐えたご褒美のようだな……。

そうだな、我ながら良く耐えた……』

自画自賛してシャアルはフッと笑った。

そして先日、レモンドに言われた忠告を思い出す。

『1度、口にしてしまえば、自分を止められないかもしれん……』

そう思った時には、シャアルはもう自分を解放する事を決断していた。

『チャンスは、すぐにものにせねばな……』


「アリシア様……、シャアルと呼んで下さい。私の願いは難しい事ですか……?」

そう言って、アリシアがサンドイッチを置いた手を両手で包みこんだ。


『……?……ん?!あれっ?!お食事なさりたくないのかしら……??』


アリシアは学生の頃から、恋の話にうとかった。

ニコラに笑われると、いつもふくれて言い返すのだ。

「だって好きなんだろうなとは思うけど、それが友人としてなのか

異性としてかなんて分からないじゃない」

人族の、かなり恋に鈍感なタイプの典型だ。

ただ今までは、シャアルにとって それが功を奏した事もある。

どんな場面であろうとエスコートできた。

アリシアが、そんなものかしらと小首を傾げる程度だからだ。


「だ……だって、シャアル様は年上でいらっしゃるし、

私の事も皆と同じ様に呼び捨てで構わないのに、丁寧に呼んでくださるし……。

私だけそんな呼び方なんて、できないんですもの」

シャアルはアリシアの指を、優しく優しく撫でながら、

琥珀色の瞳にスッと別の熱をこめた。

「なるほど……、あなたのおっしゃることも一理ある。

では……別のお願いを聞いていただいても……?」

「別のお願い?」

「そう……、もしよろしければ、私もアリーとお呼びしても……?」

「え……えぇ、もちろん。シャアル様がお望みなら。

私もその方が、シャアル様と仲良くなれた気がしますし……?」

「ああ……とても嬉しいです、アリー……」

相変わらずアリシアの手はシャアルの両手に包まれていた。


『う〜〜んと……??』

ぽかんとしたアリシアを横目に、シャアルは手を取ったまま

アリシアの席の隣に移動した。

そしてアリシアの手を、足を組んだ自分の膝の上に置いて

愛でることにしたらしい。


『シャアル様は手がお好きなのかしら……??』


「あ……あの、シャアル様?せっかくですので、お食事をしましょう?」

「えぇ、そうですね、アリー。ただ……1つ問題が……」

「問題?」

「私は、あなたの手を離したくないのです」

シャアルは、まっすぐにアリシアを見つめた。


『……?……?……んっ?!』

混乱したアリシアは、自分が何を言われたのか理解できなかった。

そして、なぜか慌てている自分に気がつく。

「えっっと……うん……と、シャアル様……?」

「アリー、あなたは私に手を取られるのは嫌ですか……?」

そう言われて、アリシアは考えた。エスコートだと思っていたので、

少し気恥ずかしい想いはあるものの、そう言えば嫌だと思った事はない。

「いえ…いいえ、嫌だと思った思った事はありません。

でも少し恥ずかしいのです……家族かニコラ以外に

エスコートしてもらった事がないので…」

「良かった……。ではもう少し、こうしていても?ああ、そうだ

サンドイッチは食べさせてあげましょうか?私にも食べさせてください。」

シャアルは、急にアリシアの耳元に口を寄せて話だした。

低い落ち着いた声が、まるで吐息のようにアリシアの耳をくすぐる。

アリシアは自分で自覚する前に、とつぜん鼓動が激しくなった。

ニコラや友達に笑われた鈍さのアリシアも、ついに次の階段を踏みしめた。


そして……、パニックになった。


『……これって……!!いや、待って……私の勘違いなら恥ずかしいわ……!!

でもっ……どうやって確かめるのっ……?!』

アリシアは、ボンッと音を立てそうなくらい真っ赤になり、

どうして良いか分からなくなった。

『ど……どうしよう!!ニコラ達にいろいろ聞いておくんだった……!!

うーんと、うーんと……ダメッ……ドキドキして何も考えられない……!!』


「アリー……やっと気が付いてくれたのかな……?」

シャアルは、この男とは思えないほど甘い声で問いかけた。

「そう、私はね……君に恋をしたんだよ。

……やっと 見つけた……私のつがい……」

アリシアの耳元で、そう囁くとシャアルはアリシアを横抱きに

自分の足の上に乗せてしまった。


『んんんっっっ??だっこ……??だっこされてるの、私……?!』


シャアルはアリシアの腰に手を添え、

もう片方の手でアリシアの手を柔らかくつつんだ。


『……あぁ……思った通りだ……もう、誰にも私を止められない……』


周りの部下や、アリシアの同僚が聞いたら、

ーーあれで押さえてたんですか?!

……そして、怖すぎて止められませんよ!!ーー

と総ツッコミされそうな事を、シャアルは真面目に考えていた。


「アリー、ゆっくりとお互いのことを知る事が大切だと思いませんか?

私は、あなた以外はもう見えない。あなたにも私の事を考えて欲しいのです」

シャアルは、囁くように話を続けた。

「ですから、お願いが……。ご両親に番つがいを見つけた時のことを

尋ねてみて下さい。そして、その事について どう思ったのか

私に聞かせて欲しいのです」


『……お顔が……お顔が…近い!近いぃぃぃ……!!』

アリシアは真っ赤になったまま身動きひとつ出来ず、固まったままだ。

『番つがいの話……?……よく友達が話していたっけ……

私は違うんだろうと、真面目に聞いてなかった……

あっーー、聞いておくんだった!!どうしよう?!

心臓が壊れちゃうのかな?!ドキドキいってるよぉ……!!』


「アリー?願いを叶えてくれますか?」

「えっ?!は、はい……。聞いて……みます……」

とてもとても小さな声で、アリシアは答えた。

無理だ、ハキハキとなんて答えられない。ドキドキして倒れるかもっ……

って、ダメよ!!まだ午後の仕事が残ってる……!!

「あっ、あのっ、シャアル様……この先の芝生で

休憩なさっている方もいらっしゃるそうですし、

あのっ、あのっっっ、この状態をみられるのはシャアル様の為にも

よくない気が……」

やっと振り絞って言うアリシアに、シャアルは目を細めた。

琥珀色の瞳にとらわれて、なぜか寒くなる。


『あれ?!不機嫌……??ん……?でも見られたら恥ずかしいし

困る……よね……??』


「アリー?あなたは、私から離れたいと……?」

「い……いえっ、そう言う意味ではなく

王宮内で仕事の合間の休憩中ですし……シャアル様のお立場もありますし……」

しどろもどろになりながら、アリーはパニックになっていた。

「ああ、その事ですか。大丈夫。皆、私を噂するほど

無謀ではありませんよ。あなたが離れたいと言うのでなければ

何の問題もありません」


『……いやっ……大丈夫じゃない気が……する……んだけど……』


「アリー」

耳に柔らかく自分の名が響いたかと思うと、

アリシアは更にシャアルに抱き寄せられた。

シャアルは長身で細身に見えても、やはり騎士だ。

アリシアをすっぽり包みこむ その腕や胸にはしっかりとした筋肉がある。

『うひーーっ!!今、私 うひーーって思ったっ?!

うひーーって何?!どっっっ、どうしよう…… ?!』

更に赤くなったアリシアは、うなじから湯気が上るのではと思うくらい真っ赤だ。


シャアルはアリシアの髪を優しく手ですきだした。

「あぁ……、あなたにずっと触れたかったのです。

この美しい髪も、毎晩 私がといて差し上げたい」


『うーんと、それは自分で出来る……ってーー!!そうじゃなくてっ!!

なに?!なに?!クリームをいっぱい食べた時みたい!!

甘い?!甘いの?何も食べてないのに甘いの?!?!』


「アリー、今度は仕事ではない日もお会いしたい。

もちろん父上に許可はいただきますよ。いかがでしょう……?」

「シャ……シャアル様……はい、父が良いと言うなら……」

シャアルは満足そうに頷いた。

「あぁ、離したくありません。でも午後の仕事がありますね。

さぁ、昼食をいただきましょう」


アリシアが固まっているのを良い事に、

シャアルは、まんまと食べさせあいっこまで実現させた。


何もしていないはずのアリシアはドッと疲労して

午後の仕事に向かう事になった。


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