17.隠し部屋の調査

 それからしばらく、僕と長家は魔法陣を黙って見下ろしていた。

 部屋の中には風が入ってくる音と、梶原が手帳をめくる音だけが聞こえる。


 その時、ふと、僕は思い付きを口にした。


「ところでここって、仮面を持ち込めるのかな」


 手帳に視線を落としたまま、梶原が聞き返す。


「え?」


「いや、ここって仮面を掛けたら入れるんでしょ」


 梶原は手帳から目を離し、なぜか天井を見上げた。それから言った。


「ああ」


「あれを外して、この部屋に持ってこれるのかなって」


 梶原は一旦、手帳をジャケットのポケットに突っ込み、腕を組んで考えを巡らせているようだった。

 そうしながら言った。


「どうかな。下手したら閉じ込められるかも」


 そうしてまた、考え込み、だが、何か思い当たったような顔をした。


「だけど、外からしか開け閉めできない隠し部屋なんて危なすぎるよな。

 となると、たぶんあるんじゃないの? 中から開け閉めできる仕組みが」


 梶原はそう言うと、書斎から言うところの本棚の裏側にあたる壁を調べ始めた。

 長家もそれに倣って、先ほど動いた本棚や、その下を調べる。

 僕もそれに混ざろうとしたが、3人いると邪魔そうだったので、仕方なく見ているだけにした。


 しばらくして、長家が本棚の足下を指さした。


「ああ、ロック機構みたいなのがあるよ。これを押したら動きが止まるんじゃないかな」


 見ると確かに、足で踏むタイプの、車輪止めのようなレバーだかボタンだか、そういうようなものが付いていた。

 僕は言った。


「じゃあ、長家はそれをセットしてみて。それで、梶原は書斎の仮面を外してみてくれ。

 あ、もちろん外すのは全員書斎に戻ってからね。閉じ込められると良くない」


 二人は言われたとおりにした。

 長家はロックらしきものをセットして書斎に戻った。

 長家と僕が書斎にいるのを確かめてから、梶原は仮面をフックから外した。


 しばらく待ってみたが、何も起きない。どうやらロックは成功したようである。


「それで、どうするんだ?」


 梶原が僕に聞く。

 僕より早く、長家が答えた。


「もちろん、仮面越しに隠し部屋をチェックするんでしょ」


 そう言って、梶原の手から仮面を取り、仮面を付けて隠し部屋へと戻っていく。

 長家は隠し部屋を床から天井まで隅々までじっくりと確認し、それから、魔法陣も角度を変えて何度も見ていた。


 しかし、しばらくすると、仮面を外し、ため息をついた。


「残念。何もない」


 そう言って、僕に仮面を手渡した。

 僕はたぶん、不思議そうな顔をしたのだと思う。なぜ仮面を手渡されたのか、分からなかった。

 それに気付いて、長家が言った。


「ダブルチェックするに越したことはないでしょ。さっきだって、私が見落としたのを梶原君が見つけたじゃない」


 なるほどと思い、僕は眼鏡を外して、仮面を付けてみる。

 そして、魔法陣や、毛や羽が散らばる床や、窓など、気になっていたところを中心に見てみることにする。

 近視と乱視が調査を妨げがちだったので、あまり気は進まなかったが、近くに寄ってまじまじとそれらを見つめることになった。

 しかし、努力の甲斐もなく、何も見つけられなかった。


「確かに何もなさそうだな。……なんかあっても良さそうなもんだと思ったんだが」


「発想は悪くなかったよね」


 僕は梶原にもチェックしてもらおうと思い、梶原を探した。だが、隠し部屋には居なかった。まだ書斎にいるらしい。

 書斎に戻ると、梶原は教授の手帳を繰っていた。

 僕は言った。


「どうだ、梶原、お前もチェックするか?」


「ん? いや、いいよ。お前らが見て何もないというなら、それを信用するさ」


 梶原は気のない返事をした。

 僕は言った。


「なんだ。……手帳にまだ、何か気になることがあるのか?」


「いや、今のところ何もないんだけど、何かあるんじゃないかと思えてなあ」


「ふうん」


 僕は無意識に手を差し出していた。梶原も、なんとなく僕に手帳を差し出す。


 僕は受け取った手帳をめくってみたが、そのとき、仮面を付けたままだったことを思い出した。仮面のレンズは見え方が変な上に、眼鏡がないから文字がよく見えない。

 仮面を外そう、と思ったそのとき、メモ帳の空白のページに、何かが浮かび上がっているのに気付いた。


 僕は驚きの声をあげ、手帳を梶原に押しつけた。


「どうした?」


 梶原が尋ねる。僕の声を聞きつけて、長家も書斎にやってきた。

 僕は急いで仮面を外すと、長家にそれを渡した。


「仮面越しに見たら、手帳に何か書いているかもしれない」


「わかった」


 長家は仮面を付けると、梶原から手帳を受け取った。そして、ページを繰っていく。

 やがて、何も書かれてない空白のページで手が止まった。


「ああ、確かに。何か書いてある」


 僕と梶原は黙って、そのページを見つめる。もちろん、何も見えない。


「殴り書きされてるけど、これは……ラテン語かな?」


 長家は仮面を外し、それと手帳を僕に手渡した。そして、空いた手でスマホを取り出し、素早く検索を始める。


「ああ、やっぱりラテン語だ。庭の岩って書いてある」


「庭の岩……裏庭のアレか」


 梶原がぼそりと言った。

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