03.状況説明と山登り
車に乗って移動する間に、運転する梶原から、ざっとした状況を聞いた。
件の館が発見されたのは数ヶ月ほど前だそうで、自然環境の調査だかで市に雇われた調査員が偶然見つけたらしい。それまでは、存在すら知られていなかった。
それから、なんやかやあって、ラザロ教授が館の調査を担当することになった。
教授の仕事は館を調査してレポートをまとめ、解体すべきか保存すべきか、保存する場合はどうやって補修したりとかするのかを提案することである。
ラザロ教授はゼミ生や助手とともに史料に当たったり、現地に赴いて調査をしたりしていたが、一ヶ月ほど前、館の調査中に突然姿を消した。
失踪当時、ラザロ教授は助手と二人で館を訪れていた。その助手というのが梶原だったそうである。
そこまで聞いたところで、僕は口を挟んだ。
「ということは、第一容疑者はお前じゃないか、梶原」
梶原は肯定した。
「そうなんだ。だから当然、警察から取り調べを受けたよ」
「で、お前、どうやって教授を殺して死体を隠したんだ?」
梶原はため息をついた。
「やめてくれよ。俺が埋めて殺したんだったら話は早いさ。そうじゃないから困ってるんだ。
……いや、殺して埋めるのかな? どっちでも結果は同じか」
僕にしても、梶原が教授を殺したと本気で思っているわけではないが、用心はしなければならない。
なにしろこれは館ものミステリーなのだ。梶原が旧友を一人ずつ殺すために館に招待した可能性も考えておくべきだろう。
……そういえば、我らがラザロゼミ同期、最後の一人はどうしたのだろう。彼女も招待されたのだろうか。
聞いてみることにする。
「ところで梶原よ。長家にも連絡を取ったのか? あいつ今、どうしてるんだ?」
「ああ、もう現地にいるよ。長家はフロリダに住んでるらしいんだが、わざわざ日本まで来てくれたんだ」
「フロリダ? なんでまた」
「あっちでマヤ文明の研究をしてるらしい。詳しいことは聞いてないけどな」
マヤ文明というと、最近、古代都市が今まで想定されていたよりも遙かに大規模なものだったとわかって考古学会を賑わせているホットな研究対象である。
それをほっぽり出してまでこっちに来るのだから、彼女はよほど今回の話に魅力を感じたのだろうか。それとも恩師に対する恩義からか。
話をしている間に、車は狭くて曲がりくねった山道へと入り、森の中をうねうねと進んだ。
そして唐突に、森のど真ん中で止まった。窓から外を見回しても、館なんかどこにも見当たらない。
「ほい。ここからは歩きだ。超きっついぞ。覚悟しろ」
そう言いながら梶原は車を降りた。
僕も荷物を持って、渋々降りる。
梶原は道も何もない、木々の生い茂る昇り斜面へと躊躇なく足を踏み入れていく。
仕方なく、僕も付いていく。
「おいおい。山歩きさせられるのかよ。聞いてないぞ」
文句を垂れると、梶原は言った。
「言ってないからな」
それから、続けて言った。
「もともとは館まで車で行ける道はあったんだが、この数十年で崖崩れとかがあって、塞がってしまったらしい。
というわけで、危ないところを迂回しつつ、森の中を歩かねばならない。
まあ、ほんの一時間ばかりさ」
「それならそうと言っといてくれよ。こっちにだって準備ってもんがあるだろ」
「考古学者たるもの、いつでも山に入る準備ができているものなのさ」
目茶苦茶なことを言う。
しかし、確かにまあ、そういうこともあるかと思って、丈夫な靴を履いてきていたのも事実ではあった。
それに、道なき山道とは言ったものの、実際は何度か人が行き来した形跡があり、多少は踏みならされている。ラザロ教授と手伝いの人達が何度も通った道なのだろう。なので、そんなにめちゃくちゃ歩きにくいわけでもない。
なにより、山の中が存外涼しくて過ごしやすいのは嬉しかった。
実のところ、大学の正門前でずっと喋るくらいなら、ここで山登りする方がずっと快適な気すらする。
ただ、あまりそういうことを言うと、梶原の奴に何かとコキ使われるかもしれないので、ぶーたれている振りを続けておくことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます