第3話

(場面:とある公園/夜)

梨加「そう、あたしの大好きな木村優先輩。」

梨加「かっこよくて、優しくて…。」

梨加「絵に描いたような好青年だ。」

梨加「そしてあたしは、その優先輩と付き合うために、」

梨加「優先輩に振り向いてもらえるように、」

梨加「この世に復帰しないといけない。」

梨加「だから今は…。」

梨加「あんな暗いヤツの気をひかないといけない。」


(場面:駅前の時計台/昼)

梨加「あっ、お待たせ!待った?」

孝治「うん、ちょっとだけ。」

梨加「ちょっと、そこは『待ってない』とか言うもんだよ普通!」

孝治「あ、ごめん…。」

梨加「まあ、正直でよろしい!」

水野梨加がやってきた。

…僕が女の子と待ち合わせするなんて、初めてのことだ。

でもああ言われたらすっぽかすわけにはいかない。

…本当にそれだけ?

いや、それだけだ。

だって僕は、何にも関心がないのだから。

梨加「とりあえずあっちのショップ行こう!」

梨加「今日は孝治くんをおしゃれに改造するからね!」

孝治「…分かったよ。」

やっぱり僕は、水野梨加のペースに呑まれている。


(場面:ショップ/昼)

梨加「あっ、この青色のパーカ、かわいい!」

梨加「孝治くん似合うんじゃない?」

孝治「いやちょっと派手な気が…。」

梨加「ちょっと派手なくらいがちょうどいいよ!」

梨加「言ったら悪いけど、そのグレーの服地味過ぎ!」

梨加「春なんだから明るい色着ようよ~!」

孝治「わ、分かったよ。」

梨加「あとは…、このカーキのカーゴパンツなんかどう?」

梨加「孝治くんにもこのパーカにも合うと思うけど。」

孝治「カ、カ、カーキ、カーゴパンツ?」

梨加「…もしかして知らない?」

梨加「カーキもカーゴパンツも?」

孝治「…ごめん。」

梨加「いや謝らなくていいよ!」

梨加「じゃあこれからお勉強だね!」

孝治「うん…。」

この時、僕はちょっと恥ずかしくなった。

多分これらは他の生徒なら知っているのだろう。

…でも僕は、何に対しても無関心だ。

知らないことが多過ぎる。

梨加「あとあたしは…、このパステルカラーのワンピ買おうかな!」

孝治「パ、パステル…?」

梨加「ごめんごめん。まあこれだよこれ!」

孝治「…明るい色だね…。」

梨加「でしょ?あたしの今の気分にピッタリ!」

そう言って水野梨加は笑顔を見せる。

…すると、僕の心はなぜかざわつく。

この気持ちは一体何?

…何にも興味のない僕なのに。


(場面:喫茶店/夕方)

梨加「あたしちょっと疲れちゃったな…。」

梨加「あそこで休憩しよ?」

孝治「うん…。」

水野梨加のファッション教室は続き、

気づけば夕方になっていた。

梨加「あたしタピオカミルクティー飲も!」

梨加「あっタピオカは知ってるよね?」

孝治「それくらいなら…。」

孝治「でも飲んだことはないよ。」

梨加「何~!?飲んだことない?」

梨加「じゃあ今日は飲まないとだね!」

孝治「はあ…。」

あれよあれよという間に僕はタピオカを注文する。

梨加「さあ、平手孝治くんの初体験!」

梨加「そのお味は!?」

孝治「…意外とおいしい!」

梨加「でしょ!あと全然意外じゃないから!」

孝治「そっか!」

そう言って僕は笑ってしまう。

…何にも興味のないはずの僕なのに。

梨加「あとタピオカ、ちゃんと噛まないといけないよ~!」

梨加「そのまま飲むとお腹の中で詰まるんだって!」

孝治「一応ちゃんと噛んでるけど…。」

梨加「偉い!あたし最初はそのまま飲んでたんだ~!」

孝治「それは…、おかしいんじゃない?」

梨加「何よその言い方~!」

そう言って水野梨加は笑う。

それにつられて僕も笑う。

これは…、この気持ちは、何なんだろう?

梨加「ってかもうこんな時間!」

梨加「私帰らなきゃ!」

梨加「今日は楽しかったね。ありがとう!」

孝治「僕も楽しかったよ。ありがとう!」

梨加「ホントに~?」

孝治「一応本当。」

梨加「なら良かった!」

孝治「あ、あとり、梨加に…。」

孝治「もらって欲しい物があるんだ。」

梨加「えっ、何?」

孝治「前に『青が好き』って言ってたじゃん?」

孝治「だからこれ、センス悪いかもしれないけど…。」

そういって僕は、空色の便せんを手渡す。

一応の礼儀として、前もってプレゼントを用意しておいたのだ。

梨加「あ、ありがとう…。」

水野梨加は少し恥ずかしそうに、そのプレゼントをもらってくれた。

梨加「じゃ、じゃあ帰るね。バイバイ!」

そう言って水野梨加は足早に去っていった。


(場面:自宅/夜)

僕は今日の水野梨加との一件を思い返していた。

今日は、本当に楽しかった。

でも、僕はそれだけではなかった。

僕の感情は、それだけではない。

この感情は…、別れ際、寂しいと思う感情は…。

もっと一緒に遊びたいと思った感情は…。

「恋」と言う名の感情なのだろう。

…そう、僕は水野梨加に、恋をしてしまった。


(場面:公園/夜)

天使「平手孝治君、意外といい子じゃないですか。」

天使「拝見しましたよ。」

梨加「ええ、便せんをくれた時は少しびっくりしました。」

梨加「木村優先輩も誕生日にくれたことあるので。」

梨加「でもそれはあたしがまだ小学生の時でしたが…。」

天使「なるほど。では試しに平手君と本当に付き合ってみては?」

梨加「いえ、あたしが好きなのは木村優先輩です。」

梨加「他の人は考えられません。」

天使「あなたの意志は固いようですね。」

天使「それで今回の計画、うまくいっているようです。」

天使「平手君、あなたに恋心を抱いたようですね。」

梨加「えっ、じゃあ…?」

天使「はい、あなたの『人界完全復帰』を認めましょう。」

梨加「ありがとうございます!」

天使「でも軌道に乗るまでは私もこれまで通り顔を出すかもしれません。」

天使「その時はよろしくお願いします。」


こうして、水野梨加はこの世への復帰を果たした。

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