第56話 激闘! 新井さん(1)

 路地に視線を戻した優子の目の前に、必死の形相をしたプアールがその路地から駆けだしてきた。

「あら、もう、カエルは食べたの?」

「食べたのじゃありません! 食べられそうなんです!」

「はっ? 何言っているの? あんな小さなカエルがあんたを食べられるわけないじゃない。大体、あんたまずそうだし」

「何言っているんですか! あの奥にお母さんカエルがいるんですよ」

「マジ!」

「マジですよ! それもとてつもなくデカいのが!」

「プアール! 逃げるわよ!」

「ハイ! 優子さん!」

「ところで、頭についていたアイちゃんは?」

「え……!」

「まさか……と思うけど……」

「はい、食べられちゃいました」

「なんですとぉぉぉぉお!」


 小さなカエルを追って、プアールはカエルのように側道へと飛び込んだ。もう、優子が、呆れた顔で見ていることすら気づいていない。

「待て待てぇぇぇ!」

 よだれがぼたぼたと落ちている。

 カエルごときでこれだけ喜ぶとは、どれだけ貧しい食生活を送っているのであろうか。

 細い路地の奥へと小さなカエルが跳ねていく。

 それについてプアールもピョンピョンと四つん這いではねていく。

 プアールの頭にはいつも通りアイちゃんが、かぶりつき、ガジガジとかじっていた。

 まぁ、ここまではいつもの事。


 しかし、小さなカエルが跳んでいく先には、何やら黒い影が。

 夜だからよく見えない。

 暗い路地の闇で、はっきりと見えない。

 しかし、なんか黒い影が、路地の突き当りに山のように盛り上がっている。

 飛び跳ねるカエルは、その山へと駆け込んだ。

 そして、黒い影へピタリとくっ付いた。

 プアールは、待ってぇと言わんばかりに、追いかけた。しかし、プアールの頭上にのしかかる黒い影にピタリと動きを止めた。

 ――あれ? 何か暗い?

 ゆっくりと頭上を見上げるプアール。

 そこには、巨大なカエルが一匹。

「もしかして新井さんってカエル……?」

 って! なんでカエルやねん! テッドがクマのぬいぐるみならば、普通、新井さんといえばアライグマと相場は決まっているではないか!

 それがなぜカエル?

 新井さんとカエル、どんな関係があるというのだ!

 あらいカエル……あらいいカエル。

 もしかして、これだけ……

 カエルじゃなくてもいいじゃない!

 プアールの顔から大量に汗が流れ出す。

 もしかして、カエルを食べようと思ったら、実は、私が食べられる?

 そんな面白くないオチをついつい考えてしまった。

 四つん這いのプアールは、スッと立ち上がった。

 そして、何事もなかったかのように膝のホコリをパッパと払う。

「あと、2時間後には配達だった……忘れてたぁ……」

 大きなため息をつくと、ブツブツ言いながら路地の入口へと踵を返した。

「あぁ、また、タダノ課長に……」

 ゲロ!

 プアールの背後で新井さんが鳴いたような気がした。

 だが、その瞬間! プアールは、その鳴き声を合図にするかのように、猛然とダッシュした。

 もう、何も考えずに、必死の形相で駆け抜ける。

 鼻水とこぼれる涙が、後ろに流れていった。


 路地の入口まであと少し!

 プアールは背後に何かの気配を感じた。

 振り返るプアール。

 そこには、伸び来るカエルの舌が。

 すごい勢いで伸びてくる。

 いやぁぁぁぁ!

 加速するプアール。

 その加速はダチョウよりも早い! 馬よりも早い! しかし、チータよりかは少し遅い。

 そのせいか、カエルの舌が追いついた。

 プアールは咄嗟に身をかがめた。

 頭の上をかすめて舌が伸びていく。

 やったー!

 プアールは小躍りしながら路地へと飛び出した。

「ザマァみろ! あっかんベロベロべー!」

 しかし、何だか頭が軽い。

 どうい事だろうと不思議がるプアールは、振り返った。

 そこに見えたのは、カエルの舌に巻き取られたアイちゃんの姿。


 ア、ア、アァァァ

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