第32話 これからが楽しい学校生活ですね
1週間の休みが明けた頃、桜の花はほぼ散っていた。本来なら、主人公は桜の木の下で攻略対象と何かしらのイベントが起きていたはずだ。
が、主人公はロバート狙いのため、1週間の休みの間、学校になんて行かなかったのである。自主練習の為とか言って、学校で乗馬の練習をしたり、図書館でお勉強をしたりして、イベントを発生させるはず、だったのに…
主人公は、見事に立てたフラグをへし折り、我が邸に遊びに来ていた。一応、乗馬の練習もしたし、ダンスの練習もした。私と一緒に家庭教師に習って。
主人公、なかなかやるのだ。まさか、公爵令嬢たる私に、押し掛け友情をしてくるとは。もちろん、私の背後でリリスが顔をひきつらせていたのがなんとも言えず、私はリリスから発せられるどす黒い感情が怖かった。
応援するといったてまえ、どちらかを贔屓することも出来ず、とりあえずロバートに犠牲になって貰ったのだった。
私は、こんな時だけ悪役令嬢っぽく、「平民の皆様と一緒に食事なんて有り得ませんわァ」とか言って、邸の食堂に逃げたのだった。残された主人公とリリスは、ロバートを間に挟んで仲良くランチをしていたのだ。もちろん、それが美味しかったのかは、ロバートには確かめていない。
春の学校は眠たくて、午後の授業が座学でないことに感謝した。
ゲームの発売日に合わせて冬始まりの学校とか、まったくウキウキしないのだけど、最後がいわゆるクリスマスで終わると言う仕様は褒めてあげたい。やっぱり、女子はクリスマスが好きだよねぇ。
なんて、考えていたらターンで失敗して、パートナーと一緒に倒れてしまった。相手の男子生徒には申し訳ない気持ちでいっぱいになる。手首を捻っていないといいけれど。
「ごめんなさい。バランスを崩してしまって、お怪我ななくて?」
一応、令嬢らしく、問いかける。
「いや、僕があなたをちゃんと支えられなかったから」
男子生徒は恐縮している。うん、この場合、女性に恥をかかせたことになるからね。決して私が重たかったわけではない。と強く言いたい。
手を取ってもらい立ち上がる。うん、足はひねっていないみたいだ。私たちが転んでも音楽はやまない。だって、本番の社交界でも、そうなんだから仕方がない。だから、転んだ私を見て笑うなんてことは誰にも出来ないのである。
「改めまして」
途中からだけど、踊りを続ける。やめるなんてことはできないのだ。とにかく踊る。踊らなくてはならない。私がもう、王族の婚約者でなくなったとしても、ダンスは踊らない訳にはいかないのだ。そう、今後の婚活にはダンスが必須。
「アンネローゼ様は、随分と生き生きされましたね」
パートナーの、男子生徒が声をかけてきた。ふむ、しかしごめんなさい。私はあなたを知らないのよ。
「あら?そうかしら」
私はあえて笑って誤魔化した。私が生き生きとしている理由なんて、誰もが知っていることなんだから。1週間の休みの間に、王宮から夜会の招待状が配られたと聞いている。当然、我が家には届きませんから!
「今度、うちのパーティにご招待しても?」
「あら、素敵」
私はうふふって微笑んだ。みなまで言わず、それ承諾なり。
曲が変わってパートナーチェンジをすると、アリオンが相手になった。こやつは主人公の攻略対象である。が、主人公が、フラグをたてておきながら、回収せずに放置をしているのだ。
たしか、乗馬が、得意で狩りとかするんだよな。主人公は1回ついて行って、鮮やかに弓で獲物を狩る姿にうっとりするんだ。って、現代日本の女子はそんな、狩猟シーンで惚れるか?日本人は農耕民族なんだぞ。とか思うんだけど、まぁ、でも、美味しくいただけるからね。ありがたいことなんです。
「狩猟シーズンにはいったのですが、アンネローゼ様は嗜まれたことは?」
「あら、ごめんなさい。アリオン様、私、ようやく最近になって馬に乗れるようになりましたの」
「そうですか、やはり淑女は日焼けが気になりますか?」
「気にならないと言えば嘘になりますわね」
「先程、誘われていたでしょう?」
「あら、お耳がよろしいのですね」
「僕にもその名誉を頂けませんか?」
「楽しみにしております」
ああ、こんな会話今日何回目?パートナーが変わる度にほぼこれだ。王宮主催の夜会、平たく言えば王子の婚約者選抜大会開催のお知らせがばらまかれたから、絶対に呼ばれない私を誘うのだ。なにしろ、自分で言うのもなんだけど、私は超優良物件だ。
公爵令嬢だし、美人だし、礼儀作法は王族の婚約者であった時に徹底的に叩き込まれてきたから、そこいらの令嬢なんか、目じゃない。加えて、外交対策でめちゃくちゃ歴史も政治も勉強させられてきたし、隣国の言葉も実は喋れちゃう。才女なのだ。ああ、凄いよアンネローゼ、王子の、策略でやる気を無くしちゃったから、陰鬱としていたけれど、その枷が無くなった今、どやぁって、魅力を大放出ですよ。
そのせいで、やたらと男子生徒から誘われまくりですけどね。そのせいで、未だに婚約者がいない上級生の女子生徒からは睨まれるけど。仕方がないじゃない、アンネローゼは悪役令嬢なんですから!
放課後、ゲームなら主人公が絡まれるはずのイベントに、何故か私が巻き込まれていた。3年生のおそらく婚約者のいないご令嬢たちが、成績優秀者に選ばれて、廊下を歩けば男子生徒から「今度招待状を送るよ」と声をかけられては、面白くないのだろう。
そりゃあ、ついこの間まで王子の婚約者であったアンネローゼが、婚約破棄されたのだから「ざまぁ」ってしたかったのだろうけど、ところがどっこい、公爵令嬢たるアンネローゼはポテンシャルが高すぎて、まったく「ざまぁ」ができない。それどころか、貴族の令息たちからは、パーティの招待状を送る約束をされている。なんて!羨ましすぎますわぁ!キーー!ってやつだ。
「随分と、開放的でいらっしゃいますのね?」
明らかに先輩風を吹かせている女子生徒軍団が、私の前に立ちはだかっていた。が、私は主人公では無い。それはそれはとても立派な公爵家のご令嬢、アンネローゼなのだ。
「あら?どういう意味かしら?」
私は、制服なのに黒いレースの扇を少しだけ開いて、口元を隠した。この扇の使い方は、女王陛下直々に伝授されたものである。そんじょそこいらの令嬢なんかにゃ負けられないね。
「婚約破棄された途端に、随分と奔放になされていらっしゃようで」
うんうん、それしか言えないよね?だって、成績でも私に勝てないし、家柄でも勝てないもんね。貴族社会で私に勝つためには、王子の婚約者にでもならないとねぇ
「あら?社交界のお誘いが羨ましいのでしょうか?」
私はそう言って、扇を開いて少し仰いだ、別に暑いわけではない。
「でも、皆様は王宮からの招待状が届いておりますでしょ?」
まさか、届いていないなんてことはありませんよねぇ、っ裏の意味をしっかり含めて言ってやる。そうして、開いた扇で目だけを出すように顔を隠す。
何人かが、顔をひきつらせているのが分かった。多分子爵男爵あたりの令嬢には出されていないだろう。こう言っちゃなんだけど、私アンネローゼの代わりになる逸材を探さなくてはならないのだ。時間ないし。
「羨ましいですわぁ、本当に」
そう言うと、私はパチンっと、音を立てて扇をとじた。顎を斜め上に上げた感じで相手をやや見下した目線を送る。
「ドレスを、仕立てなくてはいけませんの。同じものを着ては失礼になりますでしょう?」
忙しいから、バイバイって、振り返りもせずに立ち去った。ほら、アンネローゼは悪役令嬢ですから。
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