第2話プロローグ 人形と仲間と友人

 俺は10歳にになった。人間達から与えられるのは暴力のみ。それでも人間を守ろうと思った。

 俺には"人間を守れ"という与えられた使命があった。その使命を果たす為に与えられた"力"があった。

 誰に言われたかは分からない。誰に与えられたかも分からない。

 だけど確かに俺の中には"それ"があった。

 何から人間を守ればいいのか分からない。何もかもが不鮮明で何をすればいいのか分からない。しかもこの使命自体怪しさしかない。何しろ

 ー自分の全てを賭けたとしても果たさなければならないー

 俺はこの使命を認識した瞬間にこう思ったのだ。

 何故?とも思えない自分にゾッとしたのを今でも覚えている。

 だがしかし、自分には生きる目的がなかったし、自分が一度でもやろうと思ったのだ。

 ならば文字通り自分の全てを賭けてでもその使命を果たしてやろうと決めた。


 

 だがしかし、そう決めたとしてもそう簡単にはいかない。自分の力の暴走で産まれた瞬間に自らの母親を殺しているのだ。

 そのお陰で俺は大分人間達に嫌われている。近づこうにもあっちが遠ざかっては意味がない。何しろあちらはこの力を自分達に向けて襲ってくると思い、暴力で俺を従わせようとして来る。

 今までこの牢獄に来た人間全員そうしてきた。

 目の前に居るこの少年達以外はー

 彼らがここに来たのは3年位前だった。まず初めにここに来たのは娑木華輝さきかぐやという少女だ。

 華輝は好奇心旺盛で元気な子だ。

 この牢獄に来たのも、どうやら大人達が頻繁に出入りしているから気になったらしい。

 次に来たのはアリスが連れてきたのは娑木歩さきあゆむという少年で、どうやら華輝とは兄妹で、歩の方が兄のようだ。

 その次が弓場真良ゆばしんらと言う少年だ。

 彼は歩と華輝の共通の友人で、どうやら華輝に強引につれてこられたらしかった。

「そういえばあなたの名前は?」

 いつもみたいに華輝が笑顔で質問をする。

「そういえば知らないな…」

「確かに僕らは聞いたことがなかったですね」

 どうやら3人とも俺の名前が気になるようだが…

「名前はない。強いて言うなら"化け物"だな」

 人間達は俺を化け物としか呼ばないのだ。

 それに、誰かに呼ばれることもないだろうと思っていたから自分で考えることもしなかった。

「えー!?じゃあ私たちで決めようよ!」

 …どうやら名無し生活は今日で終わりをむかえるようだ。

「いつもいつも唐突だな…」

 あきれた顔で、歩が言う。

「まぁそれが華輝ですしね」

 どうやら真良は華輝のこの癖る諦めたらしい。

「んー、んー、と良いのが思い付かないなぁ」

「普通に俊介とかでいいんじゃないか?」

 歩が候補を出したが

「駄目!なんかしっくりこない!」

 …そっこうで悩んでいた華輝に否定されている。すでにこのやり取りを100回はしていた。

 俺の名前は華輝の一存で決まるから変な名前にならないことを祈るばかりだ。

「…では望なんてどうでしょう?」

「望?」

「そう望。歩達の名字をつけて娑木望さきのぞむなんてのはどうでしょう。」

「…娑木望か…うん、いい!」

どうやら俺の名前は決まったようだな。

「やっとか…」

「疲れました…」

歩と真良は俺の名前が決まったことより名前決めから解放されたことの方が嬉しそうだ

…お疲れさまでしたと心の中で合掌しておこう。

「ではこれからはあなたは。」

イイ笑顔で言ってくる真良に、うなずくしかなかった。恐らく俺がここで否定したらまたあの地獄が始まるからだと思うが俺はそこまで鬼じゃない。

「んじゃあお前の名前も決まったことだし、俺らはそろそろ帰るわ。」

「そうですね僕も今日は帰ります。」

「バイバイまたね望!」

「あぁまたな。」

彼らが帰ってから、人間達が来ると思っていたが、そのまま1日が終わっていった。


俺の名前が決まってから数日華輝が落ち込んだ感じでこの牢獄に来た。

「何をそんなに落ち込んでいるんだ?」

「……実はね、私に本当の親はいないの。今はお兄ちゃんと家族になったけど、私はね、本当の家族はいないんだ。」

「…どういうことだ?歩が華輝の家族ではないのか?」

「ううん私はね、目が覚めたらこの村にいたの。だけど私は親の顔も声も名前も知らない。そんな私をお兄ちゃんが見つけてくれたんだ。」

「目が覚めたら?それ以前の記憶は?」

「ないよ。それで右も左も分からなかった私に家族になってやるって言ってくれたのがお兄ちゃんだった。」

「…歩は優しいからな、泣いている奴がいるからほっとけなかったんだろう。」

「でもそのせいでお兄ちゃんが家族と喧嘩しちゃったんだ。お兄ちゃんは気にするなって言うけど、やっぱりどうしても気になって…だからね私、お兄ちゃんと家族でいるのをやめようと思うの。そうすればお兄ちゃんが悪く言われることもない。家族がいなくなるのは辛いけど私が我慢すればいいからね。」

「食事はどうするんだ?」

「うーんと、お仕事をお手伝いすれば食事を分けて貰えるの。」

無理して笑顔を作ろうとする彼女は、どこか儚い。そんな顔をしているのを見ると、何故か胸が痛む。だから慰めの言葉をかけようと口を開きかけるが、途中で止まる。

ー他に何か言うことがあるだろー

俺ではない俺の中にいる何かが騒ぐ

ー急げ、まだ間に合う、まだ引き返せるー

どういうことだ?"まだ"間に合うとは何なのだろうか?自分には身に覚えのないはずだ。なのに何故か俺は焦り始めている。

何故だ?何故焦る。特に問題はないはずだ。彼女は兄のために家族をやめるという選択自体は問題ない。確かに喧嘩をするかもしれないが華輝と歩は中のいい兄妹だ。話し合えばわかり合える。

ならこの焦りは一体なんなのだ。思考を重ねるうちにどんどん焦りは大きくなっていき、わずかながらに体も震え始めた。

それでも俺は焦りを心の中に押し留めなんとか言葉を口にする

「………なら、今日から仲間だな。」

「え?」

「家族がいない仲間同士だ。」

「…うん!」

いつものようにまぶしい笑顔で笑う華輝

ー嗚呼やはり笑顔が綺麗だー

心の中でそう呟いた。

「それでね!今日はー」

見事に元気を取り戻した華輝は今日あったことを話始める。気がつけば震えはすでになくなっていた。


華輝が相談に来てから数日後

「俺は華輝が好きだ。」

歩が牢獄に来るなりそう言いはなった。

「…いきなりすぎて理解が追い付かないんだが」

「昨日華輝に家族をやめると言い出された。」

どうやら彼女は歩に話すことができたようだ。よかったと思いつつ、いきなり奇行にはしった友人を見る。

「それでどうしていきなりそんなことを言い出したんだ?」

「そりゃライバルには牽制けんせいすんだろ。今まではお互い兄妹だったから言い出さなかったんだけど。華輝に家族をやめるって言い出されたときはチャンスだって思った。」

「これからは兄じゃなくて一人の男として見てくれるってな。」

「だからこれは宣言せんげんだ。俺からお前に向けてのな。」

「宣言?」

「あぁ宣言だ。俺はお前に負けない。華輝は俺が幸せにしてみせる。」

「…俺は別に華輝を好きでは…、いや違うな、俺には恋や愛が分からないんだ。今まで向けられたことのない感情だからな。」

「はぁ?お前マジで言ってんの?」

ため息をつきながら信じられないものを見るような目で見られる。そんな目で見られたとしても分からないのだからしょうがないと思うのだがな。

「んじゃあ華輝のことをなんて思ってんだよ?」

「綺麗だ。彼女を見たときからなんというか目がはなせなくてな。これがなんなのかは分からないが。…そうだな、笑顔が綺麗だ。」

問われた瞬間にそう答える。綺麗な人とは華輝のことを言うのだなと、初めて見た時に思ったものだ。

「即答じゃねぇか。…あぁもう!あんまライバルに塩送りたくねぇがそれが恋ってやつだ。」

「これが恋というやつか。」

「だから勝負だ。どっちがあいつを幸せにできるかの勝負だ。お前とはフェアに戦いたいしな。ま、万が一俺が負けてもお前にならあいつを託してもいいと思ってる。」

負ける気なんて更々ないがと付け加えつつこちらを挑発するように睨む友人。

「…確かに俺は華輝に恋をしている。だがしかし…俺は…」

華輝の相談に乗った時に最後に聞こえた"あの言葉"を思い出す。あれがなんなのかは分からないが嫌な予感だけはするのだ。

「あぁ?お前なにを迷ってんだよ?俺的にはライバルがこんな張り合いない奴とか勘弁だぜ?」

歩は今もなおこちらに発破をかけてくるが…

「いや…なんでもない…」

「お前にも悩みがあんのか。何かあれば全部力事で解決しそうな奴が。」

「ちょっとまて!お前の中の俺の像はどうなってんだ!?」

「おいおい。お前と遊ぶ時にどうやってばれないようにするか考えてた時、お前が見た奴全員気絶させるってたの今でも覚えてあるぜ?」

「ウグッ、あの時は…」

「まぁともかく今悩んでも答えなんてでなさそうなんだから俺との勝負に集中しろ。それとも脳筋な望には無理か?」

「てめぇ言わせておけば!いいぜやってやろうじゃねぇか!」

お互いに睨み合う。歩がニヤリと笑い宣言する

「俺は負けねぇぜ?」

「俺だって負ける気はないさ」

「じゃあ」

「あぁ」

「「これからはライバルだ」」

勢いに任せて俺が幸せにしてみせると息巻いたが、"あの言葉"が俺の心の中に引っ掛かっているのは変わらず、それも日に日に大きくなっていく。

それでも彼の言う通り、考えても答えなんて出そうにもなかったので気にしないことにした。


それから更に数日後真良が牢獄に来た。

「また望の中にある"力"についての質問をしに来ました!」

笑顔で真良がそう言ってくる。

友人のなかで唯一俺の中にある力について聞いてくるのは真良だけである。

「毎回毎回よく飽きないな。それに結構グロいから華輝でも聞きにこないってのに。」

「ええ!飽きはしませんとも!あなたの中に眠る膨大ぼうだいな力!腕をおとされ、足を切断されてもはえてくるその力にとても興味があります!」

興奮した状態でそう言ってくる。そう、俺が彼に話しているのは、毎日俺が人間達から受けている暴力の内容だ。

そんなことを聞いてもしょうがないと思うのだが、まぁ彼が楽しそうなので良しとしよう。

俺の力についてはほとんど死なないというものとなにかを作る力というぐらいしか分かっていない。

それでも彼にとっては大変興味を引くらしくたまにこうして聞きに来るのだ。

人の腕がはえてくる等聞けば化け物とさげすみ近づかなくなるようなものだと思うのだか、少々真良は人と感性がずれていると思う。

それでも友人たる彼の要望なので出来る限り鮮明に答える。

「そういえば聞きました。歩と望で華輝の取り合いをするそうですが。勝てそうですか?」

彼の耳は以外と早い。たまにこうして、いつきいたのか分からない事を知っている。

「まぁな、勝てそう勝てなさそうじゃなくて勝ちに行く。俺にだって華輝に隣にいてほしいしな。」

「そうですか…さぁさぁ!力についての話の続きをどうぞ!」

俺は話の続きの催促をされて話を続ける。


俺はこの時気がつかなかった。


俺はこの時気がつくべきだった。


俺はこの時彼を□□□べきだった。


そうすればあんなことにはならなかった。


今もなお華輝の相談の時、最後に聞こえた"あの言葉"を覚えている


ーもうすでに引き返せないー

ーこれはお前が、お前自身が選んだ道だー

ー後悔等意味をなさず、引き返す道など存在しないー

ーこれより先は地獄の道ー

ーこれからお前は永遠の旅路に誘われるー

ー何をしようが無意味だー


ー獣が産声をあげるー

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