夢みるはらわた

早良香月

夢みるはらわた

 夢を見た。


 僕はベッドに横になっていて、僕のペニスがヴァギナに挿入されていた。女は僕のペニスを軸にしながら、ときに前後に、ときにピストン運動を交えながら、声にならない声を上げていた。女は僕を見ていなかった。僕はここがどこのベッドなのかも分からなかったが、セックスをしているということだけは理解した。女は快感に顔を歪め、時折僕が腰を突き上げるとビクビクと体全体を震わせてよがった。だが、僕は不思議と、ペニスに与えられるはずの刺激を感じることができなかったし、空洞の肉の筒に、自分のものではない肉の棒切れを出し入れしているような感覚だった。そうこうしているうちに、女が、いく、いく、と言うので、いっていいよ、と僕は言った。

 その瞬間、女のクリトリスから、ぴゅっ、と、血が飛んだ。指やペニスによる激しい摩擦で子宮口から出血するというのは聞いたことがあるが、クリトリスから出血するというのは聞いたことがない。女は腰を動かすのをやめない。クリトリスからの出血は言うに及ばず、陰毛が生えているところがヴァギナを中心に裂け始めている。僕は焦って、ちょっと待って、痛くないのと聞いても、女は意に介さずとうに自壊しかけているヴァギナに僕のペニスを入れたままにしておきたくて必死なようだった。ヴァギナを中心とした裂傷は体を段々と上っていき、腹部に到達した瞬間、毛細血管がまとわりついている赤々とした臓物――それは大腸か小腸だろう――がびくびくと脈打ち、僕の腹の上にぼろんと落ちてきた。僕はその臓物を触って、不思議なほど冷たい、まるで死人のように、と思った。女の動きは、顔が真っ二つに裂け、顔の肉が全て見えるような状態になって、ようやく止まった。僕のペニスは、壊れてしまったヴァギナに挿入されたままだった。


 宮原悠人、二十四歳、大学生。大学を二留している。文芸サークルに所属。サークルで読書会をやったり発表をしたり、そこそこ熱心にサークル活動をしていたら、二回も留年していた。酒は飲まない。タバコは一日二箱吸う。大学によくいる「変な人」のステレオタイプになってしまったことについては、とくに異論はない。恋人は一度だけいたことがあるが、性格が合わず、すぐに別れてしまった。僕は、もっとうまくやれたのだろうか。二留していなければ。もっと顔立ちが整っていたら。もっと僕が優しければ……。後悔は尽きない。その後悔をバネにして新しい出会いを探すほどの胆力があれば、今頃こうなってはいないだろう。そもそも、「もっと~だったら」という仮定をしている時点で、彼女のことを本当に愛してなどいなかったのだ。彼女のことを愛していれば、別れても「自分はこれだけやった」と言えるはずなのだ。ほとほと自分の自信のなさと他人への無関心さに嫌気が差す。愛することが、愛されることが、いつまで経っても分からない。一生分からない人だっているだろう。まあ、それはそういうものだとして、自分はそういうことを一生分からない人間だとは思いたくはないのだ。

 授業が終わって、部室棟へ向かう。四月だと言うのに、コンクリート打ちっ放しのキャンパスは殺風景で、何やら寒々しい思いになる。そもそも、大学の六年目ともなると、何を目標にして大学生活を送ればいいのか分からない。就職活動のことは全く分からず、色恋沙汰もさっぱりと来れば、味のしないガムのような日常を「卒業」というとりあえずの目標に向けてただ浪費していくよりなかった。抜けるように青い空を桜が彩る四月のキャンパスが、自分への皮肉にしか思えなくなって、一層暗い気分になる。

 僕が所属している文芸サークルの部室棟は、細かく番号ごとに部屋が分かれていて、カプセルホテルのようだ。大人数はとても入りきらないが、四、五人だったらちょうどいい。奥にはソファがあって、授業をサボって寝るときはいつもこのソファだった。第一、僕が留年したのはこのソファのせいみたいなところがある。一限に間に合わず二限まで寝ようと思っていたら日が暮れていた、なんてことはザラだ。このソファで寝ると、心地いい夢を見ることができる。夢。眠るときに見る夢とは、なんだろうか。無意識の表象か、あるいは欲望の可視化か。僕は、夢で見たことを、はっきりと思い出せない。夢の中にいる自分は、夢の外にいる自分に見られているような気がして、「中」と「外」の自分の境界線があいまいになったまま目が覚める。もちろん、断片的なことを覚えていないわけではない。昔の恋人が出てきたとか、バイト先で何かしたとか、そういうことは覚えているけれども、ディテールを思い出すことはどうしても難しいのだ。いつか見た夢の内容を、思い出せない。何か、僕にとってとても重要なことだった気がするのだ。それも、予感と示唆に満ちた。

 部室棟のソファに寝転がりながら手持ち無沙汰にスマートフォンを弄っていると、誰かがドアをノックした。どうぞ、と僕が声を発する間もなく入ってきたのは、大学の同期の大村と森山だった。大村はもう春だというのにボロ雑巾のような革ジャンを羽織っているのとは対照的に、森山はシンプルながらスマートなテーラードジャケットを着こなしていた。大村は何も言わず下のコンビニで買ってきたペヤングに部室のポットで湯を注ぎ、コーラを飲み干すとでかいげっぷを一発お見舞いした。森山は喫煙禁止の部室棟でお構いなしにタバコに火をつけた。二回留年した結果この二人しか周りに残らなかったのだが、僕は彼らの傍若無人さにどこか憧れているところがあった。取り立てて目立つような存在でもなかったが、彼ら二人の振る舞いを見ていると、まあこれでもいいのかな、という気分になってしまったのは事実だ。

 出来上がったペヤングを啜りながら、大村が聞いてきた。

「お前、春の新歓発表やるのか。ブルトンかブランショでやるみたいなこと言ってたけど」

「ん、ああ、まだ考え中だよ。論旨も練れてないしな。ブルトンの初期作品を扱うならフロイトを勉強しないといけないだろ、ブランショはバタイユ、デリダ、ナンシーと広すぎてどれから手をつければいいのか分からん。森山は?」

「ジャック・ランシエール。『イメージの運命』でやる」

 卒業さえ危ういこの三人は、このサークルの発表だけは比較的真剣に取り組んでいた。大村はセリーヌを扱うという。結局、このサークルが、この三人の、最終防衛線となっていたのだ。関係性の。友情の。大学生としての。あるいはその全て。「新入生歓迎発表会」とは名ばかりで、僕たちは自分のためにしかアウトプットをしていなかった。本来、アウトプットとは、そういうものだ。


 夢を見た。


 僕と女はテレビが一つしかない部屋で、身を寄せ合って古いアメリカ映画を観ていた。エルンスト・ルビッチの『ニノチカ』だったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。ロマンティックなムードの中、映画の中の二人はキスをした。そのとき、淡い期待を込めて僕は女の方を見た。女はこちらを見つめていた。僕は、何の躊躇いもなく、女にキスをした。僕は劣情を抑えきれなくなり、女を床の上に押し倒して、着ていた服を全て脱がせた(もちろん、パンティも)。女のヴァギナは期待で濡れて光っていた。僕のペニスはもう我慢ならないと言わんばかりにいきり立ち、今すぐにでも挿入(インサート)しなければ弾け飛んでしまいそうなほど膨張していた。僕は何も言わず女のヴァギナにペニスを挿入した。女は身を仰け反らせて快感に打ち震えていた。僕が子宮口にペニスを押し当てると、女は絶叫しながら痙攣していた。しかし、僕は、空洞の肉の筒に、中身の詰まっていない肉の棒切れを出し入れしているような感覚にしかならなかった。

 女は、胸を揉んでくれと懇願した。僕が女の乳房に手をあてがい、力を込めて握ると、乳房は乳腺の白い分泌物と黄色い脂肪と血液に瞬時に分解され、辺り一面にかつて乳房だったものが飛び散った。もう片方の乳房を握ると、まるで水風船が弾けるように乳房の中身が飛散した。結合部に目をやると、クリトリスから激しく出血していた。いや、クリトリスだけではない。裂傷は腹部にまで到達せんばかりの勢いで激しく裂け、ヴァギナは愛液と血液とその他の分泌物で腐った味噌汁のようになっていた。裂け目はついに腹部に到達し、女の臓物が明らかになった。大腸、小腸、肝臓、膵臓、胃、全ての臓物が、まさに今生きている人間のものだと証明するかのようにつややかで、綺麗な色をしていた。僕はそれでもピストン運動をやめなかった。女ははらわたを床にぶち撒けながらよがり狂い、まさに絶頂を迎えんとしていたが、声は出なかった。喉がとうに裂けていたからである。僕が腐った味噌汁のようなヴァギナに射精したのは、女の顔が真っ二つに裂けてからの話だ。


 僕は新入生歓迎発表会の準備に追われていた。「死」をモチーフにして何か取り上げられる批評家はいないだろうか、ということで軸足をブランショに定め、そこにデリダを絡めることで面白いことが言えるのではないか、という期待があった。僕の家は風呂無し、簡単なキッチン(と呼べるかどうかすら怪しい)、ワンルームに冷蔵庫とベッドと机が置いてあるだけで、不思議なことにこれで特に不自由なく六年間生活できていた。発表資料や書き物に行き詰まると、裏路地を抜けてすぐ早稲田通りに突き当たるから、何の目的もなく通りを歩いた。夜遅くまでやっているラーメン屋や、ドラッグストア、名画座といった街並みの中に住んでいることが何とはなしに嬉しくなることがある。

 今日も発表資料で行き詰まり、暖かくなってきたこともあって今日はもう終わりにしてコンビニでコーラでも買ってふらふらしようと思い、外の空気を吸いにアパートを出た。

 ここ数日、妙な夢を見ている気がする。しかも、同じような夢を。最初見たときは思い出せなかったのだが、今はぼんやりと思い出せそうな気がする。女、が出てきたのは間違いない。でも、それ以上は、よく分からない。女の顔も、毎回同じはずなのに、思い出せないのだ。そもそも、夢ってなんだっけ……?定義とか、発生するメカニズムとか、そういう話ではなく。僕にとって、眠るときに見る夢って、そもそもどんなものだったのか、それさえも分からなくなってきていた。

 コーラを飲みながらコンビニ横の喫煙スタンドでわかばシガー(まずいが、これ以外も吸えない)を吸いながらそんなことを考えていると、学部一年生だったときに同じクラスの女子だった河本が友達とこちらに向かってくるのが見えた。ああ、そういえばあいつは心理学の大学院に行ったんだっけな、などと陳腐なノスタルジアとメランコリーに襲われる。河本の「心理学の資格を取る」というのも立派な夢だ。しかし、今僕が考えているのはそういう夢ではない。もっと深く、ぬかるんでいて、つかみどころのない、形もない、そういう夢のことを考えている……。

「宮原くん!」

「うわっ!河本か。こっちから見えてたよ」

「呼びかけたんだけど、反応がないから近くまで来てみたよ。また今度話そうね」

「うん、まあお元気で」

 河本の罪なところは、こういうところだ。良く言えば女性的な振る舞いに自覚的であり、悪く言えばあざとい。何だ、「また今度」って。その「今度」はいつ来るんだ。いや、これは河本に限った話ではない。女は、直接約束を断るようなことはしない。気のない相手からの誘いは、具体的な日取りを決めず「また今度」や「今週は無理」などといって男側の好意を弄ぶ。昔の恋人は、そうではなかったが。僕の「女」に対するステレオタイプが、何によって形作られてしまったのかは分からない。しかし、女性に対する鬱屈した感情をこじらせたままここまで来てしまったのは事実だし、別に僕が何か悪いことをしたわけではないと思う。憎い「女」の体が僕の目の前で溶けてなくなってしまえば。「女」の体がおのずと崩壊してくれたら。「女」の体が真っ二つに裂けてしまえば。「女」の体が、「女」の体が、「女」、「女」、「女」、「女」、……。

 タバコのフィルターが燃えているのに気づいて、我に返った。考えてみれば、色恋沙汰がここ数年なかったのだから、女性観が多少歪んでいるのは自覚している。だが、今の思考は、なんだ?自分でもさっきまで考えていたことが分からない。良くない思考だと思い、高田馬場まで歩いた。高田馬場まで来ると、エスパスや学生ローンのギラギラしたネオンが夜の街に冴えて、一層攻撃的に見える。ロータリーで一服する間、発表原稿のことを考える。ブランショの「死の代補」は、デリダの「かけがえのないこと――喪の作業」に何か接続ないしぶつけることができないだろうか、云々。色々と考えるが、ロータリーでタバコを吸っていても埒が明かない。散歩もできたし、良い気分転換になった(河本に会ったのは想定外だったが)。僕はコーラを飲みながら来た道を戻って帰った。


 僕と女は夜の海辺を歩いていた。手を繋いで、遠くにある水平線は闇に飲まれて見えなくなっていた。僕は沈黙が気まずくて、何か話題を探そうと必死になるが、どうしても見つからない。僕が女の方を見て何かを口にしようとするたびに、女は「どうしたの?」と言って悪戯っぽく微笑んだ。この人には敵わないな、と思うと同時に、だから僕はこの人のことを好きになったのだ、と確信した。

「宮原くん」

「何?」

「私のこと、好き?」

 何故こんなにも当たり前のことを聞かれて胸が苦しくなるのだろう。この人のことを大事にしたいとか、大切だとか、好きなんていう言葉じゃ言い表せないほどに好きだとか、そういう言葉を全部飲み込んで、言った。

「好きだよ。大好き」

「じゃあ、キスして」

 女の誘いに、僕は抗いようもなかった。夜の海辺で、僕は女にキスをした。甘く、柔らかい、女の子の唇だった。舌を絡ませ合って、脳髄が溶けそうなキスだった。女は、唇を離すと、しゃがんだ。ちょうど僕の腰の位置だった。僕は、彼女がすることが既に分かっていた。ベルトを外し、チャックを下ろすと、僕のパンツはペニスで立派なテントを張っていた。女は上目遣いで言った。

「舐めていい?」

 僕が許可を出すまでもなく、彼女はパンツを下げ、僕のペニスを咥えた。亀頭を執拗にねぶり上げ、ペニス全体をしゃぶる女は、先ほどまで一緒に手を繋いで海岸を歩いていた女の子と同一人物とは思えないほど淫猥な姿だった。喉奥までのストロークはどんどん激しくなり、唾液や舌が生き物のようにペニスに絡みついてくる。僕は、彼女の頭を掴み、思い切り喉奥にペニスを押し込んだ。

 ペニスが喉奥を捉えたと思った瞬間、メコッ、という鈍い音と共に彼女の後頭部をペニスが貫通した。断面からは頭蓋の一部と脊髄が見え、脳漿が滴っており、紛れもなく穿孔の痕だということが分かった。僕はフェラチオを中断し、女を立たせようとした。女は立てなかった。女の手を持って引っ張り上げると、着ていた可愛らしいチェック柄のワンピースの内側からどぼどぼと臓物が出てきた。ワンピースの内側にあった裂け目が彼女の顔に到達したとき、それはもはや彼女とは呼べない肉塊になっていた。僕は、夜の海辺を、雑に分断された彼女の半身と半身を引きずりながら、かつて彼女だったものの臓物を噛んだ。冷たくて、ゴムのようで、ぶよぶよしていて、血の味がした。


 新入生歓迎発表会の日になった。元より後輩との関わりが薄い僕だったので、どんな新入生が入ってくるかにさして興味はなかった。しかし、文芸サークルに留年して居座っているぐらいなので、(主に大村と森山のおかげだが)居心地はよく、その居心地の良さがこういうイベントにもそれなりの熱量を持って取り組ませたのだろう。ビラ配りも終え、会場設営に入った。

「大村、セリーヌの仕上がりはどうだ。『夜』をテーマにすると言っていたが」

「いやあ、まあまずまずといったところかな。宮原のテーマの方が難しそうだが」

「難航したけど、それなりに面白くなってるんじゃないかな。楽しみにしておいてくれ」

 森山は会話には入ってこず、ただ黙々と会議室に椅子を並べていた。森山は自分の発表する内容についてとやかく喋るタイプではない。大村も僕もそれは分かっていたので、あえて聞くことはしなかった。

 僕は、発表内容よりも、ここ最近見ている奇妙な夢がずっと心に引っかかっていた。この感覚に、一体どう説明をつければいいのだろう。「女」、知っているようで知らない「女」、どこか性的なイメージ。いや、性的なイメージよりももっと強烈で、人にはとても言えないような事態が夢の中で起こっていたような……。とにもかくにも、「女」が僕の夢に何度も登場してきていることは事実だ。肝心なのは、僕が「女」に何をしているのか、「女」とどうなるのか、それだけだ。いや、本当にそれだけか?僕は、「女」に何か酷いことをしているのではないか?殴ったり、蹴ったり。そんなの、当たり前じゃないか。「女」にはしかるべき制裁を加えるべきなんだ。僕を無碍にしてきた「女」たちへの復讐と制裁。それだけではまだ足りないかもしれない。口に拳を突っ込むぐらいはしてやってもいいかもしれない。そこから「女」の顔面が真っ二つに裂けたらどんなに面白いだろう。「女」。憎い「女」。穴と脂肪の袋でできた糞袋の「女」。ヴァギナにペニスを突っ込んでもらうのを待つだけの「女」。「女」。「おんな」。「オンナ」。「女」。「女」。「女」。

「宮原、お前発表のトリだったよな?」

「えっ、ああ、うん、トリで大丈夫だよ」

 大村の声でぎくり、となった。最近、夢のことや女性のことを考えると自分でも思考があらぬ方向へ進んでいってしまうのが分かる。いつからこうなってしまったのだろう。元から褒められた女性観を持っているわけではないが、あの奇妙な夢を見るようになってから何かがおかしい。まるで自分の思考が自分のものではないかのように、暴走して、自分でもそれを止める術が分からない。もしかしたら、これが僕のあの奇妙な夢の手がかりなのだろうか?何者かに思考を侵食されていっているようで、なんというか、気味の悪ささえ覚える。ロイコクロリディウム、という寄生虫がいる。カタツムリに寄生し、思考を乗っ取り、鳥の餌になるように仕向ける寄生虫だ。僕の頭は今、夢という寄生虫に蝕まれ、自分で自分の思考を制御できなくなってきている。このままでは、僕はいつか大変なことをしでかしてしまうのではないか。僕は、気を取り直して、このあとの発表に集中することにした。

 発表は、大村、森山、僕の順番でやることになった。会議室と言っても定員十五名程度で、そもそも文芸サークルに来るような新入生の人数なんてたかが知れている。入場の時間になると、ぽつぽつと新入生が入ってきた。僕らはお互いのレジュメを見せ合ったり、間違いがないか最終チェックをしたりしていたので、会場整理は後輩に任せていた。発表の時間になった。発表者である僕たちは一番後ろの席に座った。

大村の発表はセリーヌというテーマ選択に相応しく、また扱っているのが僕ら三人の中で一番文学的ということもあってか、非常にエモーショナルかつ作家への愛情が感じられるもので、用いるレトリックもセリーヌの錯乱した文体に忠実なので、いわゆる「文芸サークル」の発表としては満点のものだった。森山のランシエールは、常に冷静でクレバーな森山の性格がよく出ていて、難解で知られるランシエールのテクストをドゥルーズなどと比較し、ランシエールの独自性を極めて的確に剔抉していた。また、森山は映画の知識も豊富で、要所要所でプロジェクターを用いながら映像資料を見せて解説することでより発表の内容を分かりやすくしていた。大村も森山も、伊達に六年間大学にいるわけではない。それぞれが追究してきたテーマを発表し、いわゆる「キラキラした大学生活」ではなく自らの知的好奇心をより深めていきたいという新入生にはこれ以上ないほどの刺激になったことだろう。


そして、発表は僕の番になった。


夢を見た。


僕が十五人の前に立って、挨拶をする。「発表のトリを務めます、大学六年、宮原悠人と申します……」と言いながら、会議室全体を見回す。「女」が、いた。肩までで揃えた黒い髪、大きく珠のような眼、薄い唇、春色の可愛らしいチェックのワンピース、透き通るような白い肌、の「女」が、僕の発表を目を輝かせて待っている。僕は人前だというのにペニスが屹立するのを抑えることができなかった。「えー、僕、僕の発表はですね、後期ジャック・デリダとモーリス・ブランショの『書くことと死』を巡るポジとネガということで……」喋ってはみるものの、視線は「女」に、意識は下半身に集中してしまっている。レジュメを持つ手が震える。背筋には嫌な汗が伝う。なぜ。なぜ今「ここ」に?今すぐに「女」を会議室の外に連れ出して、トイレで行為に及びたい。後背位ならトイレでも無理はないだろう。そして、クリトリスから血が噴き出し、体が真っ二つに裂け、はらわたがまろび出し、絶頂のままお前は息絶えるのだ。そういう運命なのだ。喋っていることの脈絡がどんどんなくなっていく。加速する意識とは正反対に、出てくる言葉はたどたどしい。僕はもう、それどころではない。パンパンになった僕のペニスを「女」のヴァギナにねじ込み、セックスをして、而して「女」の体が真っ二つに裂けてしまえばいい。僕は、「女」は、胡乱になっていく意識を繋ぎとめるように喋る。夢の人、憎い人、夜の海辺の恋人、僕は、僕は……。


「ありがとうございました」

 十五人の会場に、拍手が響く。発表は、我ながらうまくいったと思う。後期デリダのテクストを『滞留』に絞ったのが論点が明確になった勝因だろう。僕は席に戻った。新入生たちの親睦を深めるという意味での意見交換の時間中、発表者である僕たちは休んでいた。

「宮原の発表、良かったなあ。デリダのブランショ読解の手つきがブランショに即したものじゃなくてデリダの理論のうちにあるという読みは正当性はともかく面白かったよ」

「俺はもっと文学に寄せてもよかったと思うけどな。哲学の方法論で文学のテクストを読むことがどれだけ正当性があるのかについて掘り下げてほしかった」

 大村と森山の反応を見るに、おおむね成功と言っていいのだろう。頑張って準備した甲斐があるというものだ。それに、大村と森山の発表も面白かった。三者三様に面白い発表ができたのなら、この小さいイベントをやった意義もあるというものだ。

 しかし、僕は一つのことが気にかかっていた。僕の斜め前に座っているあの女の子、肩まで揃えた黒い髪、珠のような大きな眼、薄い唇、春色の可愛らしいワンピースのあの女の子に、何故か既視感があった。まるで、夢の中で出会ったかのような。発表をしている最中、あの子を見ると、夢を見ているときのような気分になった。こう言うとファンタジックでロマンティックだが、もっと重たく、腹の底で渦を巻いていて、どす黒い何かが、頭をもたげるのを感じるのだ。僕の見ていた奇妙な夢は、あの子の夢だったのだろうか。あの子と仲良くなれば、僕の見ている夢がなんなのかが分かる気がした。

「宮原、あの子ばっかり見てるけど、どうした?まあ、確かに可愛いが」

「いや、なんというか、最近見る夢に出てくる女の子にそっくりなんだよな」

「お、三年間女の話がなかった宮原にもついに春が来るか。いいんじゃないか、俺ら上級生なんだし、ちょっとぐらいおイタしても」

「お前は言うことがいちいち下品なんだよ……」

 口ではそう言いつつ、内心はあの子と仲良くなりたいという気持ちがあった。もちろん、下心がなかったわけではない。しかし一番は、僕の夢が一体なんなのかを知りたいという気持ちが大きかった。あの「女」は、一体誰なのか。「女」に対する感情はなんなのか。会議室を解散した後、あわよくば名前を聞きたいし、その後の親睦会で話をして連絡先でも交換できればいいだろう。その程度の気持ちでいた。

 突然、「彼女」が、僕のところにやってきた。僕はぎょっとして彼女を見つめた。

「一年生の樋口風香と申します。先ほどの宮原さんの発表でお伺いしたいことがあるのですが」

 こちらから声をかけようと思っていたところだったので、嬉しいサプライズだった。質問自体は学部一年生らしい簡単なもので、口頭で簡単に説明した。レジュメに雑な図を書くと、彼女は腰を屈めて僕の側に寄った。女の子らしい匂いが、鼻孔をくすぐった。樋口さんというのか。僕はこの子と仲良くなれるかな。仲良くなったらどうしよう。いや、彼氏がいるかもしれない。彼氏とはどんなセックスをするんだろう。絶対に僕の方がペニスは大きいな。樋口さんの髪を鷲掴みにして喉の奥にペニスをぶち込んでやりたいな。ヴァギナはどんな形をしているんだろう。きっと綺麗なピンク色だろう。ヴァギナが黒ずむまで犯してやる。原形を留めないくらいに。ヴァギナから見える樋口さんの中はどうなっているんだろう。ひっくり返して見てみたい。樋口さんの乳房を、ヴァギナを、肛門を、内臓を、余すところなく味わい尽くしたい。樋口さん、樋口さん、樋口さん。

「なるほど!分かりました。ありがとうございます。宮原さんとこの後親睦会でもお話できたら嬉しいです」

「そうだね。僕からも樋口さんに話しかけに行くよ」

 僕はスマートに彼女からの質問に答え、上級生としての威厳を見せた。難しい質問が来なくてよかったと胸を撫でおろした。そろそろ会議室を借りられる時間にも限界が来ていたので、お開きとなった。僕は大村と森山を喫煙所に誘い、会議室を後にした。


夢を見た?


 僕はラブホテルの一室で、目の前に広がった光景を信じられずにいた。目の前の彼女は、ヴァギナを中心に、まるで中学生が雑誌の袋とじを雑に破り取るかのように、ぐちゃぐちゃに引き裂かれて横たわっていた。先ほどまで何をしていたのか、記憶にない。ただ、彼女の中身とでも言うべき赤黒い臓器が、ベッドに血液の染みを作って無造作に散らばっていた。僕は、雑に二等分された彼女の死体を、ただ抱きしめた。断面から滴る血液はまだ暖かく、僕はかつて乳房だった箇所の断面に口を当てて彼女の血液を飲んだ。鉄の味、人間の味。僕は次に、ヴァギナを舐めた。分泌物と血液が混ざって、浜辺に打ち上がったクラゲを舐めたらこんな味でこんな感触になるのだろうか、と思った。クリトリスは血液で破裂して原形を留めておらず、弾けたザクロの実のようになっていた。かつて彼女だったものが、部品としてバラバラになっている。僕は不思議とそれが愛おしかった。生きているものではなく、死んでしまったものの方が、生き生きとして見える。なぜなら、それは生きていたからだ。死ぬことによって、生きていた事実が明らかになるとは、なんとも皮肉な話だ。

 僕は、彼女の直腸をちぎり取って、そのぶよぶよとした感触を両手で感じた。冷たかった。死んでからそう時間が経っていないはず――「はず」というのは彼女が生きていたところを見ていないからだ――なのに、まるで最初からそういうオブジェか美術品であったかのように、冷たく、ただのゴムのようだった。僕はかつて彼女の肛門にあたる部分だったであろう穴を見つけた。ペニスを挿入した。まだ残っている腸液がぬるぬるとしていて、ひんやりとした感覚もあって、爬虫類を犯しているような感覚になった。直腸でペニスをしごき、しばらくしたら射精しそうだったので、僕は直腸からペニスを抜いてとうに器官としての役目を終えたヴァギナに射精した。まさかヴァギナも死んでから精液をかけられるとは思ってもみなかっただろう。僕は、真っ二つの彼女の体に寄り添って眠った。


 親睦会の会場は、いつも僕らの文芸サークルが使っている「どっこいしょ」という飲み屋だった。僕は酒が飲めないたちだが、ここのビールは安物で、水で薄めたような独特の味がするので「どっこいしょビール」などと言われて皮肉られていた。お情けのような御通しと、味の素をどばどばかけたようなお新香、何が入っているか分からない鍋など、とにかく安いだけが売りのような居酒屋だ。僕は大村と森山と一緒にいつもの席に座ってタバコを吸いながら飲み物を待っていた。

「あ、飲み物来たぞ。コーラは宮原だよな。ビールは俺と森山で飲もう。ここのビール、瓶じゃないととても飲めねえわ」

 こういった宴会の席で酒が飲めない自分の体質がややうらめしくもあるが、ここの店に限ってはまずい酒を啜らなくて済んだことに感謝した。僕はアルコールを一滴でも摂取すれば朦朧となってしまう体質で、小さいコップに半分だけ注がれたビールを飲んだら急性アルコール中毒で救急車を呼ぶ事態になって以来、酒は一口も飲んでいない。その分、タバコは人の倍吸う。わかばをよく吸っていたが、廃止されてからはわかばシガーである。周りの人々からは貧乏人だのルンペンタバコだの言われるが、体に合うタバコがこれしかないのだ。副流煙も土煙みたいな臭いで、嫌いな人は嫌いな臭いだろう。

 三つ下の幹事長の号令で、乾杯を交わす。座敷なので、皆が思い思いに乾杯をしたい相手に向かっていき、グラスをぶつけ合う。僕はタバコを持ちながらだったので、上手いこと移動ができなかったが、大村と森山、あと後輩数人と乾杯したあと、僕は樋口さんがこの場所に来ていないかが気にかかった。座敷の上をぞろぞろとひしめくサークル員たちの中に紛れて、果たして彼女はいた。まだ慣れていない酒を飲んで顔が上気し、先ほど会議室で僕に質問をしていたクレバーな樋口風香ではなく、大学一年生女子の樋口風香だった。樋口さん、僕のところに来てくれないだろうか。いや、来るのが義理じゃないだろうか。僕は君より五つも年上なんだぞ。さっき質問にも答えてあげたじゃないか。あ、来る。樋口さんがこちらに来る。ビール一杯程度で顔を赤くする樋口さんが距離を詰めてくる。大村か?森山か?いや違う、僕だ。僕はなんて答えればいいんだ?「夢で会ったような気がして……」いやいやいやいや、それはさすがにまずい。「興味ある専門は?」つまらないが、これが一番無難だろう。

「あの、発表されてた宮原さん、ですよね?すごく面白かったです。ブランショは聞いたことなかったけど、デリダは高校生のとき倫理で名前だけ覚えました。自分もこういう文学とか思想をやってみたくて、このサークルに入ったんですけど、どれから手を付ければいいか分からなくて」

「樋口さんでしょ?名前覚えてるよ。質問しに来てくれた子だよね。まず自分が哲学系か文学系か、どっちかを定めて方向性を決めるとやりやすくなるよ。一定以上のレベルになれば片方から片方へのアプローチもできるようになるしね」

 僕はもっともらしいことを樋口さんの前で喋りながら、樋口さんの手に持っているビールグラスを見ていた。そのグラスについた唇の痕は、樋口さんの唇だな。樋口さんの薄い唇がついたビールグラス。その唇を噛んだら、樋口さんの味が分かるのだろうか。手に持っていることによって残り少なくなっているビールの温度はどんどんぬるくなっていく。まるで小便のように。そのグラスの中身がビールでなくて君の小便だったらどんなに良いだろう。君の唇を食べて、君の小便を飲んで、君の味を知りたい。それだけじゃない。もっと知らなきゃいけない。その細い喉を掻き切って、食道を引きずり出して啜りこみたい。裂けるチーズみたいに君の体を真っ二つに引き裂いて、子宮にかぶりついてやるんだ。もちろん、ヴァギナも存分に味わうつもりだ。僕は樋口さんと楽しく談笑し、話題は文学や思想といったインテリじみたものから大学生活の相談などをされた。二留している人間に大学生活の相談などしても無意味なように思えるが、「留年」という言葉でさえも彼女にとっては大学生活を示す二文字に過ぎないようだ。ペニスを挿入したい。彼女のヴァギナにペニスを挿入したい。僕はコーラを飲みタバコを吸いながら話した。「今日の発表が面白いと思ったんだったら、哲学に軸足を置きつつ文学をやるのが僕はベストだと思うな。樋口さんもそっちの方が性に合ってるだろうし」「私、文学部なんですけど、哲学かフランス文学のどっちに行こうか迷ってて……」そういう人間は、たいていフランス文学を選んだ方がいいと相場は決まっている。哲学科でフランス文学はできないが、仏文科で哲学は(フランスのものに限れば)やろうと思えばできる。僕は彼女のヴァギナに指を入れた。ワンピースから伸びる白い脚に指を伝わせ、ヴァギナを探り当て、指を入れたのだ。彼女は抵抗するどころか、ズボン越しに僕の怒張したペニスを愛撫した。僕は矢も楯もたまらず、彼女を座敷に押し倒した。「宮原さんって、なんでそんなに何でも知ってるのに二回も留年したんですか?」「いや、学校に行くのが面倒になっちゃってね。部室で寝たり、家で本を読んだりしていて、気が付いたら、というわけ」僕は硬くなったペニスを服越しに彼女のヴァギナにあたる箇所にこすりつけると、彼女は抵抗するどころか酒で赤くなった顔にさらに赤みが差すのが分かった。僕は是非とも彼女のヴァギナを眼前で拝みたいと、ワンピースをまくり上げパンティを下ろした。すると、期待通りの、まだどのペニスも受け入れたことがないと言わんばかりのヴァギナが現れた。僕はパンパンになったペニスをヴァギナに挿入した。肉の空洞、肉の棒切れ。彼女は僕のペニスに大変ご満悦なようで、周囲の人々も気にせず声を出して悦んだ。周りは愛し合う僕らに気が付いていないようだ。「宮原さん、どこにお住まいなんですか?今度お邪魔したいです」「ああ、すぐそこだよ、早稲田通りを真っ直ぐ行って裏路地のアパート」僕は動きを止めないまま、彼女の大きいクリトリスをいじった。こうすることで、快感は何倍にも増す。突如、ブチッ、という音がした。僕のペニスの大きさに彼女のヴァギナが耐えきれなかったのだ。そんなことはお構いなしに、お互い動きを止めることはなかった。そのうち、クリトリスが裂けた。赤い実が弾けるように、彼女のクリトリスは肉片となって飛び散った。ワンピースで隠れていた白い肌をみるみる裂傷は侵食していき、中の器官が丸見えになっていた。僕は冷たく、ゴムのような手触りの彼女の臓器に触れ、一層興奮を高めていた。ヴァギナは四方が裂けて締まりも何もなくなり、彼女はそれでも快感に顔を歪めていた。僕が達しそうになるその瞬間、裂傷は彼女の顔を二つに割らんとしていた。

「宮原さん、ありがとうございました。また後でお話しましょう!」

 僕は射精した。


 親睦会が宴もたけなわになろうとしていたのは、夜の十二時を回ってからのことだった。僕は軽く樋口さんと話した後、他の新入生とも一応交流を深めてから、大村と森山のいる席に戻った。彼らは相も変わらず文学談義に熱中しており、文芸サークルにいながら哲学畑の自分には少し入っていきづらい内容だった。大村が僕が戻ってきたのに気が付いたようだった。大村は文学談義をやめて何の話をするかと思えば、「恋バナ」というやつだった。

「宮原、お前間違いなく樋口さんに気があるだろ。樋口さんもどうやらまんざらでもなさそうだぞ。お前、大学三年のとき彼女と別れてから、丸っきり女沙汰がないじゃないか。ここは一つ、大学生活最後の一年なんだから、樋口さんを狙ってみるというのはどうだ。聞くところによると、留年してる男子というのは独特のだらしなさが受けるらしい。そう悪い話じゃないと思うが。森山もそう思うだろ」

「俺はあまりそういうことに興味がないが、ステディがいるというのは別に悪いことじゃない。トラブルもあるかもしれないが。トラブルあっての彼氏彼女、というのは紋切型だが事実でもあると思う」

 普段こういう話をしても乗ってこない森山がこんなことを言うとは、大村も森山も相当量飲んだのだろう。コミュニケーションが決して得意ではない大村も立て板に水だ。随分好き放題に喋ってくれる。僕は思うところを話した。

「確かに、二人の言う通りかもしれない。樋口さんは新入生の中で一番かわいいと思うよ。彼女になってくれるんだったら大喜びだね。まあ、僕は既に樋口さんのヴァギナにペニスを挿入しているんだけれど。なんならクリトリスをしゃぶってる。あの白い脚の付け根にピンク色のヴァギナがついていると思うとたまらないね。そして僕のペニスをそこに出し入れするんだ。締まりは悪いけどね、セックスは最高だよ」

 僕がひとしきり話し終えると、二人は呆然とした面持ちで僕を見ていた。僕は、なぜそんな顔で二人に見られるのか分からなかった。ただ、かわいいし、付き合いたいし、できればこっちから告白して、付き合えたら一緒に水族館でも行きたい、みたいなありふれたデートプランを話したつもりだった。勿論、いきなりセックスするのもありだが、それはあまりにも味気ないというものだろう。僕はムードを尊重するタイプだ。

「宮原、お前……何『僕何か間違ったこと言ってますか?』みたいな顔してるんだよ。大間違いだよ。どうした?アダルトビデオでも観過ぎたのか?俺らはただ、お前と樋口さんだったら良いカップルになれるんじゃないか、って思ったことを言っただけだよ。何かお前の気に障ったか?だとしたら謝るよ」

「俺は宮原の発言を宮原の無意識と捉えるな。この会話自体が宮原の自由連想法に基づくものだったのかもしれない。そもそもフロイトから始まった精神分析の臨床的方法は……」

 森山がいつもの文学談義に戻ったので、僕は不思議と安堵した。「アダルトビデオの観過ぎ」?僕の今の会話のどこにそんな要素があっただろう。森山の言っていることもおかしい。僕の無意識が自由連想法によって出てきたなんて、ここは精神分析のキャビネではない。しかし、僕はそうは思っていなくても、「何か僕がおかしなことを口走った」のはどうやら確実らしい。酒は一滴も飲んでいない。眠い訳でもない。そういえば、夢の内容のことなどさっぱり思い出すことはなかったが、樋口さんと出会ってから思考が断片的になるのを感じることはある。僕が夢で見る「女」が、樋口さんに似ているのだ。そのものと言ってもいい。だとすれば、出会う前、出会った後、僕は樋口さんに夢の中で何をしていたのだろう。

「そろそろ〆るんで、テーブルごとにお会計して店の外に出てください」

 幹事長がそう言うと、皆思い思いにお金を出して座敷を立った。一年生はタダで、二年生以上が学年順に払うことになっている。当然、六年生の我々は一番多く払わなければならない。僕ら三人は五千円ずつ出して、幹事長に渡し、店の外に出た。

 外に出て喫煙スタンドでタバコでも吸うかと箱とライターを取り出したところで、二年生の女子の大きな声が聞こえた。

「すいません、この子具合悪いみたいなんですけど、誰か水買ってきてもらっていいですか」

 ああ、新入生が飲みなれてないのに飲み過ぎたんだな、可哀想にと思って酔いつぶれて両肩を支えられている女子を見ると、それは紛れもなく樋口風香だった。美しく大きな眼があしらわれている顔からは生気が失われて青白くなっており、ワンピースから伸びる白い手脚はぐったりと投げ出されていて生き物の手脚というより陶磁器のようだった。僕のペニスは勃起した。夢で見たあの子が、もはや自立する術を失って人にしなだれかかっている。無抵抗な樋口さん。その無抵抗な口に、喉奥に、僕の熱いペニスをねじ込みたい。君はどんな思いをするだろう。ヴァギナは火照っているだろうか、冷たくなっているだろうか。願わくば、冷たくなっていることを。冷たい膣の肉がペニスにまとわりつくのを想像するだけでぞくぞくする。ヴァギナに拳を入れて、子宮を触る。肛門に手を入れるのでもいい。ヴァギナよりずっと構造は単純だ。筒状になっているだけだから。ああ、樋口さん、君を二つに引き裂きたい。引き裂いて、どんな構造になっているのかを見てみたい。君のどろどろになったヴァギナや、ぶち撒けられた臓物や、断面から滴る血液を、全身で感じたい。

「大丈夫?終電はある?一人で帰れる?」僕は水を飲ませながら、彼女に聞いた。

「無理……です……終電……もうないし……」

 樋口さんは懸命に言葉を振り絞ってそう言った。終電がないという言葉に、皆が顔を見合わせた。そもそも、その場に残っていた者の多くが大学の近くの学生寮に住んでいた。しかも、彼女の同期はいなかった。どうにかして今夜の宿を提供できる人間を見つけなければならなかった。

「大村、お前の家はダメなのか」

「いいけど、道路沿いでうるさいぞ。とてもじゃないが泥酔した女の子が気持ちよく寝れる場所じゃない」

「森山は?……ってそうか……」

 森山は大の潔癖症で、自分の家に他人が上がることを極端に嫌う。ベッドで寝ようものなら発狂するだろう。森山も喫煙者だが、壁にヤニがつくのを嫌って家では絶対にタバコを吸わず、ボトルガムでごまかすという筋金入りのきれい好きなのだ。

「宮原、別にお前の家大丈夫だろ。女の子一人寝かせられるベッドはあるし、多少タバコ臭いことに目をつぶってもらえば、この中で一番可能性がある。まあさっきの発言は心配だが、気の迷いか何かだろう。何もしなければいいんだ。元々お前は穏やかな奴なんだから、女の子一人泊めるぐらいわけないだろ」

 しかし、自分の部屋に女の子が来るとは思っていなかった。片付けもしていないし、食料の備蓄もほぼない。

「宮原さん……本当に申し訳ないんですけど、今日泊めてくれませんか?このままじゃ私、野宿するはめになります……」

 樋口さんにまで言われてしまった。女の子の方から言われてしまっては仕方がないと了承し、樋口さんをおんぶしながら早稲田通りを歩いて行った。


 夢、あるいは現実(リアル)、あるいはその両方。


 樋口さんを背中から下ろし、自室のベッドに横にさせた。吐瀉物が喉に詰まってはいけないからと、横向きの姿勢を取らせた。樋口さんは気持ち悪い、気持ち悪いとしきりに訴えた。やった。僕はついにやったのだ。樋口さんの身体、唇、乳房、ヴァギナ、肛門、内臓を、僕だけのものにできるのだ。この光景は、どこかで見たことがあるような気がする。奇妙なデジャヴだ。僕の眼には、ワンピースを着たまま両手で無理やりひきちぎられたように二等分されている樋口さんがありありと見えている。もう何回も樋口さんは僕とセックスしてそのたびに引き裂かれているはずなのに、何故だか今はとてもリアルに見える。もう「女」じゃない、「樋口風香」なんだ。

「樋口さん、水いる?」

「お願いします……」

 彼女のお願いを二つ返事で聞き入れ、僕は台所に向かった。水道水を飲ませるのも申し訳ないし、実家から送られてくる備蓄用の水があったのが役に立った。コップに水を注いでいる最中、これに樋口さんが唇をつけるんだ、と想像すると心が悦びに沸いた。親睦会で口の痕がついていた樋口さんのビールグラス。グラスの中で半分ほどになった液体。僕はこのコップ一杯の水が、全部樋口さんの体液だったらどんなにいいだろう、そしてそれを飲み干したらどんなに気分が良いだろう、と思った。今から、樋口さんが、このコップに、唇を、つける。あの薄い唇を。噛んでちぎり取ってやりたい、あの唇。口を開けて、歯、のどちんこ、舌、粘膜、全てに至るまで僕のものだ。あの唇をちぎり取って、僕はせんずりをする。理由はヴァギナの形に似ているからだ。唇とは、まったく、淫猥な器官だ!

「お酒を飲むときは一緒に倍以上の水を飲まないとダメだよ。僕はお酒が飲めない体質で、昔救急車を呼んだこともあるんだ」

「そうなんですか……水を飲んだらもっと気持ち悪くなってきました」

「それは吐いた方が良いね。背中をさすってあげるから、トイレに行こう」

「いえ、それは流石に申し訳ないし恥ずかしいので……」

「ダメだよ。お酒の飲み方を覚えてないってことは吐き方も知らないんだ。危険な吐き方で吐いたものが喉に詰まったら誰が助けるんだ?いいから一緒に行こう」

 僕は樋口さんと一緒にトイレに行き、彼女の顔を便器の水と正面にさせながら気持ちのいい吐き方を教えた。汚いが、便器の横を両手で掴み、腹筋の力で中身を押し上げる。指を突っ込むと痛いし気持ち悪さが増すのでおすすめできない、などと。樋口さんは教えた通り便器の横を両手で掴み、思いっきりさっき食べたものや飲んだものを便器にぶち撒けた。僕は吐かれた樋口さんが数時間まで食べていたものを見ながら、これは鍋の具材だな、これはお新香、この茶色いのは御通しか?などと考えた。ああ、樋口さん、僕は君の吐瀉物をボウル一杯飲みたいんだ。もっと言うと、直接胃と食道を見て、その中身を舐めまわしたい。きっと美味しいだろう。何せ樋口さんの食べたものだ。吐瀉物を見て、またしても僕のペニスはいきり立った。消化液でどろどろになった食物がいっぱいの胃に、僕がペニスを入れたらどんな感覚なんだろう?クトゥルフ神話に出てくる怪物を犯しているような気分になるのだろうか?ペニスは比喩でなく溶かされてしまうだろう。溶けた僕のペニスが、樋口さんの口から出てくる様を考えるだけで、先走り汁が止まらない。

「どう?吐き切った?」

「はい、なんとか……背中をさすってもらってありがとうございます。大分気持ち悪いのもなくなりました」

 僕は彼女の吐き気がなくなったことに安堵すると、一緒に台所に移動して水を飲ませた。彼女はすっきりしました、と言ってベッドに戻った。ベッドで彼女が眠ろうと布団を被ったとき、僕は机の物入れからカッターナイフと鉄鋏を取り出した。どうやら女はセックスすると勝手に二つに割れるらしいが、もし万が一二つに割れずに樋口さんの臓物が見れなかったらと思うと、僕は自分が自分でなくなるような恐怖に襲われた。樋口さんの臓物を、「女」の臓物を、なんとしてでも見たいのだ。ベッドから、「宮原さん、本当にありがとうございます。水を飲ませてもらって、吐かせてもらって……優しいんですね」と樋口さんの声がした。そう。僕は穏やかで優しい男、宮原悠人。君の臓物も、君と同じように愛でることができるだろう。

 僕はカッターナイフと鉄鋏をポケットにしまい、ベッドに向かった。

「宮原さん、どこで寝ますか?床も申し訳ないので、私の隣いいですよ。何もしなければ――」

 彼女の言葉を全部聞く前に、僕は彼女の上に馬乗りになった。彼女は一体何が起こったのか分からないといった様子だった。僕は布団を引っぺがし、彼女のワンピースを着た肢体が露わになった。見れば見るほど美しい。外側がこんなに美しいのだから、中身はもっと美しいに違いない。僕は自分のペニスを露出させた。我ながら惚れ惚れする大きさと形だ。亀頭の先からは先走り汁が滴っている。

「あの、私、そういうのは」

 僕は樋口さんの言葉に耳を貸さず、彼女のワンピースをまくり上げた。白いレースの、シンプルなパンティだった。たまらない。女性のヴァギナを隠すパンティというのはこうでなくてはいけないと思わせる。僕がパンティを脱がせようとすると、彼女は声を上げて全身で抵抗してきた。二十台の男と十九歳の女なのだから、僕が取っ組み合いで負けるわけがない。それでも抵抗してきたので、顔面に強烈な肘鉄を喰らわせた。彼女は鼻血を出して倒れ込み、助けて、助けて、とうわごとのように繰り返していた。僕はお構いなしにパンティを脱がし切ると、花のように美しく見事なヴァギナが現れた。よく大陰唇は花弁に例えられるが、まさに薔薇そのものだった。血が通っていて、触ると暖かく、粘り気もいい。僕はもう我慢ならず、自分のペニスを彼女のヴァギナに挿入した。女性が濡れるときは二つある。性的興奮を覚えたときと、恐怖から自己防衛するときだ。僕は、多分前者だろう、と思った。彼女のヴァギナは、暖かく、締まりが良くて、「肉の空洞に中身が空の肉の棒切れ」を入れている感じは全くしなかった。僕は快感の任せるままに腰を振った。彼女の顔を見ると、鼻血を出しながら、やめて、お願い、やめてと言っていた。さっき座敷でセックスしたときとは大違いだが、これはこれでそそるものがある。

 僕は脱いだポケットの中から、カッターナイフと鉄鋏を取り出した。彼女はそれを見るやいなや絶叫した。うるさいので、枕で顔を押さえつけた。僕は躊躇なくカッターナイフの刃を出し、クリトリスにその刃先をあてがった。キリキリと時計回りに、几帳面にクリトリスを切り取る。彼女は押さえつけられた枕に顔をうずめて金切り声を上げ、頭をベッドに何度も打ち付けた。快感でおかしくなっているのだろう。綺麗にクリトリスを切り取ると、断面から血が流れた。本当は破裂してほしいところなのだが、切り取ることで妥協しよう。仕上げは最終局面に差し掛かっている。自分の挿入しているヴァギナのペニスの上のわずかな隙間に、鉄鋏の刃の足の片方を差し込む。彼女はお願い、それだけは、殺さないで、それをやめてくれたら他のことは全部なかったことにするから、と泣きわめいているが、こうなるのが女の摂理ではないのか?僕は構わず鉄鋏でヴァギナから上を切開していった。最初彼女はクリトリスを切り取られたとき以上の絶叫をしていたが、腹部に到達するところでぐったりとして何も言わなくなった。骨があったので予想以上に切断には苦労したが、なんとか問題なく胸部少し下まで切り進めることができた。ビクビクと脈打っている大腸を手で持って引きちぎると、暖かく、さっきまでこの人間が生きていたことがありありと分かる。僕はその大腸を噛みながら、腰を振った。ぶよぶよもしていない、弾力があって、上質な肉のようだ。僕が腰を振りながら彼女の顔を見ると、鼻血と涙と涎を垂らしながら白目を剥いていた。気持ちよすぎて気絶したか死んだかだろう。僕は果てそうになったとき、急いでヴァギナからペニスを引っこ抜き、彼女のはらわたに射精した。今までで一番気持ちいい射精だった。僕は樋口さんを抱きしめて、眠った。


 僕はずっと、夢を見ていたような気がする。永い、永い、決して醒めることのない夢を。

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夢みるはらわた 早良香月 @anusexmachina

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