第十話:這い寄る悪魔
「ここが……
イズの鈴のような声が辺りに鳴り響く。
ハンク達一行も、目の前の幻想的な光景を見て言葉を失う。
転移陣の光が収束すると、儀式場のような広い空間に出た。
周囲には円錐状の黒い柱が取り囲むようにそびえ立っており、地面に広がっている青白い輝きを放つ水面が黒柱を照らし、足元を濡らす。
浅い水面には、桃色の綺麗な花弁がいくつも浮かんでおり、甘い香りを周囲に撒き散らしている。
まるで夜の湖の上に立っているかのような幻想的な風景だ。
私達が立つ中央の低い台座からは、青白く輝く清涼な水がゆっくりと溢れ落ちている。
その光景は、聖杯から水が零れ落ちているかのような荘厳な美しさを想起させる。
そんな心地良い水の音色が辺りに鳴り響くこの空間に、コツコツと階段を降りる音が重なった。
「────お待ちしておりました。皆様」
先が見えないほど闇が広がる天井に続く、ガラス細工のような透明な階段から降りてきたのは、一人の美しい堕天使だった。
漆のような艶のある黒翼をもち、腰ほどまである長い白髪が特徴的である美しい女性だ。
異性を惹きつけるその豊満な肢体を、白を基調とした清涼な神官服に身を包んでいる姿は、ある意味で冒涜的な危険さをはらんでいた。
また、その白を中心とした衣装と長い白髪が、背に生えた黒翼の存在を一際引き立てている。
「さ、歓迎の用意ができておりますのでどうぞこちらへ」
氷のように透明なハイヒールをコツコツと鳴らしながら、堕天使の女性は黒柱の奥へと歩いていく。
一連の様子を黙って聞いていたハンク達は、私の方を向き小声で話しかける。
「…………どうする? 俺は罠の可能性が高いと思うが」
「…………行きましょう。ここで彼女を見失う方が厄介だ」
ハンク達は私の言葉に頷き、黒翼の女性が消えていった方向へ歩いていく。
私も歩き出そうとしたところで、イズが彼女の立ち去っていった方向をじーっと見ていることに気がつく。
「…….…何か気になることでもあったか?」
私の言葉に一瞬ビクッと肩を震わせた後、何事もなかったかのように手を振りながらイズが答える。
「な、何でもないです。さ、わたしたちも行きましょう師匠」
「…………ならいいんだ。ほら、治癒するから手を出しなさい」
「え、はい! …………多分、きのせいですよね」
ボソリと聞こえないほど小さな声で呟くイズの言葉に多少違和感をもちながらも、私はイズの手を握り先へ進んでいった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「────こちらの転移陣へお乗り下さい。我々が住う街へと続いております」
黒翼の女性が進んだ先には、先ほど私達が転移した場所と同じような空間が広がっていた。
一つ異なる点があるとすれば、青白く輝いていた水面がここでは赤暗く光輝いている点だ。
灯りの色で行き先を判断しているのだろうか。
「…………この転移陣に乗った先がモンスターハウスってことはねぇよな」
ハンクの言葉に、黒翼の女性が柔らかな微笑みを返しながら答える。
「もちろん、皆様を害する気などございません。ご心配なら私が先に行くとしましょう」
そう言いながら、台座の中で輝きを放つ魔法陣へすたすたと入り、黒翼の女性が転移していく。
再び私達だけが残され、セシルが不安そうにこちらを見る。
「マモンさん……」
「…………転移先へ行くよりも戻る方が難しい。対応のしやすさを考慮するのなら、私が最後に乗るべきでしょう」
私の言葉にセシルが絶望した表情になったが、シェリアに肩を叩かれ喝を入れられる。
「も〜、セシル! 何でもかんでも頼りっぱなしじゃダメでしょー! マモンさんの言うことは一理あるし、ここは私達が先に行かないと! それとも、イズちゃんに先を行かせる気ぃ〜?」
シェリアの言葉に、セシルはハッとした表情でイズの方を見る。
私に治癒された手を見てニヤニヤしているイズ。
まるで話を聞いていなかった。
セシルはその姿を見て何を考えたのか、意を決したようにゆっくりと転移陣がある台座の方へ歩いていく。
「そ、それもそうだな。よし、ここは俺達が先行しよう! ハンク、シェリアほらいくぞ!」
不安を隠し切れていないといった様子で、ガクガクと震えながらセシルは転移陣の前に立つ。
その様子をみてハンクは苦笑しながら、堂々とした態度で大槍を担ぎ台座へ登っていく。
ちなみにシェリアは既に転移陣の前に立っていた。
「それじゃ、私から行くね。おっさきー」
シェリアの軽快な声が、転移陣の光と共に消えていく。
「次は俺だな。セシル、あんまり時間をかけるなよ」
転移陣が光を放ち、ハンクの低い声だけが残る。
「………………」
そして、セシルだけが一人だけポツンと残った。
転移陣の前で棒立ちのまま動かないセシルに、私は小さくため息をつきながら声をかける。
「…………大丈夫ですよ。感知した限り、ハンクさん達は無事みたいなので」
私の言葉にセシルはバッと顔を輝かせると、すぐにバツが悪そうな表情をして、顔を赤らめながら手を振る。
「そ、そうですか! いえ、別にビビってるとかじゃなくてですね! はい、なら俺も先に行きますね! えいっ!」
恥ずかしそうに早口でまくしたてながら、魔法陣に乗ってセシルも転移していった。
一行を見送った後、残ったイズは私の顔を覗き込みながら不思議そうな顔で聞く。
「────それで、なんで師匠は最後に行こうとしたんですか?」
……一応、話は聞いてはいたんだな。
「……少しこの祭壇を調べたくてね。彼らがいるところで、あまり目立つ真似はしたくないからな」
そう言って、私は悪魔の黒翼を出し────能力を発動させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます