第9話 泣いた顔よりも。

 下校時。


 夕陽が射し、街をオレンジ色に染め、人の影は長く伸びた。


 振り返る。


「いつまでつけてくるんだ?」


 ビクッ!


 木夏だ。


「つけてないわ。帰り道が同じだけ」


「そうか」


 俺は振り返って、歩き出す。


「あの!」


「ん?」


「・・・あの、今日は、ありがとう」


 俺は木夏に急接近し、頭をつかみ、ブンブン振った。


「本物?」


「なんの確認!?」


「素直で不気味で気持ち悪い」


「うるさーい!」


 木夏が俺の鳩尾みぞおちを正拳突きする。


「とにかく、お礼は言ったからね!」


「・・・気持ちがこもってない」


「だーもう! なんでこんな感じになるのよ!」


 木夏はため息をつく。


「一つしにしておくわ!」


「俺が勝手にしたことだ」


「いいの!」


「はいはい」


 木夏が手を差し出す。


「私は木夏きなつきな。気軽に木夏でいいわ」


「自己紹介?」


「朝は時間が無かったけど、今は急がないでしょ?」


「そうだな。俺は春崎はるさき修一しゅういち。俺も気軽に修一しゅういち様でいい」


「・・・それは引くわ」


「木夏との心の壁の厚さを感じる」


「私は春崎君って呼ばせてもらうわ」


「自由にしてくれ」


「バカって呼んでもいい?」


「いいわけないだろ!」


「フフフ」


 木夏が楽しそうに笑う。


「普通に春崎君で頼む。しくよろ」


 俺は木夏の差し出された手を指でツンッとつついた。


「何それ!?」


「握手とか恥ずかしくて無理」


「ウェーイや、アメリカンジョーク言えるのに握手でれないでよ!」


「ヒィイイイ! トラウマ思い出させないで!」


 胸を押さえて過呼吸かこきゅう気味にうめく。


「・・・正直、ドン引きだったわ」


「グハアアアア!」


 言葉のナイフで俺の心はズタズタだ。


「・・・でも」






 木夏は俺を上目遣うわめづかいで見る。







「・・・ありがとうね」








 少し顔を赤くして、小さな声でお礼を言う。






「それだけッ! また明日ねッ!」


 木夏は走り去って行った。





「・・・」


 油断だった。


 木夏が可愛いということを忘却ぼうきゃくするなんて。


 だが、


 まあ、


 俺は思う。


「泣いた顔より、笑った顔の方が良い」


 フッと鼻で笑う。


 俺はポケットに手を入れて、帰路を辿たどるのだった。

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