第4話 約束、200万年前はきっと楽しかった



2230年の日本の教育体制は、少人数制で1クラスに20人までと決まっていた。また、学校全体の人数も旧体制下で作られた教室の数に合わせ、21世紀からは自然と半分近くになった。そのため、昨年のクラスメイトがその年のクラスメイトになることなにも特別なことではかった。しかし、小学校の残り2年とも川原ゆりと一緒だったのはやっぱり嬉しかった。



正直、クラスが同じであることはプラスではあったが、クラスが違くてもマイナスにはならなかった。



実際、教室ではほとんど話さなかった。


彼女との会話はいつも図書室で、掃除当番が重なった時は一緒に帰ったりした。


禁止されているコンビニでの買い食い。

公園への寄り道。

初めてのブラックコーヒーの味とかパンケーキとホットケーキの違いとかについての答えの出す気のない議論。

その全てが彼女とだから成り立つということだったが、彼女がクラスメイトだから成り立つ訳ではなかった。


三月、6時きっかりに白い光で街を一斉に照らし出すLEDの街灯の下で、2人は約束をした。

「指切りゲンマンしようよ」

「なんで?」

「クラス一緒になるっていう約束」

「約束しても、AIが決めるだけだし、」

意味ないよ。と口に出そうとしたが、そのまま唾を飲んだ。

こういうのは、話が冷めるだけだ。

「AIが決めるとかつまんなーい」

大矢は、一瞬自分の発言が非難されたのかと思うが、その次の言葉でシステム自体に文句を付けていると分かり安心する。

「あみだくじで決めたら良いのにー」

この少女といると、僕は心臓がいくつあっても足りないな、と思い、眉毛と口元を一斉にくいっと上げる。

「あーあ、200年前に生まれたかったなー」

「200年前?」

「そう、季節があった頃、世間的にはね」

「でも、僕らにとっては?」

「「図書室のスピーカー!!」」

2人との会話では、200年前の世界の話が日常的に出る。

教科書でこんなこと書いてあったという会話から始まり、5分後には指導要領のずっと遠いところまで妄想している。

「春は桜が咲いて、夏はプールでかき氷」

と彼女。

「秋は紅葉狩り、冬はすき焼き!!」

と大矢。すると、

「冬は、雪!!だよぉ」

とすかさず訂正してくる。

「すき焼きだっていいじゃない?」

「美味しいから?」

「うん」

大矢はこくりと頷く。自分の「冬」の代名詞があまりにも食い意地の出っ張った答えだったことに気づく。

「食いしん坊なんで」

大矢はもはや諦め、

あくまでさっきの発言は僕なりのジョークですからね、

という表情を作り、念押しする。

「じゃあさ、今度すき焼き食べよーよ」

「ほんと!?」

キャピキャピとした声を出してしまった。実のところ、大矢はすき焼きを食べたことがない。牛肉、というか肉類全般が高級品となり、大豆が肉の代用品となった今では、醤油、豆腐、牛バラの入ったすき焼きなど、富裕層向けの料理になってしまったのだ。

「え、どうやって食べるの?」

「ぅうーん、牛肉工場に忍び込む、とか?」

「はぁ」

すき焼き食べたいのに、なんだか裏切られた気分だ。

「はぁ、って」

あからさまに落ち込むのが見なくとも分かる。

「じゃ!じゃあさ!!」

今度こそは間違いない。と、ひまわりのような笑顔で、唾混じりに彼女は言う。

「お金貯めて、牛肉買おうよ!2人で貯金すればきっと食べれるよ!」

うんうん、そうだ、と1秒毎に増えていく自信を噛みしめているみたいだ。上がりきったテンションのまま彼女は続ける。

「牛肉が10万円くらいでしょー?豆腐は、いらないかな?いやでも、せっかくだし欲しいな。醤油はボトルで買ったら多すぎだよね。」

「え?ちょっと待って、牛肉が、ジュウ、マンエン??」

彼女は、きょとんとする。何が問題か分かっていない顔だ。

「なんかダメ?」

不健康なほどに眩しい光が彼女の黒い髪に反射する。さらりとセミショートの束を揺らし、目をパチクリとさせてこちらを見ている。

「高くない?」

高い。いや、絶対高いだろ。流石に小学生にとって十万円は。

「さては、大矢くん、貯金してないの?」

「してるよっ」

大矢は、左足を前に出し右足をざざっと引きずる。十センチほど進んだ下半身よりも上半身は彼女に向かって重力がかかっているかのように傾く。彼女は、今にもくっつきそうなくらいに前のめりしている人間がいるのに気づいていないみたいに話を続けようとする。それは、もはや会話ではなく、演説。そして、気の遠くなるくらいに長い独り言であり、夢の実況だった。


「約束、にこめ」

と彼女はふひひと笑い、そう言う。


ゆびきりげーんまん うそついたーら

はりせーんぼーんのーーます

ゆびきった


大矢は内心、彼女と約束を持っている明日からの毎日を想像し、ワクワクしていた。


無愛想な街灯の光を見るだけで彼女を思い出し、醤油を使ったり、豆腐を食べたりするだけで彼女を思い出す。そのうち、ネットサーフィンをしていると、「す」とうつだけで、「すき焼き」が自動変換されることに気づき、また彼女を思い出し胸が熱くなる。

こんな面白いことがあったんだ、とネタになるかなとか考えたりする。

でも、実際は彼女を目の前にそんな話のネタなど真っ白に消えて、赴くままに口を動かす。


そんな未来が、まるで過去起きたイベントのように鮮明に映し出される。ふと、僕はデジャブが生まれやすい環境で生活しているな、と大矢は苦笑いする。そして、同時に約束をしたと言うだけなのに、もうその元を取れたような感覚になっていることに気づいた。叶えられないかどうか、ってもしかしたら意外とどうでもいいことなのかもしれない。と、

絞り出すように口に出してみる。この真理をなるべく傷つけぬよう、忘れぬように。

彼女にこのことを伝えても、きっと難しい話は嫌いだと聞く耳を持たないだろう。しかし、このことを大矢に教えたのは紛れもなく彼女であった。


彼女には不思議な力があると、ふわりと胸にそのフレーズが浮かぶ。


魔法の類に入る何か。

そして、それは意識せずとも大矢に教訓をいくつも与えてきた根源であり、彼女の魅力そのものだ。


あの日、僕は、正しくその力のおかげで


約束の意味をやっと理解出来たような気がしたんだ。







なのに、彼女はなぜ死んでしまったのか。


なぜ、彼女だったのか。


なぜ、四季病は彼女に取り憑いて、しまったんだろうか。


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