第九話:理想への門
イズと私が出会った祠────石室のような狭い空間がある場所は、キャンプ地から2時間ほど歩いた山の麓にあった。
入り口近くに放置していた
多少気にはなったが、そのまま無視してセシル達一行と共に祠の中へ入る。
まだ昼前だというのに祠の中は薄暗く、明かりが一切差し込まない闇が広がっている。
シェリアが腰のポーチからマッチを取り出し、松明に火をつけて辺りを見回す。
「ずいぶん暗いねー。外とそこまで離れていないはずなんだけど……まるでここだけ光が入りにくいみたい」
シェリアの言葉に、セシルが頷きながら答える。
「この祠はアンデッド特有の負のオーラが充満している。たぶんそのせいで普通より暗く感じるんだろうな」
「魔術師の目って奴か。……マモン殿はどう思う?」
ハンクの言葉に、私は杖をコツコツと音を立て、地面をつつきながら答える。
「ふむ、確かにここには大量のアンデッドが眠っている。恐らく、侵入者を迎撃するために配置しているのだろう」
私の言葉に、すぐ隣で歩いていたイズが不思議そうな顔をしながらヒョコッと顔を出して質問する。
「でも師匠。その割にはさっきから全然襲われませんよ?」
「地中に潜んでいるアンデッドは、私が軒並み消滅させているからな。なんのために私が先頭を歩いていると思っている」
イズの方を向き、諭すように言う。
当たり前のように言い放ったその言葉に、一同は驚きを隠せない様子で私の方を見つめてくる。
「え!? そうだったんですか! ……通りで段々と負の気配が霧散しているのか……流石マモンさんですね」
「あれ? もしかして私達、いつの間にかピンチを助けられちゃってる?」
「…………マモン殿には頭が上がらないな。英雄級の者達は、自分のことしか考えない輩が多いと聞くが……マモン殿は例外のようだ」
ハンク達の称賛に、気を良くした私はイズの方を向き指を立てる。
「イズ。先達を敬うとはこういう態度を言うのだよ。君も少しは見習いたまえ」
「自分のことしか考えていないと言う点は、合ってると思いますが────いえ、何でもないです」
減らず口を叩くイズをギロリと烏面で睨みながら前へ進んでいると、ようやく奥の石室へ辿り着いた。
中央に質素な石造りの棺桶が置かれており、壁には松明置きが数台立てかけられている。
シェリアが松明置きの一つに灯りを置いて、辺りを見回す。
「ここが例の祠か〜。一見普通の石室だけど、ここに手がかりがあるんだよね?」
後ろ手に腕を組み、烏面を覗き込むように聞いてくるシェリア。
私は紳士的な笑みを浮かべながら、地面にコツコツと杖をついて上機嫌に答える。
「その通りだシェリア君。この石室の地中には、転移陣が埋まっている。
私が召喚されたこの石室には、魔法陣が埋まっていた。
当初は私を召喚した魔法陣だと勘違いしていたが、この世界の魔術を実際に体験した今、私が元いた世界まで繋がるほどの魔法陣だとは考えられなかった。
そしてこの世界の魔術を実際に見た今だからこそ解析できるが、この魔法陣────転移陣は────地下の座標へと繋がっていた。
「恐らく────
私の言葉に目を見開くハンク達。
そして長年、紛争地帯で未知の場所とされてきた理由は、地下に存在していたからなのだと納得の表情を浮かべ始める。
「なっるほど〜! 地下にあったから今の今まで誰も見つけることが出来なかったんだねー! ……それにしても、それを見つけちゃうマモンさんは凄いとしか言いようがないよ。私もセシルみたいに惚れ込んじゃいそうだよー」
シェリアからの称賛の言葉に気を良くした私は、フフンと鼻を鳴らしながら腕を組み、杖を揺らす。
そんな様子を見ていたイズがむっとした表情で私の前に立ち、パシッと揺らしていた杖を奪い取る。
「……浮気はダメって言いましたよね」
「……私の愛杖を返しなさい」
杖を取り返そうと手を伸ばす私の手を、ヒョイっと躱しながらシェリアの後ろに隠れるイズ。
……強欲の悪魔たる私から物を奪い取るなんて太い野郎だ。
悪魔界でもそんな恐れ多い事をしてくる輩はいなかったというのに。
……いや、そもそも少女なのだから野郎ではないか。
そんな事を考えていると、シェリアがバツが悪そうな顔をしながら、後ろに隠れているイズに声をかける。
「あはは〜。ごめんねイズちゃん。大丈夫だよ、大好きなお師匠様をとったりしないって〜。ほんの冗談だよ」
苦笑いを浮かべるシェリアの言葉に疑わしげな表情を浮かべるイズ。
私はその隙をついて、ヒョイっと杖を取り返す。
「あっ! まだ話は終わってませんよ師匠!」
ぷりぷり怒っているイズを無視して、私は石室の中央へ立つ。
そしてハンク達を見渡し、話を戻す。
「……話を戻そう。ちょうど今、私が立っているところの地下に転移陣がある。既に解析は終わって、いつでも起動可能な状態だ。……準備はいいかね?」
私の言葉にゴクリと息を飲むセシル。
ハンクは小さく笑みを浮かべ、覚悟はできていると言わんばかりにこちらへ近づく。
シェリアも既に私の後ろに立ち、いつでもオッケー、と手に丸を作りながら明るい声で言う。
その様子を見て観念したセシルも、ゆっくりとこちらへ近づき、薄っすらと浮かび上がってきた陣の中に入る。
「ああ、覚悟はできています! いつでもいいですよ、マモンさん!」
覚悟を決めた目で私を見つめるセシル達。
イズも私の腰を強く抱きしめながら、後でお説教ですからね、と訳の分からないことを口にしているが準備は万端だ。
私は皆を見渡しながら大仰に頷き、改めてイズの方に顔を向け言う。
「この転移陣は本来、混血にしか起動できないようになっている。今回は我々も同行するため、術式に大幅な改造を施しているが……起動の鍵となるのが、イズであることに変わりはない」
私の言葉にイズが真剣な表情で頷く。
「任せてください。何をすればいいんですか?」
「鍵となるのは……混血の血だ。少し痛むが、我慢できるな?」
「はい。いつでも大丈夫です師匠」
私はイズの小さな手を握り、その指先に杖の先端で小さな傷をつける。
血がポタポタと流れ、薄っすらと浮かんでいた魔法陣が鮮明に色をおび、光を放ち出す。
私は烏面を歪ませて笑い、大袈裟にシルクハットを抑えながら、もう片方の手で杖を前方に突きつけ、楽しげに声を上げる。
「さぁ、いざ行こうじゃないか────
眩い閃光の後、一行は石室から姿を消していった。
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