第5話 主人公、なんか予想と違くてムカつくんですけど

 乗馬の家庭教師と、歴史の家庭教師は、土日に来てくれることになった。平日は学校があるので、とにかく授業は真面目に受けることにした。仮にも王子の婚約者なのだ!見た目だけのお飾り人形では、すぐに側室を作られてしまうでは無いか!捨てられるに決まってるのに、なんだってこのアンネローゼはここまでお馬鹿なんだろう?

 周りは本当に何もしなかったのだろうか?もしかすると、本当にただのお飾り王妃にするつもりで、私を王子の婚約者にしたのだろうか?その辺の政治的な背景さえ分からない。

 とにかく、授業を、真面目に受けて分かったことは、入学してからの約1ヶ月、アンネローゼはまともに授業を受けていなかった。とにかく、ノートが酷い。字は綺麗なんだけど、黒板の文字をまともに書き写していないのだ。

 まぁ、最初の1ヶ月ぐらいはすぐに取り返せるだろう。こちとら高校受験を経ての高校生活を、手に入れたんだから。本当、数学と国語は何とかなる。天文学?地学みたいな学科は暗記すれば何とかなりそうな感じがした。聞きなれない言葉が多すぎるけど。

「そういえば、王子に会ったことないな」

 ぽつりと漏らすと、リリスがすぐさま反応をした。

「王子は3年生でいらっしゃるので、校舎が違うのですよ」

 なるほど、校内が違けりゃ会えないわな。それは、残念。せっかく婚約者なのに、記憶が戻って?からまだ王子を見ていない。同じ学校にいるのだから、1日1回ぐらい会えると思っていたのにな。



 昼休み、リリスと別れていつもの庭に向かって歩き出してふと足が止まった。

 主人公のいる教室だ。

 たしか、主人公ってプラチナブロンドのストレートヘアに、翡翠の瞳の美少女キャラだったはず。平民の子女だから、私より肌の色が少し濃いめにキャラデザされていたんだよね。健康優良児ってやつ?

 ちょっと気になって、主人公のいるはずの教室を覗いて見た。昼休みだから、あまり人はいない。

 わざわざ、声をかけてまで主人公を見る必要はないか。と、再び歩き出した時横からドスンっと誰かがぶつかってきた。どうやら、私の歩き出しが遅すぎて突進してきた形になったようだ。

 走ってきた訳では無いので、私は多少よろけただけで倒れはしなかった。が、横からぶつかるとか前を見て無さすぎでしょう!ちょっとムカついてぶつかってきた人物を見た。

 すると、

「あー!アンネローゼ・リヒテンシュタイン!!」

 あろうことか、私の顔を指さして大声で私の名前を叫んだのだ。

 なに、この、失礼極まりない生徒は?貴族の令嬢なら、こんなマナー違反するはずがない。と、なると平民?

 私が呆然と立ちすくんでいると、背後からくすくすという、笑い声が聞こえてきた。「これだから平民の出は」「礼儀もマナーもなってないわ」という、恐らく貴族の令嬢たちの、囁き。だが、誰一人として私のことを案じてはいない。私が誰だか分からないのか?それともわかった上で助けようとしないのか?

「……ぶ、無礼でしょう、人のことを指さすなんて」

 私は、顔の前にある指を払い除けた。ウザイ!

 私の反応に驚いたのか、私を無礼にも呼び捨てた上に指を指したその人物は、私の顔を見て固まっていた。

 もちろん、私もその人物をみて絶句した。

 主人公じゃん!

 成績優秀者じゃなかったのかよ!最低限のマナーだぞ、人にぶつかって謝りもしないとか、人の顔を指さすとか、名前を呼び捨てにするとか、全然出来てないじゃん!!

「あ……」

 主人公は固まったままだった。そんなに私に反撃されたのが予想外だった?悪いけど、こちらは根が悪役令嬢なのよね、口撃だったらいくらでもできるわよ。

「人にぶつかっておいて、謝りもしない、名乗りもしないのはどう言うことかしら?あなたは私ことをご存知のようだけど?」

 ちょっとムカついたので、ゆっくりと少し大きめの声で言ってやった。これが私がぶつかっていったのなら正しく悪役令嬢のなせる技だけど、ぶつかって来たのは主人公で、さらに大声で私の名前を叫んだのだ。完全に私が辱めを受けている。

「失礼しました。私はミュゼットと申します」

 うん、やっぱり主人公だ。リリスの教えてくれた成績優秀者の中にいた、唯一の平民の女子生徒。

 私は、一瞬で考えた。今、チャンスじゃない?

「成績優秀者である方が、私のような名前だけの公爵令嬢にこんな事をするなんて……」

 手で顔をおおって泣き真似をしてみた。私が勉強も出来ないからと下に見てるのですね。と小声で付け加えてやった。

 これで、成績優秀者の平民の女子生徒が、名前だけの公爵令嬢をさらし者にしているの図の完成だ。だって、公の場で大声で名前を叫ばれるなんて、なんて辱めなんでしょう。

 私が乗馬が出来ない(運動音痴)、勉強が出来ないくせに、顔と地位だけで王子の婚約者になったと暗にさらし者にしている。と、周りに印象付てやった。

 当然、主人公は慌てている。本当はどんな人物が知らないけれど、最低限のマナーもできないような娘に、私の大切な立ち位置を奪われてたまるか!どうよ?廊下でぶつかられて、名前を大声で叫ばれて、指をさされてさらし者にされて泣き崩れる私。どーみたって悪役令嬢から程遠い。

「あの、ごめんなさい。前をよく見てなくて」

 主人公が慌てて謝ってくる。よしよし、いい感じ。

「いいんです。廊下で不用意に立ち止まった私がいけなかったのです」

 私は、手で顔をおおったまま若干涙声で言った。

 うん、上手に泣き真似できている。昨夜やったばっかりだもん、だいぶコツがつかめてる。

「あの、本当にごめんなさい。失礼をしてしまって」

 主人公の声が若干震えている気がする。いくら身分の差がなく学校生活が送れるとはいえ、さすがに、王子の婚約者を泣かせるのはまずいだろう。しかも、1年生で成績優秀者と来れば、周りが勝手に誤解してくれる。


 あの子、王子を狙っているからアンネローゼ様が邪魔なのよ。って


 我ながら姑息な手だけれど、悪役令嬢の破滅回避のためには自分がヒロインになるしかないんだよね。

 主人公は、なんか補正が入ると思うんだ。幸せにはなれると思うよ。



 そんなことをしたせいで、いつもの生垣の場所に行くのが遅くなった。が、私の侍従であるロバートはちゃんと、待っていてくれた。

「聞いたよ。主人公に虐められたって?」

 ロバートは呆れ顔をしている。なんで、立場逆になるんだよ?と聞いてきたので、私は教えてあげた。別に隠すことじゃないし、侍従であるロバートには教えておかないと、逆恨みされるかもしれないじゃない。

「はぁ、なるほどねぇ。うまいことやったなぁ」

 ロバートはしきりに感心している。

 私だって、破滅エンドは回避したい。そのためにはなんだってやらなくては!今回の件は、たまたまいいフラグが立ったから回収しただけ。主人公に回収される前に、私が回収したのだから、私のヒロインポイントになったはずだ。

「歩きながらのお喋りって、なかなか体力いるなぁ」

「前に聞いたことがあるのよ。喋れるぐらいのペースで歩くのが呼吸器系を鍛えられるって」

 リリスに注意されたので、基礎体力作りを兼ねてロバートと学校の庭を歩くことにした。週末から乗馬の家庭教師も来るし、体力と、持久力は大切だ。こうやって人目につくようにすれば、怪しい関係には見えまい。令嬢のお散歩に付き従う侍従にみえるはず。

「それで、主人公はどうだった?」

 ロバートこと貴志からしたら、プラチナブロンドの主人公はものすごく気になるらしい。

「どうも、こうもないわよ。いきなり私の顔を指さして名前を叫んだよの、信じられないわ」

 思い出してもムカつく。そんなことされたのは、幼稚園以来だ。近所の幼なじみが、クラスの違う私を見つけた時以来。

「美人だった?」

「美人だったわよ!でも、ゲームの設定と違って物凄いガサツな印象」

「えー、そーなのー」

 貴志はガッカリしたらしい。ゲームの設定では、主人公は美人で聡明で、人懐っこい笑顔の平民の女子生徒。成績優秀者にもなって、貴族の子息、令嬢からも一目置かれるぐらいの優等生、になるはず……なんだけど?

「うん、なんか、全然中身が違ったのよねぇ」

 私は、肩透かしを食らったようで、なんだか腑に落ちなかった。

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