15.書斎の再調査
僕が弁当を食べ終えるのをしばらく待った後、僕たちは再び、書斎にやってきた。
ここに来るまでに一応、長家が仮面を付けてホールや廊下、二階の部屋もチェックしたが、食堂のような仕掛けは見つからなかった。やはりこの館の謎は、書斎に集中しているらしい。
僕が床を掃除したおかげで、雑然とした感じはなくなったものの、やはりどうも、この部屋は不気味である。
長家は一呼吸置くと、意を決して仮面を付けた。そして、周囲を見回す。
その間、僕は仮面を見ていた。
長家に何かあるとは思っていなかったが、それでもなんとなく、目を離すべきではない気がしたのだ。
ちらっと横目で見ると、梶原も難しそうな顔をしつつ長家を見ていた。
部屋の真ん中、机のそばから部屋中を見回していた長家は、今度は本棚の回りをゆっくりと歩きながら、本棚を調べ始める。
僕と梶原はその場に残り、視線だけ長家を追う。
「今のところ、何も見つかっていない」
本棚を半分ほど見終えたところで、長家が言った。
それから、残りの半分を歩き終えても、結局何も見つからなかったようである。
長家はその場で一旦仮面を外して、しばらく考え込んでいた。
僕らも黙ってそれを見ている。
やがて、何か思いついたらしくて、僕らの方に寄ってきた。
いや、用があったのは僕らじゃなくて、机だったらしい。
長家は仮面を付けると、机の表面をじっと見る。置かれてある本やメモ片を避けてたりもしたが、空振りだったらしい。
すると今度は、引き出しを開けて、中のものを出し始めた。
僕は呟いた。
「なるほど。引き出しの中に謎のメッセージが隠されてるってのは、あるかもしれないな」
だが、それも成果なしだった。
長家は床に寝転がるようにして、引き出しや机の天井まで確認していたが、それでも何もなかったようである。
長家は仮面を外すと机の上に置き、引き出しを元通りにすると、服の埃を払うようにしながら、ため息をついた。そして、言った。
「ここまで来て、何もないってこと、ある?」
「まあ、調査が空振りに終わるのは考古学者の宿命とも言えるけどな」
梶原は乾いた笑いを含んで言った。
長家は納得がいかない様子で、椅子に飛び込むようにして座った。
そして、しばらくその椅子に座り、深刻そうに考え込んでいた。
それから、言った。
「この椅子、すんごい座り心地いい。持って帰りたいくらい」
その発言に、なぜか梶原が食いついた。
「え、そうなの? 座ったことない」
長家は椅子から立ち上がり、梶原に勧める。
梶原は勧められるまま椅子に座ると、背もたれに身体を預け、座席を左右に振った。
「おお、こりゃいいね。事務机の椅子なんて安物でいいやと思ってたけど、これを体験すると、いい椅子が欲しくなるな。
こういうのっていくらするのかね。むしろ今でも作ってるところがあるのかな?」
長家が言った。
「さあね。手頃な値段であるなら、私も仕事場に導入したいね」
梶原は椅子の中で体を前後に揺らした。それから、変な笑いを浮かべながら言った。
「江戸川乱歩に相談すれば、いい椅子を紹介してくれるかもしれないな」
そう言って一人でひとしきり笑った。
長家は彼の言った意味がわからないようだった。
僕は、意味はわかった。中に人間が入っていた椅子の話のことだろう。梶原の冗談が面白いとは思わなかったが。
梶原はその椅子がよほど気に入ったと見えて、背もたれに身体を預けた姿勢のまま、ぼーっと天井を見上げた。
そして、ふと、言った。
「天井は見た?」
「見たよ。特に何も無かったけど」
長家が即答する。
梶原はなおも天井を見上げ続けていたが、ふと、身体を起こして、机の上の仮面を手に取った。そして、付けてみて、また天井を見上げる。
「おお。このレンズ、そもそも変な映り方するんだね。光がプリズム分光されてるっていうか。というかプリズム分光って正しい言い方なの? なんか変?」
「いや、知らない」
「知らん」
僕と長家が同時に言う。
梶原はしばらくそうやって、仮面越しに天井を眺めていたが、我に返ったのか、身体を起こした。
そして、なにやら声をあげる。
「おおおっ?」
僕は訊いた。
「どうした?」
梶原はすぐに答えなかった。ただ、仮面越しに入り口の辺りをじっと見ている。
それから無言で仮面を外すと、長家にそれを差し出した。長家がそれを受け取る、梶原は席を立って言う。
「座って、ドアの上の辺りを見てくれ」
長家は言われたとおり、椅子に座ると、仮面を付け、ドアの辺りを見てみた。
「……ドアの上辺りに白い囲みが見えるね。遠目だからわかりにくいけど、たぶん食堂と同じように、スペイン語で『老いた鹿』と書かれている」
僕と梶原は、入り口の扉の側まで寄って、間近で問題の箇所を見上げた。
すると、そこには確かに、何かを掛けるフックのようなものがあった。
梶原もそれに気付いたらしい。フックをまじまじと見つめながら、長家に向かって言った。
「何か掛けるようなものがある。鹿の仮面を掛けるのかな」
長家は席を立つと、仮面を外してこちらにやってきた。そして、問題のフックを見上げながら、言った。
「紐か何かある? このままじゃ引っかけられないけど」
「あ、さっきその仮面と一緒に拾ったのがある」
僕はそう言うと、胸ポケットから紐を取り出した。変色しているが、ほつれているわけでもないから、一応使えるだろう。
長家は紐を受け取ると、仮面にある2つの穴に紐を通してくくった。そしてそれを、梶原に差し出す。
身長的な理由で、僕や長家ではフックまで手が届かないから、この行動は的確だと言える。
梶原は背伸びして仮面を受け取ると、フックに仮面を掛けた。
「さて、どうなる?」
梶原が呟く。
……だが、仮面を掛けてしばらく待っても、特に何も変化は起きなかった。
僕らは仮面の側を離れ、それぞれ思い思いのところに行って見回してみたが、やはり何もない。
「……どういうこと?」
梶原が言った。
「ここまで思わせぶりにやっといて、何もありませんでしたはなくない?」
「仕掛けが壊れていたりして」
長家が言った。……机のカギ穴のことを考えると、それはあり得る気がする。
だが、梶原はあの時いなかったからか、納得がいかなかったらしい。
「そんな馬鹿な。いくらボロ屋敷だからって、そんなのありかよ!」
梶原の心の叫びが、虚しく響く。
――と、その時。梶原の魂の声に呼応したのか、それとも単なる偶然か、何かが動く音がした。
そして、カギが外れたときのような乾いた音が書斎に響く。
「お?」
梶原が忙しく首を振って辺りを見る。
だが、それから数秒間は、それ以上何も起きなかった。
結局思わせぶりなだけで何もないのか? と僕が思い始めたとき、再び何かが動く音が聞こえた。部屋の入り口から向かって左の壁だ。
見ると、本棚の一部が壁の中へと引っ込んでいく。そして、ある一定のところまで来ると、今度は横にスライドした。
僕の位置からは、本棚がどいた奥に何があるのかは見えなかったが、少なくともそこから、自然光が漏れているのはわかった。
「おお、すげえ、隠し部屋だ!」
梶原が叫んだ。そして、真っ先にその奥へと入っていく。
しばらくして長家が、それに続いて僕もそこへと入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます