08.鹿翁館の探索
長家と僕は書斎を出ると、まずは書斎の隣の扉を開けた。
そこは、梶原が言っていたように、空き部屋になっていた。
ただ、絨毯に残っている跡や、壁紙の日焼けの度合いの違いなどから、そこにかつてベッドやタンスか何かの家具が置かれていたであろうことがわかり、そこから、かつて寝室か何かだったろうことが推測できる。
部屋の南側には窓がある。一応、そこから下に降りられるのか確かめようと側に寄ってみたが、かなり高さがある上、ここから降りると正面の庭に出てしまう。庭は応接間から丸見えだから、こっそり抜け出すには不都合である。
その隣の部屋も同じ間取りの空き部屋だった。寝室として使われていたらしい痕跡があるのも同じ。
二階はこれでおしまい。
階段をきしませて一階に下りる。館に来たときは、玄関口から右手にある手前の扉から入って、そこが応接間だったわけだが、今度は、階段の奥にある扉を開けた。
その先はさらに廊下になっていて、左右に扉がある。左手がトイレと浴室。右手がキッチンになっていた。
キッチンには、最近使われた形跡がある。館の調査中に教授達が利用したことがあるのだろう。
キッチンには扉が3つあった。ひとつはホールへと続くもの。今入ってきたところ。
もうひとつは勝手口。
最後は、立派な両開きの扉。
長家が言った。
「そこから食堂に行けるよ」
そして、その扉を開いた。
食堂は、いかにも洋館の食堂らしい、広々として長方形の空間だった。
中央には長いテーブルが置かれ、テーブルクロスがかけられている。そしてその上には一定間隔で燭台が置かれている。
ただ、長年使われていないのは明らかで、燭台は錆付き、テーブルや椅子のニスはすっかり劣化して剥がれていた。
主人が座る席の後ろには暖炉がある。この暖炉も長いこと使われた形跡がない。
そして暖炉の上には、木製の雄鹿の仮面が飾ってあった。立派な角を生やし、厳めしい顔つきをした鹿である。
僕は仮面を見上げながら言った。
「鹿翁館という名前の由来はこれなのかな?」
長家も同じように仮面を見上げながら、首を傾げる。
「さあ。私はむしろ、鹿翁館という名前だから、この仮面を飾ってみたんじゃないかと思ってたんだけど」
僕は尋ねた。
「なんでそう思うの?」
長家は仮面を指さして言った。
「見た感じ、これって結構新しいもののような気がしない? 館の年季の入り方と比べると浮いて見えるというか。館と一緒に年を取ったんじゃなくて、途中から後付けされたもののように見えるんだよね。まあ、実際のところはわからないけど」
「なるほど」
言われてみると、仮面は痛みが少ない。それは、表面に塗られたニスが劣化していないことからも明らかだった。日常的に使用されるテーブルや椅子と、壁に掛けられた仮面とを単純に比較することはできないが、それにしても彼女が「浮いている」と評した感じは確かにあった。
仮面のことは気になるが、ひとまず食堂はここまでにして、キッチンに戻る。
そして今度は、勝手口から外に出る。
外には使用人が住んでいたと思われる小屋と、物置があった。
そして、その先は裏庭になっている。
裏庭は、長家がさきほど「奇妙だ」みたいなことを言っていたような気がするが、確かに奇妙な庭だった。
表と同じく芝を敷き詰めているのだが(そしてやはり表と同じように、今となっては芝生は荒れているのだが)、その中に大きな岩が無造作にいくつか置かれていたりする。
そして、ある岩の隣には、これまた樫の木が一本、でんと植わっている。もともと生えていたのではなく、わざわざ植えたのであろう。そんなものを植えたせいで、木の陰になる部分だけ、せっかくの芝生がはげ上がって、土が露出している。
この館の主が何をしたかったのかは分からないが、かなり変なセンスの持ち主だったようである。
使用人の小屋を覗くと、本館とは比べるまでもなく質素な作りだが、それでも学生のアパート暮らしよりは遙かに広々としていた。
いずれにせよ、小屋の中は片付いており、何も無かった。また、埃の積もり方からしても、長年使われていないことが窺える。
床には比較的新しい足跡がいくつかあったが、これは館の調査の時に付いたものだろう。
物置には、スコップやバケツなど、主に庭の手入れ用と思われるものが収納されていた。
目に付いたもので興味深かったのは、年代物の自動芝刈り機である。ちょっと埃を払って動かしてみたい気分になったが、何十年も使われていなかったわけだから、本気で動かそうとしたらエンジンの分解清掃は絶対に必須だろう。ただまあ、これは今回の調査にはおそらく関係はない。僕の個人的興味である。
といったところで、館の見学ツアーは終わりである。
物置の扉を閉じたところで、長家が尋ねてきた。
「どう、何か気になったところはある?」
「うん。まあ、はっきり言って平凡な洋館だよね。裏庭のセンスは変だし、なんでこんなところに建っているのか、という謎はあるけど、ごく普通に使われてきた、ごく普通のお家に見える」
「けどさ、こうなると圧倒的に変じゃない?」
長家の含みのある言葉に、僕は首を傾げた。そう言われても、思い当たることがない。なので、素直に訊いてみた。
「何が」
長家は言った。
「書斎だけが片付いてないってこと」
僕は思わず身震いした。心底書斎に戻りたくなくなってきた。
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