第十二話:ディストピア・ナイト
「────祝祭の時間まで、こちらで軽食を取りながらおくつろぎ下さい」
黒翼の女性が言葉を残し、去っていく。
パタンとドアが閉まった音がし、シェリア達は目の前のテーブルに揃えられた豪勢な食事に目を輝かせる。
「すっごい! こんな豪華な料理初めてだよー! 食器なんて金だよ金!? ……あとでこっそり持って帰ってもバレないよね?」
「……王都でも見たことのない食材ばかりだな。この地特有のものだろうか」
屋敷に入った私達は、中央にある広間に案内されていた。
目の前にある純白のクロスがかけられた縦長のテーブルには、金製の食器がいくつも並んでいる。
その上には瑞々しい果実、分厚いステーキ、焼きたてのパン、活け造りにされた魚料理など、色とりどりの食材が盛られており食指をかきたてる。
そんなシェリアとハンクの興奮した様子とは裏腹に、セシルは体調が悪そうに体をフラつかせている。
その様子を見たシェリアが、心配そうにセシルの顔を見つめる。
「大丈夫…? セシル、この屋敷についてから顔色悪いよ?」
「……あ、ああ。大丈夫だ。……転移酔いかな……? なんだか気分が良くなくて……。……少し外の風にあたってくるよ……」
そういって、セシルはトボトボと歩きながら扉を開けて広間から去っていく。
二人は心配そうに見送っていたが、あまり気にしても仕方ないと判断してテーブルにつく。
「……ふっ、貴族育ちのあいつにはこのくらいの飯は見飽きているのかもな」
「あー、そんなこと言うとセシルに怒られるよ? ……っていうかこのお肉すんごい美味しい! ピリッと辛くて、肉汁がジュワーって口の中で広がる感じがたまんない!」
勢いよくテーブルの皿を平らげ始めるシェリアに、ハンクはやれやれと首を振りながらもナイフを手に取って食べ始める。
シェリアと同様に、眼前に並ぶ料理の美味しさに感嘆の声を上げて手を進める。
「ほんとに旨いな。味付けが微妙に濃いところがたまらん。……ん? マモン殿は食べないのか?」
厳つい見た目通り豪快な仕草で肉を頬張っていたハンクが、扉の近くに寄りかかっていた私に声をかける。
「…………私は遠慮しておく。あまり食欲がなくてね」
「マモンさんも遠慮することあるんだね〜。朝はあれだけスープをおかわりしていたのに。イズちゃんは食べないの?」
「え? わ、わたしも大丈夫です。師匠が食べないのにわたしが食べるわけにはいきませんから……あはは」
「そう? なら遠慮なく頂いちゃうねー。後で後悔しても胃の中だよ?」
目を逸らしながら言うイズに、シェリアは若干の違和感を覚えながらも、すぐに目の前の料理へ意識を向け夢中でかぶりつき始める。
隣のハンクも、金のジョッキを片手に酒を豪快に飲んでいた。
その様子を見ていた私は壁から背を離し、ドアノブに手をかけようとして振り返り言う。
「さて、私達はセシル君の様子を見てくるよ。あまり遠くに行ったら危ないからね。ほら、いくぞイズ」
「……あっ、はい」
心配そうにシェリア達を見ていたイズの声を残し、私達は広間から去っていった。
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「はぁ……疲れてるのかな……あんなに美味しそうな料理があったっていうのに……なんだかすごく気分が悪い……」
俺は胃を押さえながら、青い顔でフラフラと屋敷近くの川を歩く。
屋敷は山の中腹に位置しており、眼下には先ほど歩いたレンガの街並みが広がっている。
そして街の奥には、どこまでも続く漆黒の森が広がっていた。
見渡す限りの闇の森は、昼間に感じた大自然の荘厳さとは裏腹に、少々の不気味さを感じさせる。
万が一迷いこんでしまえば二度と出てこれないだろう。
「あれ……? 灯りがついている……仕事が終わったのかな」
レンガの街は街灯が照らされており、自分のいる山の中腹まで住人の笑い声が聞こえてくる。
どうやら街の中央にある広場に屋台を開いているようだ。
「……祭りが始まったのか? 行ってみるか」
青白く輝く川沿いを歩き、俺は街の方へ近づいていく。
辺りには七色に光る蛍がまばらに明滅し、まるで俺を導くかのように夜道を照らしていた。
神秘的な光景に目を奪われながら歩くこと数刻、ようやくレンガ造りの街に到着した。
街では幾つもの屋台が並び、人々の喧騒が忙しなく耳に入ってくる。
「うわぁ……すごい人の数……あれ全部混血なのか……?」
周囲には屋台の周りに大勢の人混みができていた。
串焼きや鶏の丸焼きなど、香ばしい匂いが鼻腔をつつく。
匂いに釣られて近づくと、屋台で店を構えている狼のような耳の生えた獣族の青年が声をかけてくる。
「あれ、セシル? セシルじゃないか!」
その声に振り向くと、そこにはかつて一緒にパーティを組んでいた混血の獣族────ザックが、笑顔でこちらに手を振っていた。
「ザック! 久しぶりだな! 元気だったか!」
俺の声に犬歯をむき出しにしてザックが笑い返す。
耳と犬歯以外はほとんど人間と同じだが、その二つの違いが混血であることを如実に表している。
「おう! 元気にやってるぜ! おいリック、挨拶しな」
「お久しぶりですセシルさん!」
「おーリックか! 小さいのは変わらずだな」
ザックの隣で屋台の手伝いをしている小柄な獣族の混血、弟のリックが挨拶をする。
「小さいは余計ですよ! これから大きくなるんです!」
「二年も変わらないってのは絶望的な気がするけどな……。いや獣族のことはよく知らないけどさ」
「ははっ。混血なんだから成長速度は人族と変わらないはずなんだけどな! お前はもっと肉を食え肉を! ちょうど今日は祭りがあることだしな!」
そんな言葉の応酬に懐かしさを覚え、俺達は顔を見合わせて笑い合う。
(懐かしいな……二年ぶりだろうか。俺がまだ駆け出しだった頃から、ザックとは一緒にパーティーを組んでいたからなぁ……)
しばらく昔話に花を咲かせていると、中央の広間から太鼓の音が聞こえてきた。
屋台に群がっていた人だかりも、段々と音のなる方へ移動していく。
ザック達も屋台を一旦店じまいにして、人だかり中へ行こうとする。
「おっ始まったか。お前も来いよ、祭りが始まるぜ」
「セシルさん早く行きましょう!」
「え?お、おいリック! 押すなって!」
リックに背を押され、音の鳴る中央の広場へと歩いていく。
段々と音が大きくなり、広場に着いた頃には耳が痛くなるほどの大きさで太鼓の音が響いていた。
広間にいる大勢の人だかりは、円で囲むように真ん中をぽっかりと空けていた。
俺が近づくと人だかりが二つに分かれ、中央の空洞へ続く道が作られる。
「歓迎するぜセシル。久しぶりの客人だ。ほら、奥へいこうぜ」
背中を押されるがまま奥へ進むと、大きな焚き火が煌々と燃えている広間の中心部へと着いた。
焚き火の前に連れてかれ、ザックは俺の肩を叩きながら周囲の人だかりを見渡し、笑みを浮かべながら言う。
「なんたって、今夜開かれる謝肉祭の
────彼が叩いた肩をよく見ると、その手はゾンビのように腐っていた。
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