六、闇に近いほど見えてくる絶望の光

 ジャロンにかけられた声は怒気を放っており恐怖で足がくすみレイラとの距離が縮められない。

 秋祐は死んだ。だから声を発せられるわけがない。

 そう思い振り向くと、やはり秋祐しかいない。そして倒れてた秋祐は何故か立っている。


『何故立っている。お前は死んだはずだ』


「こやつは確かに死んでいるが、もうすぐ戻ってくる」


『何を言っている』


「フッもう直分かる」


 異様な空気を纏った秋祐はジャロンを蔑む瞳で見ていた。


『キサマその目はなんだバカにしてるのか』


 鼻で笑って秋祐は前進する。

 一歩の歩みは敵の目の前と言わんばかりにジャロンの前に一瞬で辿り着く秋祐。


「ぬしがバカにしたこやつと他の者の分だけバカにしてやろう」


 秋祐が刀を横に薙払った為ジャロンは横に勢いよく転がり続ける。


「ぬしが嘲笑った者の分だけ我はバカにし笑ってやろう」


 また秋祐はジャロンの目の前に現れると左拳を腹の奥にくい込ませる。


「ぬしが絶望させた分だけ屈辱を与えてやろう。ぬしの生き様に後悔するがよい」


 そこでジャロンは崩れ落ちた。

 同時にジャロンの周囲の瘴気が禍々しくなっていく。


『GUROAOOOOOOOOOO』



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「ここは……」


 暗闇の中、秋祐は一人呟く。

 そして秋祐がいる場所は空気が重く重圧をかけられているようだ。

 いやただ見ないようにしてただけだ。目の前にいる無数にある柱に縛られている人達を──


 秋祐のことを無視するかのように身体は前へ前へと進み出す。

 何本もの磔を通り抜けそして進み続けて秋祐の身体はある磔の前で止まる。

 銀の鱗に白の鬣、神龍と言っても過言ではない。

 そんな竜族の言う辰が何故目を閉じているのだろう。ここにいるのだろう。


『お主、皆を救いたくはないか?』

 皆?何のことだ。


『呪いに食われてしまったか』


 だから何のことだ。意味分かんねえ。


『思い出せないだろうからワシが勝手にお前を助けよう』


 助ける?笑わせるな俺はいつだって………いつだって………。

 俺は何を言おうとしてた?


『呪いも消すとまではいかんが、進行を止めておいてやろう』


 俺は何をしていた?誰かを叩きのめすことだけを考えていたと思うのだが、なんでだ。なんで思い出せない。


 もういいや……



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 激しく荒れる瘴気の中、秋祐は平然と立ち、今やもうジャロンの形すら残ってない生物を睨み付けていた。

 叫びという雑音が響く中、秋祐の声は強い芯を持っており相手に言葉を届けた。


「ぬしの天敵、神龍が目覚めようとしておる」


 雲が集まり空が暗くなっていく。

 そして稲妻が走り雷が何度も落ちる。何度目か雷が落ちた後秋祐の頭上に落ち、すぐ消えるはずの光の柱は長引いていて、そこから白く輝く銀の鱗を持った辰が現れた。


『お主が秋祐を呪った邪竜か?』


『GUROOOOOOOOOOOOO』


 辰が現れたことにより瘴気は晴れていく。

 それによりアズガルを苦しめようとした呪いが浄化されていく。


 視界が戻ったことによりレイラ達は達を視認する。


「た、つ?」


「人族が竜になるとは、しかも辰に」


 フォンベル兄妹は秋祐が竜になったころに驚愕していた。

 無理もない。今まで竜族以外が竜になることがなかったから、あり得ないことだからだ。


 ノエルはというと。


「あら、秋祐はいつだって予想の反対のことしかしないわ」


 今起きていることが当たり前かのように秋祐を見ていた。


「だが、竜になれるのは竜族だけの能力なんだ。それをただの人族が……」


「ただの、なんて言うのやめなさい。知らないうちに決め付けは良くないわ」


 ノエルはアズガルを微笑みながら見据える。いかにもその目は見る目がないと言っているかのようだ。


「だが、」


「目に映っていることを疑問に思うは大切よ。でも、目に映っているからこそその事実を受け入れなさい。そして知らないからじゃなく、知ろうとして見ていれば自ずと分かってくるわ」


「………」


 アズガルはノエルの言っていることは理解してるが、納得はしてない。


 こんな非常識なことなど認められないと──。


 ノエルは言葉を続ける。


「なら、ただの箱を貴方が開けてそして泣いた。それは何故?」


 意味の分からない問題を出され戸惑うアズガルは考えるが答えは出ない。

 自分が秋祐のことを知らないからだろうと思った瞬間、別の場所から答えが出た。


「言葉が入ってたから……」


 レイラが答えていた。

 その答えに満足げに頷くノエル。


「なんでそう思ったのかしら」


 レイラは絶望の中、何も信じられなかったあの時に「大丈夫だ」と言ってくれたことを思い出していた。どんな変化があるか分からない不安を誘うその言葉はあの時強い力を持っていた。


「あの人の言葉は心に入ってくるから」


「そうね、そしてアズガル、貴方にはこの言葉が贈られるでしょうね」


 ノエルは辰となって闘っている秋祐の目をやり言った。


「ご苦労だったな。大丈夫だからもう泣いていいぞ」


 まるで秋祐が言ってるかのようだった。

 そしてアズガルが目から涙を流しそうになった時、ノエルの侍女のエリスがやって来た。


「ノエル様、勇者達を連れて参りました」


「貴女、せっかくの雰囲気を壊しに来たのかしら」


 ノエルは自分の額に片手で抱え溜息を吐く。

 アズガルはというと顔を上へ向き必死に涙を我慢している。その証拠に握り拳を作った手が震えている。

 遅れてやって来た勇者の春樹達もその場の状況を読み取って苦笑いしていた。


「アズガルさんが泣きそうな所をエリスさんや僕達が来た所為で泣けなかったというか……」


「私達が邪魔になってしまった。すまない」


「も、申し訳ありませんノエル様。おらぁ泣けノエル様に泣き顔を晒せ」


 エリスは謝ると、アズガルに蹴りを入れていく。

 春樹達はその状況を見てドン引きする。


「は、ははなんか気の毒だな」


「そんなことよりアキが闘っているって聞いて来たんだが……」


 相変わらずの雪斗は平常運転で話しをずらすが、元々秋祐が闘っていると聞いて来たわけだから本題に戻したが正解だろう。


「どこにアキがいるんだ?二体の竜が暴れてるようにしか見えないんだが」


 春樹達の目の前に広がっている光景は二体の竜が地響きさせながら暴れているようにしか見えてなく、秋祐の姿はどこにもない。


「秋祐ならそこにいるわ」


 そう言って二体の竜を指す。


「死んだ後、辰になって今もあの黒い竜の暴走を止めようとしてるわ」


「えっ」


 その声はどこと無く勇者達の方から聞こえた。


「アキさんが、死んだ」


 そう誰よりも秋祐のことを慕っている桜だった。


「アキさんが、死んだって言いました?」


「ええ、言ったわ」


 ノエルの返事に桜はキッと睨む。その睨んだ瞳には涙が溜まっていた。


「なんでアキさんが死ななければならなかったんですか。序列一位のノエルさんが闘っていればアキさんは死なずに済んだのに」


「おい小娘。誰がノエル様に無礼を許した」


 桜がノエルに掴みかかろうとした所をエリスが割って入り止めに入る。それでも桜の勢いは止まらない。


「アキさんは何も力を持っていないんですよ。それなのに」


 エリスに邪魔されながらも桜は隙間からノエルを覗き見る。


「それなのにアキさんはいつも死を目の前にして闘ってそして傷付いて……ノエルさんはなんでアキさんを助けてあげないんですか?」


「私は貴女が思っているほど強くない」


 ノエルは歯軋りする。


「みんな私を強いと言うけど、私にも怖いことはたくさんあるの!ジャロン・アーベルは呪詛が得意な男よ」


 ノエルの顔は怒りに満ちていた。


「呪いに蝕われたら生きていても必ず何かを失ってしまっているの。それを知っていて自分から挑もうなんてするのは世界に絶望してる者か芯に強い心を持った者だけよ。これを聞いて貴女はジャロン・アーベルに殺し合いができる?」


「っ!」


 桜は押し黙ってしまう。

 何も言えなかった。

 自分がノエルに対して言っていたことに気付いたから。


「自分ができないことを私に言わないでちょうだい。秋祐が死んで悲しいのは貴女だけではないの」


「……ごめんなさい…………」


 か細い声が空気を支配する。

 レイラが魂が抜かれたような表情で言った。


「私の所為です。私が生きてたから、私を助ける為に死にました。ごめんなさい……」


「いや、俺の所為だ。俺が強かったら、妹を守れる力を持っていたら、あいつよりも強かったら、あの人族が死ぬことがなかったんだ」


 二人はそれぞれ自分を罵倒する。


「これをどうにかできるのは貴方だけよ秋祐。なんとかしなさい」


 ノエルは小さくそう呟いて暴れる二体の竜を眺める。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆



 辰と竜が衝突する度に砂は舞い上がり音と震動が震える。


『GYARURURURAOOOOOOOOOOO』


『禍々しい瘴気を撒き散らしおって』


 白と黒の光線が交差しては消え、そして

 白と黒の衝突が繰り返されていた。


『お主ら忌々しい邪竜は傲慢で怠慢で強欲すぎる。だからいつの時代も嫌われる』


『GUROGAAAAAAAAAAA』


『お主らは思い通りにならなければ、最後の手段として自分の枷を外して呪い殺す。今回は何をしたか知らんが』


 しかし辰は確信していた。


『だが、この身体の主はお主を殺さんばかりに怒っておったから悪事を働いていることは分かる』


 辰はあの時の秋祐を思い出す。

 記憶が消されてたとしても身体は覚えていたのか、顔だけは怒り狂った表情だった。


『心優しい少年を人が変わったように怒っていた所を見る限り相当やりおったな』


『GURUGURUGURURURU』


 黒い竜は笑ったかのように鳴いた。


『GURUGURUGUGAGAGAGAGAGA』


 不愉快な鳴き声が響く。

 その声は鳴り止むことはなかった。


 と、思われた。


「笑うなーーーーーーーーーーーーーー』


 レイラの声が響き渡り竜化し、翼を広げた白く美しい竜となって黒い竜にのしかかり引きずり回す。

 そうしているうちに黒い竜は口を開き、瘴気が集まりだす。自分が危険だと知り離れようとしたが、間近だった為直撃してしまう。


『きゃああぁぁぁ』


 レイラは起き上がろうとするが、放たれた瘴気の光線を受けたことにより瘴気が身体に纏わり付き思うように動かせず、這いつくばる。


 それを見ていたアズガルは焦る。


「ねえ、妹を助けないの?」


 ノエルの問いにアズガルは俯く。


「助けたい。だけど……」


 そう言って震える身体を抑え込むように右肩を抱く。


「やっぱり無理だあいつと対峙するって考えると身体が動かない」


 この時ノエルは呆れ半分感心半分だった。その理由は身体は震え上がっているが顔は気迫が籠っていた。前へ出るという意志が伺えたからだ。意志を無視する身体はそれほどジャロンに恐怖を抱いてたのかもしれない。


 勇者たちは平和に暮らしていた為か現実から背いて恐怖で微動だにしない。


 そんな中でもどんどんレイラと黒い竜との距離が縮んでいく。

 辰はレイラと黒い竜の間に割って入る。


『GURYURURURUGAAAAAAAAAAA』


 威嚇する黒い竜。

 そんなことを辰は気にせず、身体を黒い竜に巻き付ける。


『捕えたぞ。もう終わりにしよう』


 そう言うと辰の身体は光出し、その光が黒い竜を包み込む。


『消滅の裁き』


 黒い竜は光と共に粒子となり消えて行った。


 それを見届けた辰は縮んでいき秋祐の姿になりその場に落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る