雪月花
明日波ヴェールヌイ
雪月花
美しく家の周りが白で彩られたあの日に、少女は父親と一緒に定期検診の結果を聞きに行った。
普段は、看護師のお姉さんが二人を診察室に案内するのだが、今回は勝手が違っていた。
「
父親はそう言って先生のいる診察室に入っていく、彼女は待合室に取り残された。少し肌寒くうっすらと暗い診察室はもはや少女の庭のようなものだった。
暫くして、父親が診察室から出てきた。無邪気に彼女は父親のもとに駆ける。いつもみたいに笑顔で抱きしめてくれる。そう思ったのだ。しかし、父の顔には笑顔は無い。血の気が引いて、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
何もわからぬまま彼女は入院生活を送ることとなった。ベッドの上で過ごす日々。あまりにも退屈で息苦しい生活だ。毎朝鳥の鳴く声で目を覚まし、うっすらと雪化粧した山々とそれを光らせる太陽と。雲が薄くかかる中、空が赤く色付いて、暗くなるのを見届ける。夜は静かな闇の中、朧になった星たちが輝く中で夢の中。そんな生活が彼女はあまりにも嫌で嫌でしかたなかった。子供の遊びたい時期に遊べないのは彼女にとってはとても苦痛だったのだ。
変化がない病院生活、それでも外はだんだんと雪が降らなくなっていった。そして彼女もまただんだんと元気をなくしていく。それでも彼女は笑う。それは病気が治ると信じていたのか、それとも先が長くないことを知っていたのか、それは彼女しかわからない。
春。動物たちは動き出し、木々には新芽が芽吹く。少女はこの季節に咳が止まらなくなった。大人ですら喋ることが困難な病状、呼吸すら大変なはずだ。それでも彼女は病床で微笑み、楽しそうに話をする。話の話題はもうすぐ行われる春祭り。医師や親はもちろん行かせてあげたいが、病状のことを考えると行かせることは難しかった。多分これが彼女が行ける最後の祭りかもしれない。その気持ちはあっても両親は少しでも長く生きていて欲しかった。それなら行かせる訳には行かなかった。
「もう私長くない……でしょ?だから……行きたいの……」
止まらぬ咳を堪えつつ少女は必死に行きたいことを伝え続ける。結局両親は折れ、蒼の浴衣と紺の帯を用意してくれた。
祭りの日、そこは病室で籠もりっきりの彼女には夢のような風景だった。並んだ露店、活気ある声、とても良い香。さらに神様が彼女を助けてくれたのだろう。この数日症状は軽くなり、咳もあまり出なくなった。神社の境内を見て周り、お面屋では白の狐面を買ってもらい母親につけてもらう。久々の味が濃い食事に舌鼓を打つとそれがそれが、久々で、楽しくて、嬉しくて、彼女は笑顔を絶やさなかった。
「このゴミを捨ててくるから待っててね?」
母親がそう言ってゴミを捨てにいく。母が背中を向けた時、少女は何かを感じて振り向いた。後ろから暖かな風が吹いてきて山道に彼女を誘っている。我慢できずに彼女は駆け出した。浴衣で、落ちた体力を振り絞り走る。少し走った、そうして彼女は星空を見上げる。背の高い竹の隙間から見える星々は白青赤黄に瞬いて、月が優しく彼女を照らす。横に生えた束のような草は碧く燃えているかのように揺れ動く。そして竹には花が咲いていた。揺れる黄色の花をぼぅっとみる。少女の目から久々の涙が溢れる。久しくこんな感情にはなれなかった。蹲って嗚咽する。そのうち嗚咽に混じって咳が出た。慌てて手で抑えるが、咳はなかなか止まってくれない。ようやく波が落ち着いて、その掌を眺めた時その手は真紅に染まっていた。そして世界が歪んで暗くなって彼女は深い闇へと落ちて行った。
雪月花 明日波ヴェールヌイ @Asuha-Berutork
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