病院のベッドで眠るあなたへ

いがらし

病院のベッドで眠るあなたへ

 探偵は、居酒屋の厨房に立っていた。

 目の前に包丁、まな板、鍋、焜炉がある。ステンレス製の棚には皿が積まれていた。探偵は、隅々まで観察し、触ってみる。業務用の大型冷蔵庫を開けてみると、カチカチに凍りついた大きなカツオが冷凍室にゴロリと転がっていた。

 探偵はこれから、この場所を徹底的に調べるつもりだ。

 彼の隣には、エプロン姿の女性。泣き続けて赤くなった目で、彼を見つめる。そして、つぶやく。

「この店のどこかに、お金を隠してあるらしいんです」


 女性は長年、夫と二人で居酒屋を営んでいた。カウンターには椅子が五脚、テーブル席や座敷もある、小さいけれど整った店だ。

 ある日、夫が気を失って倒れた。心臓の病気だった。

「病院に担ぎ込まれて、すぐにでも手術が必要な状態だそうです」

 夫は病院のベッドで目を覚まし、かすれた声で「俺は死ぬのか」と呟いたらしい。医者が「手術をすれば元の生活に戻れますよ」と励ましたら、「手術か……、金が必要だよな……、店の中に隠してあるのを使ってくれ……」と言い残し、深い深い眠りについた。

 探偵は、周囲を眺めながら質問する。「それで、私が呼ばれたわけですね」

「はい。医療保険で多少はまかなえるのですが、この先どうなるかわからないので、お金はできるだけ用意しておきたいんです」

 探偵の目が、壁に貼られているメニューで止まった。この居酒屋は、焼き鳥が名物らしい。

 もも、かわ、レバー、はつ、ねぎま……

 ひややっこ、コロッケ、鶏の唐揚げ……

 ビール、レモンサワー、ハイボール……


「夫は、時々こう言ってました。『店の経営がうまくいって、時間の余裕ができたら、休みをとって旅行しよう』って。そのためのお金だと思うんです。内緒にしてたのは、私を驚かすためでしょう。でも……」

「まずは、旦那さんの健康を取り戻すことが先決ですね。お金は、そのために役立つでしょう。ところで、あそこを調べてみませんか?」


 さて、探偵は何か思いついたようです。お金の隠し場所とは?




 探偵は、業務用の大型冷蔵庫を指さした。

「料理には疎いのですが……。魚というのは、内臓やエラを取り除く処理を行いますよね」

「はい。……それが何か?」

「冷凍室で凍ってるカツオの、腹の中を確かめてみましょう」


 内臓を取り除いたカツオの腹の空洞に、ビニール袋がねじこまれていた。見ると、五百円玉らしきものがつまっている。

「かなりの数の五百円玉ですね。これなら、それなりの金額になりそうだ。それにしても、なかなか興味深い隠し場所ですね。泥棒が店に入っても、凍った大きなカツオを持って行くことはまずないでしょう。安全だ。銀行に預けてもろくに利息がつかない時代なら、ここに隠すのはアリだと思いますよ」

「ありがとうございます。見つかって嬉しいです。

……あの、なぜここを確かめてみようと考えたんですか?」

「メニューを見てわかりました。こちらは、焼き鳥がメインですよね。焼き鳥と、ひややっこや鶏の唐揚げ、お酒を出すお店ですよね。

そう。メニューに魚介類の料理は書いてなかった。それなのに、冷凍室にカツオが転がっていたんです。……不自然だなと思いまして」

 探偵は、今日初めての笑顔を見せた。

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