第十一話:ディストピア・ヌーン
セシル達が転移した先は古びた神殿の中だった。
転移元と同じように、赤暗い光を放つ浅い水面が足元を濡らし、桃色の花弁が甘い香りをたたせている。
神殿の天井は吹き抜けになっていた。上空を見上げると結晶のようなものがビッシリと張り付き、地下空間を照らしている。
地下とは思えないほど明るい空間だ。
「……すっごい綺麗……」
神殿の入り口へ足を運ぶと、眼下にはレンガ造りのレトロな街並みが広がっていた。
周囲には森や川も流れており、先が見えないほど奥まで地平線が広がっている。
その景色はまるで、ミニチュアにした一つの世界を象っているかのように思わせた。
「────ようこそ。
入り口の前で恭しく礼をし、すきとおった声が耳をくすぐる。
セシルは幻想的なほど美しい女性の仕草に内心ドキドキしながらも、かねてから疑問に思っていたことを口にする。
「あの……俺達は混血じゃないんですけどいいんでしょうか?」
「はい。あなたがたは、我々の同胞をここまで連れ帰ってくださいました。実を言うと、あの子は一月ほど前から行方知れずになっていたのです。無事に送り届けていただいたこと感謝致します」
優しげな笑みを浮かべてお礼を述べる黒翼の女性の態度から、安堵の表情を浮かべるセシル達。
そして女性は奥の転移陣を覗き、少し目を細めながら言う。
「…………あの子はまだ来ていないのですか?」
黒翼の女性の言葉を受け、後方にある転移陣に振り向くセシル達。
「あれ、イズちゃん達まだ来てないの? もしかしてセシルみたいにビビってるとか?」
シェリアの言葉にセシルが怒った様子で声を荒げる。
「お、俺がいつビビったんだよ! というか、マモンさんだって来てないんだからな!」
セシルとシェリアの痴話喧嘩に呆れた様子で、ハンクは溜息をつく。
そして転移陣の方向をチラリと覗き、腕を組んで考え込みながら、セシル達に向かって小声で呟く。
「…………何かあったのかもな」
「…………もしかして、マモンさんがやられちゃったとか?」
「…………あの人がやられるなんて考えにくいけど」
三人が小声で相談していると、セシルのすぐ後ろから特徴的な烏面のくちばしがニュッと現れた。
「私がなんだって?」
「「「うわっ!?」」」
突然の出現に飛び跳ねたように驚く一同。
烏面の男の後ろからは、ローブに隠れるように重なっていた銀髪の少女が、片翼をパタパタさせながらひょこりと顔を出す。
「わたしもいますよ」
「………あんまり驚かせないでくださいよ」
ホッと胸を撫で下ろし、こちらを睨むセシル達一行。
そんな三人の責めるような視線を無視し、私は神殿前で待っている黒翼の女性に声をかける。
「いやいや、待たせてすまなかった。イズがお花を摘みに行っていたので待っていたのだよ。さて、街を案内してくれるんだろう? とても楽しみだ」
私の言葉にイズが何か物言いたげな顔をするが、努めて私は無視する。
イズ含むセシル達四人が、私の方をジーっと睨んでいるようだが恐らく気のせいだろう。
そんな私達の間に、黒翼の女性が丁寧なお辞儀をしながら透き通った声で口を挟む。
「…………かしこまりました。では、お屋敷にお食事を用意しておりますので、そちらに向かいながら街を案内致します」
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この街は、地平線の先が見えないほど広がる大森林の中心部にある、大きな山を開拓してつくったのだろう。
木々を失ったまるで丘のような大きな山には、レンガ造りの中世風な建造物が綺麗に並べられている。
山は三段の水門で分けられており、山頂には大きな湖があるようで、下層に向かって流れる水がところどころに川をつくっていた。
川の水は私達が最初に転移してきた空間と同じように青白く光っており、桃色の花弁も上層から流れていた。
ふむ、そうか思い出した。これは桜に似ているんだ。
この世界に桜があるのかどうか定かではないが……もしあるのなら見てみたい。
所詮は、ブブ君と下界を覗いて見たことがある気になっていただけだったからな……。
そんなノスタルジックな気分に浸っていると、レンガ造りの街中を歩いていたシェリアが、訝しげな声を上げる。
「…………街ってわりに人っ子一人いないねー」
「ああ、なんだが不気味だぜ」
「……なぁ、ここには誰も住んでいないのか?」
セシルの言葉に、前を先導していた黒翼の女性が柔らかな笑みを浮かべながら答える。
「いえ、今は皆仕事の時間となり外出しているのです。夜になれば帰ってきますので、その際にまたいらして見てはいかがでしょうか。今夜は新たな同胞を祝うお祭りも行う予定ですので、是非ともお立ち寄り下さい」
「な、なんだそうだったのか! 祭りか……それは楽しみだな」
その言葉に、黒翼の女性は顔が見えなくなるほどの深いお辞儀で返す。
ふと見上げると、いつの間にか天井に張り付いている結晶が、まるで夕暮れのように朱色の輝きを放つように切り替わっていた。
顔を上げ、再び先導を始める女性の後ろを私達はついて行く。
─────下層を流れる川の水面には、彼女の三日月のような笑みが映し出されていた。
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