第5話  運命

 ニコラと話した次の日、

シャアルは可能な限り騎士の仕事を部下に振り分け

自身の身動きが取りやすくなるようにした後、

少し早めにニコラが謁見する部屋に向かった。

ニコラは自分を辺境伯と呼んだが、

王宮では騎士団の仕事の方が多い時期だった。


「ニコラ殿下、少し早いですがよろしいですか?」

ニコラも早めに部屋にいた。

「もちろんだよ。引き受けてくれてありがとう、デヴォン辺境伯」

「いえ、とんでもありません。つつしんで拝命いたします。」


ニコラとシャアルが話している時、アリシアは、もう王宮に着いていた。

お気に入りのエレベーターに乗れたアリシアだが、

あまり気分は晴れやかにならなかった。

父は沈んだ顔をしているし、兄達は遠い目をしている状態だった。


家族で話し合った後、アリシアは何度も自分に問いかけた。

『……私は家族にこんなにも愛されているのに、

反対を押し切って良かったのかしら……。

私の望みは、そんなに良くない事なのかしら……?』

どんなに考えても、答えは見つからない。

でも自分の希望を心に押し留めることはできなかった。


救いだったのは母が変わらずニコニコとしていた事。

子供達全員を自慢だと言った事だった。お母様は、一族の中で最も強いのだ。


マリーはその日、泣きはらしたアリシアの目に冷やしたタオルをあてて

快活にこう言い放った。

「アリシア様、どこをどう切り取っても幸せな事です。

ご家族に愛され、アリシア様は自立しようとなされている。

素晴らしい事でしょう?

だんな様と、お兄様達はしばらく ほっておいたらいいでしょう。

アリシア様離れする良い機会です!」

マリーらしい、明るい未来のための助言だった。

多少不敬に当たるとも言えないでもないが、

そこを不問にされるのが、マリーの良さだ。


マリーは翌日の朝も元気にアリシアのもとにやって来て、

張り切って出かけるための準備を始めた。

「さあさあ、目の腫れも引きましたよ。もう大丈夫。

ニコラ様にお会いする準備をしましょうね。

とはいえ舞踏会ではないので、清楚な いつものアリシア様で充分ですよ」

そういって快活なマリーはアリシアに水色のドレスを着せる。

髪はハーフアップにして白い小花を散らし、

仲の良い友人に会う、ちょっとしたお出かけの姿にしてくれた。

マリーのおかげで少し気分も浮き立ったが、

王宮に着いたとたん、また気分が沈んでしまったのだ。


『いけないわ、自分で決めた事だもの…… !! 』

アリシアは大きく息を吸い、気持ちを奮い立たせた。


ニコラとシャアルが辺境や国境付近の状況について、たあいもない話をしていると

騎士がアリシア達の来訪を告げた。


ニコラが柔らかな、そしておおらかな笑顔になり

「どうぞ、ヌヴェル伯爵。仕事ではないのだから楽にしてほしい。

フィル、午後から非番なのにごめんよ

グラントはレモンドに話を通してあるから大丈夫だよ」

各々がニコラに挨拶し、礼を述べていった。特にグラントは熱心に……。

彼の本日の書類は上司であるレモンドに

ニコラが話してくれたおかげで、いつもの半分で済むのだ。


「さて、アリー。良く来てくれたね。何だか久しぶりな気がするよ。

会えて とても嬉しい」

ニコラはそっとアリシアをハグした。そしてシャアルを振り返り

「皆、紹介しよう。シャアル・ジュブワ・デヴォン辺境伯だ。

ヌヴェル伯爵は、ご存知かな。二人とも騎士団の仕事もあるものね。

デヴォン辺境伯、カルロス・アルタン・ヌヴェル伯爵だよ。

隣にいるのが僕の護衛をしてくれるフィル、

その隣がレモンド・ジャン・アモール副宰相にしごかれているグラント。

そしてこの子がアリシア。皆、僕の大切な友人なんだ」


ニコラは、ふと話をやめた。


「デヴォン辺境伯……?」

ニコラは少し戸惑った表情を見せたが、

この異様な状況の中、すぐに笑顔になった。


シャアルは少し目を見張り、立ち尽くしていた。

ニコラに話しかけられているのは分かっていたが、言葉が出てこない。

その視線は、まっすぐにアリシアに向けられている。

シャアル眼前には、自分には起きるとは思えなかった光景が広がっていた。

アリシアの周りに細やかな金色の粉が舞っていた。


『……あぁ……私にもついに訪れたのだ……』


その脇で、ニコラの口の端が誰にも分からない位、フッとささやかに上がった。

『僕のカンは、やっぱり中々のものだよね』



その様子を見ていたヌヴェル家の男達は、何が起きたのか悟っていた。

フィルが心の中で毒づき、グラントはニコラに叫びたい気分だ。

『ニコラ…お前、まさか……こうなることを分かって?

……いやっ…そんなはずは……でも、う〜ん……ふざけんな!!……』


カルロスは寂しそうな笑顔で眺めていた。何も言葉が出てこない。

まさか、こんなに早く虫がつくなんて……!!


シャアルはハッと我に返った。

兄弟達よりも年長である彼は、何とか常識的な態度へと戻る。

獣族の本能から考えれば、理性を無理やり全力でひねり出すようなものだった。

「失礼しました、ニコラ殿下、ヌヴェル家の皆様。

ご無沙汰しております、ヌヴェル伯爵」

傷心のカルロスと握手をし、フィル、グラントとも挨拶を交わす。

そしてニコラの隣にいるアリシアのもとに行くと跪ひざまずき、

まるで羽をさわるかのように優しくアリシアの手をとった。

琥珀色の瞳でアリシアを見つめ

「アリシア様、初めまして。どうかシャアルとお呼びください」


フィルが絶句した。

『……!! 名前で呼べだと……?』


グラントは覚悟を決めた。

『これって……そうだよな〜〜、たぶん……。ちょっと待て……?

辺境伯って確かフクロウ属……、猛禽類じゃねーか!!

……ニコラ、お前 何考えてんだよ……』


部屋の男達の色々な表情を見て、きょとんとしていたアリシアは

突然手をとられて驚いていた。

『ーーんっ? あれっ? 私、お仕事の話をしに来たんだよね?』

混乱してニコラを見る。なぜ辺境伯がいるのだろう?

ニコラはいつも通り、柔らかく微笑んでいる。

アリシアはシャアルに視線を戻し、あわてて挨拶をした。

「あ、あの、デヴォン辺境伯、お初にお目にかかります。アリシアと申します。

どうぞお見知りおきを」

少し膝を折り挨拶したのに、手はまだそえられていた。


「デヴォン辺境伯……??」


琥珀色の瞳も、アリシアをとらえて離さなかった。

「どうぞ、シャアルと……。この後、ニコラ殿下より ご提案がございます。

どうぞ私をお側においていただけますよう……」

「あ、あの……?」


『私の覚えたマナーって間違っていたのかしら?!

初対面の方とは距離を保ってって……習った気が……?』


アリシアはさっきの沈んでいた気持ちが吹き飛んでしまうほど混乱していた。

家族はアリシアが傷ついたり、変なコンプレックスを持たぬように

獣族と人族の違いを詳しく教えていなかった。

フィルとグラントは思い当たったのに、

アリシアには思いつかないのは当然だったのだ。


ニコラは、さすがにあっけに取られたように呟いた。

「う〜ん、直近で見るとスゴイな……」


シャアルは周囲を気にすることなくアリシアの手を取り続け、

ソファの前まで移動した。

「ニコラ殿下、

リラックスするためにも座って相談するというのはいかがでしょう?」

静かな笑みをたたえ、シャアルはニコラにお伺いをたてた。

「そうだね、皆 座ろうか」

ニコラが席に着くと、皆 年長者より席についていく。

「アリー、この紅茶は新茶なんだよ。

お昼前だけど少しつまめる小さなお菓子もあるよ。ほら、食べて」


ニコラは、まず空気を和らげる事を選んだ。

アリシアは勧められるままに紅茶とお菓子に手を伸ばし、

「美味しい〜〜」

アリシアが満面の笑みになったとたん、部屋の中の男達の表情も和らいだ。

アリシアを大切に思う面々には、効果がありすぎる良法だ。


「さて、皆 アリーの仕事のことなんだけどね」

和らいだ空気の中、ニコラは早速 話を切り出すのだった。

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