第41話 担当女神は貧乏神(2)

 朝シャンが終わった優子は、タオルで頭を拭きながら鏡を覗く。

 鏡には歯ブラシをくわえた優子の眠そうな顔が映っていた。

 このやる気のないぼーっとした目は、いったい何を楽しみに生きているのであろうか。

 まだ、引きこもりとはいえ、ゲームに熱中している兄の方が生き生きとしているのではないかと思う時さえある。


 あっ、髪乾かさないと!

 ドライヤーで髪を乾かす頃には、もう、登校限界時刻まで残りわずかとなっていた。


 急いで優子はテーブルの上に一つぽつんと置いてあった冷めたトーストをくわえる。

 トーストは、仕事で朝早く家を出る母木間暮奈美子きまぐれなみこがいつも用意してくれているのだ。


 しかし、父木間暮八太きまぐれやつたの姿はこの家にはみあたらない。


 というのも、父は町金から多額の借金をしていた。

 その町金の親切なお兄さんたちの紹介で今は出稼ぎに行っている。

 そう、父は、マグロの漁師さん(アルバイト《下っ端の下っ端》)なのである。


 優子はここ数年、父の顔を見ていない。

 たまに船は日本に帰ってきているはずなのに、家には帰ってきていないである。

 もしかしたら、実はすでにマグロのエサになっていたとか……

 いやいや、仮にも漁師、まぁ、港の数だけ女が……

 といっても稼いだ金は親切なお兄さんたちに根こそぎ持って行かれているようであるから、家に帰る金もないのだろう。

 どうでもいいけど。


 トーストをくわえたまま優子は、制服に着替えるために急いで階段をかけ昇る。


「ヨッシャー! クリア!」


 階上のバカアニキの部屋から、木間暮杉太きまぐれすぎたの声が轟く。

 杉太は、世界的に大流行するウィルスによる自粛要請で就職活動が思うようにできなかった。

 そのため、大学を卒業するも、内定は0。

 自分が優秀な人物であると疑いもしない杉太は、世間が自分を採用しないのは、日本の大いなる損失であると豪語し、そのうち、企業のほうから頭を下げてくることを期待して、日々ゲームにいそしんでいるのである。

 まぁ、実際に就職活動をしたのは、1社だけであり、それも担当教授の超強力なコネである。

 そう採用面接もいきなり社長面接からと言う入社確定条件であったにもかかわらず、いきなり社長に「生きてて楽しいですか?」などとぶちまけたため、おじゃんになった強者である。


「まだ、やっているのか! 毎日! 毎日! 本当に働け! このヒキニートが!」

 優子は、さけびながら、隣の自分の部屋へと飛び込んだ。


 登校限界まであと3分53秒!


 壁の向こうから杉太の声が聞こえてくる。

「なぁ、リチル、今度のクリアー報酬は何だ?」

 何を言っているんだ、このバカアニキ!

 しかし、今はそんなことに構っている余裕はない。

 優子は咥えたトーストを手に持ち替え、急いでセーラー服へと腕を通す。

 壁の向こうから聞き慣れない女の声が聞こえてきた。

「どうぞ何でもお申し付けください」

 一瞬、優子の気がそれた。

 しかし、引きこもりのバカアニキが女を連れ込めるわけがない。

 そうだ、ゲームの声に違いない。

 優子は、スカートを急いで上に引き上げる。

 スカートのフックがやけにきつい。

 腹に力を込めて一気に閉める。


「それなら俺を異世界に連れて行ってくれよ!」

 何が異世界だバカアニキ! このままだと私は今日も居残りだ!

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