第6話 王子の手腕
「さて、皆 アリーの仕事のことなんだけどね」
ニコラは自分の案を話し始める。
「古文書の部署に行って欲しいと思ってるんだ」
ニコラがそう言うとヌヴェル家の男達は、やはりかという顔をした。
「アリーが皆と僕のところに来たということは、
心配で反対している家族と平行線であるという事だね?」
「その通りです、殿下。母親は応援していますが、我らは心配がぬぐえません」
カルロスは端的に答えた。
「そうだね、その気持ちも分かるよ」
同意したニコラにビックリしたアリシアはつい大きな声で呼びかけてしまった。
「ニコラ……!!」
ここに居るのは家族だけではないのに、思わず敬称をつけ忘れてしまった。
「気にしなくていいよ、アリー。
個人的な時間にまで、僕は君から殿下と呼ばれたくない。
アリー、僕は確かに君の味方だし、君の望みを叶えてあげたい。
でも心配する家族の気持ちを切り捨てることはできないよ。」
しゅんとするアリシアに、ニコラは話し続けた。
「そこでね、考えたんだ。アリーの古文書の解読力は、
国のために ぜひ役立てて欲しい。幸い君も働きたいと言ってくれている。
問題は、君の特徴を獣族の皆に分かってもらい、
お互いに不快な思いをする事なく付き合っていく事だ。
でも、それには時間がかかる。そこでだ」
ニコラは微笑みながらアリシアに告げた。
「デヴォン辺境伯にアリーの護衛についてもらおうと思うんだ」
「……護衛?」
「そう、君の特徴が皆に伝わるまで」
ニコラの話を聞いていたフィルは思わず口を挟んだ。
「デヴォン辺境伯は騎士団の仕事もお持ちだ。
アリーから目を離さないなど不可能では?」
「フィル、僕はそう思っていないんだよ。
特にさっきの辺境伯を見てそう確信したんだ。
彼は命に変えてでもアリーを守ると思うよ」
ニコラの答えを聞いたフィルとグラントはウッと詰まった。
心当たりがある……。もし自分が感じた彼の様子の見立てが正しければ、
確かにシャアルは、アリシアの事を自分の全てを捧げて守るだろう。
アリシアはニコラと兄の会話を聞いて、とても慌てていた。
『……私、何か間違っていたのかしら……?』
なぜこんな大事になっているのだろう?
古文書の部署は出歩くことは少ないはずだ。
新米で入るのに最初から出張など考えにくい。
「あ…あの、私…お仕事をすると皆に迷惑をかけるのですか?」
「そうではないよ、アリー。一時的な対策だ。」
すかさずニコラは答えた。
「僕はね、アリーが もし自分だったらって考えたんだ。
種族の為にやりたい事が出来ないって、どうなんだろう?って。
ヌヴェル伯爵、どう思う?」
昨夜、シャアルに問いかけた内容を、今度はカルロスに問いかけた。
カルロスはグッと詰まった。リリアーナに同じ事を聞かれていたからだ。
しばし顔を下に向けていたが、やおら向き直りニコラに答えた。
「……殿下。アリシアを大切に思ってくださっていて本当に感謝申し上げます。
アリシアを王宮で使っていただける事、誠に光栄です。
ですが、護衛をデヴォン辺境伯にお願いする事は心苦しく、
その任務は我ら家族で行いたく思うのですが、いかがでしょう?」
カルロスが頭を下げた。
そこへ、シャアルの低く柔らかな声が入る。
「ヌヴェル伯爵、どうかお気遣いなく。
私は殿下につつしんで拝命致す事、お伝えしておりますし、
私の他の仕事は心配いりません。
ご家族皆様に、アリシア様を命をとして守ると誓いましょう」
やたら清々しいシャアルに、フィルとグラントはゲンナリとしていた。
……ツッコミどころが……山ほどある……。
ニコラはしばらく考えたが、意見は変えなかった。
「伯爵、僕もね、その提案は考えはしたんだけど、やはり無理なんだ」
「なにゆえですか?」
「アリーには地上の資料庫にも行ってほしいからだよ」
『森の資料庫……!!』
アリシアは、その言葉に色めき立った。
全ての悩みが吹き飛んでしまうほど、そこは魅力的な場所だったのだ。
『森の資料庫……!!まだ誰も解読したことのない文献がたくさんあると聞くわ。
そこに行けるかもしれないの……?』
「ね、辺境伯じゃないと困るだろう?」
ニコラはウィンクしてみせる。嫌味にならず、雰囲気も軽くできる
彼のとっておきのワザだ。
「……承知しました。全てニコラ殿下にお任せいたします」
カルロスは観念して騎士の礼をとった。
フィルは天井を見上げ、グラントは口を開けたままだ。
こうしてニコラは簡単に事を収めてしまった。
そしてアリシアは仕事を任される事になったのだ。
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