04.鹿翁館に到着

 小一時間の楽しい山登りの末、僕らはついに鹿翁館に辿り着いた。


 どんなに不気味でゴスい館なのかと想像していたが、その実態は、いかにも普通なたたずまいだった。

 戦前までに日本で建てられた西洋風の館としては標準的で、日本家屋の基準からしたら大豪邸かもしれないが、西洋の館としては小さい方。

 セレブの暮らす邸宅というよりは、日本に出稼ぎに来た西欧人が家族と住んでいた、といった感じの館である。


 館の正面に広がる、芝生を敷き詰めた庭は、当然と言えば当然だが、すっかり荒れ放題でまだらに枯れ、雑草が伸び放題になっている。

 ただ、道から玄関口に至るまでの道だけは、雑草が刈られて歩きやすくなっていた。たぶん、教授達が簡易に手入れしたのだろう。


 館の外壁は、ところどころ塗装が剥げているが、全体には薄緑色で塗装されている。


 ……まあ、なんというか、普通である。

 長いこと放置されていたので古びて、ところどころ痛んではいるが、それにしても単なる廃屋、といった感じである。

 悪魔や吸血鬼や怪しい科学者が住んでいるような、ツタが絡まり尖塔に大鴉が留まり、といった大仰で邪悪な感じはない。


 ともかく、梶原の後に続き、館の中に入る。



 館の中も、さほど目を惹くものはなかった。長年放置された普通の洋館。

 洋館というと豪勢なものを思い浮かべる人が多いと思うが、ここはなんというか、庶民的である。日本基準からすれば広々としているが、そこまで高級感があるわけではない。ただ、なんとなく過ごしやすそうではある。無駄に見た目にこだわらず、住みやすさを重視している感じ、といえばいいのか。もっとも、こういう建物は僕は専門外だから、僕の言っていることがどこまで正しいかはわからないが。



 玄関から入ったホールには、二階へ続く階段の他、右手と奥に扉が見えた。


 梶原が右手の扉を開けて中に入るので、続く。



 そこは応接間のようだった。

 部屋の中央にソファが置かれ、壁際には棚などがあったが、特に目を引いたのは南側が全面窓ガラスになっていて、開放的な作りになっているところだった。


 そして、その窓ガラス越しに、外の風景を見つめている人影がひとつ。

 その人はこちらに気付くと振り返った。懐かしい顔だ。


「ああ、道村君、お久しぶり」


 そう言って手を差し出してきたのは、長家である。学生時代は髪が肩まであったが、ばっさりと短髪にしていた。

 髪をばっさりやるのが同期の間で流行っているのだろうか。僕もばっさりするべきなのか。


 昔の長家はもっと大人しそうな、いかにも文系な雰囲気の学生だったが、今ではタフそうな印象になっている。動作や言葉もはきはきしていて、いかにも前線で戦う考古学者、といった感じである。


 服装も、基本的には発掘調査に適した動きやすい感じだが、カーキー色のケープみたいなのを羽織っていて、ちょっとおしゃれでもある。

 梶原といい、長家といい、服装が決まっていると大物考古学者に見える、というのはあるのかもしれない。僕もサファリジャケットを買うべきか、と一瞬思ったが、僕はしょせん、バイト発掘員に過ぎないのであった。責任者みたいな格好をするのは混乱の元だろう。


 僕は差し出された手を握り返しながら、言った。


「やあ、長家さん。フロリダにいるんだって? よく来たね」


 長家は笑いながら言った。


「いやあ、アメリカにいるとね、何をするにも移動距離が長いもんだから、日本に来るのもあんまり大変って感覚がなくなっちゃったんだよね。

 特に私はフロリダとユカタン半島を行ったり来たりしてるわけでさ、国境を越えるのも特別じゃないわけよ」


「そんなものなの? こっちは県をまたくだけで大冒険だよ。まあ、久々に会えて嬉しいよ」


「こちらこそ」


 ひとしきり挨拶が終わったところで、梶原が長家に尋ねる。


「ところで、ざっと見た感じ、どう?」


 長家は考えながら言った。


「うーん、まあ、洋館についてそう詳しいわけじゃないけどさ、見た感じは、戦前の日本で、西洋人が住むために建てた家としては標準的かな。イギリス風の普通のやつだよね。ふたつのことを除いては」


「何?」


「ひとつは立地。なんだってこんな不便な山奥に建てたんだかね。別荘という感じでもないし。

 もうひとつは裏庭。日本の庭園の真似をしたかったのか、芝生に不規則に岩が置かれていたり、変なところに木が生えていたりしてる」


「なるほど。似たようなことは教授も指摘していたよ」


「まあでも、いま重要なのは、教授がどこに消えたのか、ということだろうけど。今のところ、手掛かりらしいものは見つけてないよ」


「そうか」


 二人の話が一段落した隙を見て、僕は言った。


「梶原。教授が失踪したときの状況をもう少し詳しく教えてくれないか?」


「わかった。


 俺達がその日、館を訪れたのは朝早くだった。

 教授は前日、研究室で何やら史料を引っ張り出してきては、手帳にしきりに何か書き込みをしていたんだけど、朝早くに俺を呼び出して、館に向かうと言ってきた。

 ずいぶん興奮している様子だったよ。あの教授にしては珍しいことだった。わかるだろ?


 それで、俺が車を運転して、教授と二人で館に来たんだ。

 時間はよく分からないが、ここに着いたのが朝8時とか、そのくらいだったと思う。えらい早い時間にコンビニでおにぎりを買って、それを食いながらさっきの山道を登ってきたのを覚えている。


 館に着くと、教授は書斎を調べると言い、俺には応接間で待つよう言った。たぶん、一人で邪魔をされずに調査をしたい、ということなんだろうと俺は思い、言われたとおりにここで待つことにした。その間にデスクワークをこなしながらね。学生のレポートの採点をしたりとか」


「書斎というのは?」


「二階だ。案内しよう」

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