第13話 この場合、ヒロインは誰になりますか?

「アンネローゼ、どうしてここにいるんだい?」

 王子が、笑顔だ。

 だけど、あの話を聞いたあとでは、逆に怖いというものだ。けれど、そのイケボでそう言われると、背筋がゾクゾクしちゃうんです私。

 私のその反応が怯えているのだと勘違いしてくれたヴィオレッタ様が、

「ごめんなさい、アラン様。私がお招きしてしまったの」

 ヴィオレッタ様がそう言うと、

「叱らないであげて、アラン様。こんなに怯えてる」

 マリアンヌ様も援護する。

「僕は別に怒ってなんかいない。それよりも、あんなことを見せてしまって心苦しいよ」

 そう言いつつ、王子は私のそばにやってきた。語りながら歩くとか、ヅカか?それとも四季か?イケボの推し声優が2.5次元してるからなのか?

 ああ、美男美女が揃って語り合う。そこに、私如きが参加してもいいのでしょうか?って。今の私は貴族の令嬢だった。美少女っていうより。美女よりの麗しのご令嬢だった。参加する権利はある。のだけれど……

 現実はちと、違う。

 王子の目が、怖いのだ。なんか、笑ってないのよね。

 でも、目をそらすなんてことはできっこない。そんなことをしたら王子の機嫌を損ねかねないではないか。

 私は、マリアンヌ様の腕を握りしめたまま王子を見つめるしか無かった。マリアンヌ様には悪いけど、女子にしてはそこそこいい筋肉ついてますから、私につかまれても大丈夫ですよね?

「あんなことがあっても、私は負けません」

 勢いよく言ってみたものの、マリアンヌ様の腕からは手が離れていない。

「アンネローゼ?」

 王子が戸惑っているのがわかる。そりゃそうだ、私が何を言い出したのか理解できないだろう。

 しかし、私はさっきの主人公の行動で確信をした。王子の攻略ルートは知らないけれど、あの主人公は私と同じ転生者で、ルートを知っている。だからフラグを立てている。私がここにいたことはもしかするとゲーム通りだったのかもしれない。そして、あんなセリフを言ってしまったことも!

 私はそういう意味で怖くなった。もしかすると、これがゲーム補正なのかもしれないからだ。実際には取り巻きはいないけれど、ここにはヴィオレッタ様とマリアンヌ様、ルイス様がいた。生徒会役員だからいて当然なのだけれど、ゲーム的には取り巻きがいた事と同じに扱われたとしたら?

 王子ルートがどんなものか分からないけれど、私はとにかく悪役令嬢にならないように努力するしかないのだ。それが破滅エンドを避けるための、唯一の手段。と信じているから。

「私だって、成績優秀者になってみせます。そして、 その、おう……あの、あ、アラン、様をパートナーに指名したい、です」

 言ってしまって、顔から火が出そうだった。

 名前を呼んでしまったのも、恥ずかしさに拍車をかけた。だって、さっきの感じからして、王子を王子と呼んだらいけない気がしたんだもん。

「いま、なんて?」

 王子が聞き返してくる。ああ、恥ずかしくて2回も言えません。無理です。バカな悪役令嬢が、身の程知らずな宣言をしたんですよ。聞き返すなて、酷すぎます。

「アンネローゼ、もう一度、僕に言ってくれないか?」

 王子が、私の耳元で囁くようにそう言った。

 ダメすぎですぅ、そんなイケボが耳元で、そんなこと!

「アラン様、アンネローゼ様をいじめないであげて」

 私に腕を掴まれ続けているマリアンヌ様が助け舟を出してくれた。王子のイケボにやられている私を、上手いこと恥ずかしがっていると勘違いしてくれたのだ。

「アンネローゼ様は、成績優秀者に選ばれてアラン様をパートナーに、指名したいのね?」

 ヴィオレッタ様が代わりに言ってくれた。が、改めて言葉にするとなかなかなノロケになっている気がする。私は下を向いたままコクコクと首を縦に振った。

「アンネローゼ、言うだけなら誰にだってできることだ。君は……」

 途中まで口にして、王子はふと気がついたようだった。

「アレは、遠い未来のことではなく、今年のダンスパーティーを意味していたのか」

 王子は1人で納得していた。

「アンネローゼ、今のままでも君は十分僕に相応しいよ」

 王子は私に労いの言葉を、かけてくれるが、その言葉の裏にはあの話が隠れていると今ならわかる。だから、邸まで乗り込んできたのだ。

「嫌です。私は、私はっ! 私の王子に近づく方を許しません。全力で、追い払います」

 これで、どうだ?王子に惚れてる令嬢って見えるよね?政略結婚とかじゃなく。一途っぽい?どう?

「あら、素敵。アンネローゼ様はこんなにもアラン様を思っていらっしゃるのね」

 ヴィオレッタ様がそう言って、私の髪を撫でてくれた。可愛らしいわと囁いて。

 そんなことを言われて、王子は照れたように咳払いをした。王子的に何か策略があったのだろうけど、とりあえず、おともだちでもないけれど、味方は出来た。と思う。破滅エンドを回避するためには、断罪イベントが起きてしまった時に、私を庇ってくれる味方の存在が必要、だと思うのよね。

「嬉しいよ、アンネローゼ。もちろん、誰かに指名を受けたとしても君を指名して断るつもりだったけれど、君が僕を指名してくれるのなら、僕は喜んで受けるよ」

 イケボで甘く囁かれ、私は腰砕けになりそうだった。王子の顔を見つめるとき、完全にボーッとしていた。受けるよ。なんて!受けるよ。ですよ!!そんな単語を使っちゃいけません、王子。

「私、頑張ります」

 どうです?王子、私はあなたしか見ていませんよ。



「上手いこといったと思うんだ」

 私は日記を書きながら、そこそこ大きめな独り言を呟いた。

「報告ありがとう。王子にバレたら俺は殺されるよな」

 窓の外、バルコニーの端にロバートが隠れている。部屋が明るいから、壁際に張り付くようにいるロバートは、外からは確認しづらいだろう。

「うん。王子は、私を他の誰かと仲良くさせたくないのよね。そのくせ見せびらかしたいの」

「めんどくせぇ」

 ロバートは、心底嫌そうな声を出した。

「だから頑張ったのよ。王子のために努力してます。ってね」

「勝算はあるのかよ?おバカ令嬢なんだろ?」

 ロバートは、優しさの欠けらも無いことを言った。

「ガチバカなんだけどね、学校の授業が問題なのよ」

 私は、学校の授業内容をロバートに教えた。

「小学生レベルじゃん、それじゃあ」

 そう、この世界に分数はない。掛け算や割り算はある。漢字だってない。言葉が理解出来れば、ほとんど問題ないレベルだった。歴史も、どんだけ長いかなぁって挑んだら、1000年もない歴史だったのだ。国の歴史と世界の歴史と合わせたって、戦国時代からの江戸時代の、武将と将軍覚えるのに比べたら、漢字がないだけ簡単だった。

「だから主人公があっさり成績優秀者になったのよ」

「主人公は、転生者で確定なんだ」

「間違いないわよ。だって、私の顔と名前を知っていたもの」

 写真のない世界だ。いくら王子の婚約者とはいえ、国民全員が顔を知る機会なんてあるはずがない。逆に安全を考えたら、肖像画程度でも出回らないはずだ。まして、私は社交界デビューした引きこもり令嬢なんだから、よけいに顔を知られていないはずなのだ。そう、王子のヤンデレのせいで、私の顔を知らしてめていないはずなのである。

 こんなに美しいのに。

「じゃあ、あっちは確実に成績優秀者になるね」

「うん、何故だか乗馬とダンスも出来てしまっているのよね」

 とにかくこれをマスターさえすれば、私だって成績優秀者になれる可能性は限りなくある。

「破滅エンド回避出来そうなのかよ?」

「たぶん、ね。万が一婚約破棄されたとしても、破滅エンドにはならないと思ってる。だって、主人公のこといじめてないもん」

「俺的に考えると、主人公の方が悪役なんだけど。婚約者がいる王子を攻略対象にしてんだろ?」

 そう、それだ。ゲームの世界ならなんとなく憧れの王子と一度でいいからダンスしてみたい。からの、一目惚れされちゃう。からの、邪魔な婚約者を断罪破滅エンド。ってのはありかもなんだけど、

「これって、ゲームじゃないもんねぇ」

 この間、家庭教師とのダンス練習を頑張りすぎて、足がガクガク震えていたら、階段を踏み外したのだ。お尻で階段落ちをしたら、めちゃくちゃ痛かった。アザもできた。そう、痛いし、怪我もする。これは現実だろう。「でもね」

 私は窓の外のロバートに言った。

「私が破滅エンドを迎えても、ロバートは安全よ」

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