五、死を前に思いを口に

 夜の八時、レイラは校舎の裏山を一人で歩いていた。

 学院でのできごとが気になっていたのだ。

 ビクビクしながら歩いているとふと声がかかり跳び跳ねる。


「あら、貴女も観戦しに来たの」


 振り向くとそこにノエルがいて、嬉しそうに微笑んでいた。


「あの、なんでノエル、様が、ここに?」


「これから秋祐が闘いに赴くのに私が近くにいないわけないでしょう」


 レイラはあの人族が闘うから嬉しいのだろうかと疑問に思う。

 ノエルはフフ、と笑い言葉を続ける。


「誰かを助ける為に死を覚悟の上で闘いに挑む。そんな雄姿を見逃せないわ」


 ノエルは知らないはずのことを何故知っているのだろう。あの人族が伝えたのだろうか。


「それで、貴女はどうするの?」


 ノエルがレイラの問い掛ける。人族の闘いを見に行くかどうかだろうか。


「秋祐は勝つのだけれど、その後はどうするの?秋祐から離れるの?私はそれでもいいのだけど」


「私は──」


 ノエルは急に立ち止まり遠くを見据える。

 距離は大分開いているが秋祐とジャロンが二人対峙しているのがうっすら見える。


「ここで観戦しましょう」


 レイラにとって、いや誰にとっても秋祐たちと自分たちの距離では見えずらいはず、ここは山の中で木々が生い茂っている。

 どうやってここで状況を知ることができるのだろうか。


「ふざけんな!」


 人族の声。距離があるため小さく聞こえたが地響きが唸っているかのように錯覚した。

 ただの人族にこんな迫力のある声が出せる思っていない。いなかった。

 小さき者が強大に対しての威嚇。レイラは萎縮してしまった。

 その頃秋祐は頭の血管がはち切れる思いをしていた。

 その理由は目の前にいるジャロン・アーベルがフォンベル兄妹にしたことを白状したからだ。

 時は遡り秋祐は一人で校舎の裏山を歩いていた。

 目的は裏山の神社に待機しているジャロン・アーベルを地獄の底に叩き落とす為だ。

 鳥居を潜って境内に入った瞬間、前から声がかかった。


「おや、秋祐じゃないか。ようやく俺の武器を──」


「テメー、アズガルたちに何をした」


 ジャロンは右目が一瞬不機嫌を表し動いた。


「俺の話を遮るな人族の分際で」


「うるせえテメーに武器を作る作らないは俺の勝手だ。俺がテメーの武器を作って欲しいなら俺の質問に答えろ」


「いいだろう。と言っても俺がアズガルにレイラを俺の嫁にするって言っただけだ。光栄だろ。なのにあいつは拒みやがった。俺は竜族の中の上位種である辰だから喜ばしいはずだ。だが約束も守らない。辰である俺の命令は絶対なのに」


「ふざけんな!」


 その声、言葉はジャロンを怯ませた。

 ちっぽけな人族にこんな迫力のある言葉が出せるなんて思いもしなかっただろう。


「テメーみたいなザコがアズガルやレイラに手を出すんじゃねぇ」


「はあ?俺がザコ?」


「ああザコだアズガルよりもな」


 その言葉はジャロンの我を忘れさせるのに十分。

 そして怒り出すジャロンは竜族特有のドラゴンに身体を変える竜化をする。

 竜化したその姿は長い胴体に綺麗すぎる鬣。まさに神々しい辰だった。


『俺を愚弄したこと後悔させてやる』


 だが秋祐は辰を見ていなかった。


「うるさい喚くな。ザコが」


『この姿を見てもまだ言うか』


「ザコはザコだ。そもそもまだ俺はテメーの姿を見てない」


 おかしなことを言う秋祐。上空に辰の姿をしたジャロンがいるのに気付いていないのだろうか。


『上を見ろ!俺はいるぞ』


「隠れてやり過ごすつもりなら俺から行くぞ」


 そう言って刀を取り出すと一直線に駆け出して、そして上段から黒い刀身を振り下ろす。

 すると何も無いところから血が出てきた。


「ほら、ここにいた。特別な鉱石で作ったこいつはよく斬れるだろ。この前の借りを返す。さあその醜い姿を晒せ」


 何もなかったその空間が歪みうっすらと姿が露になっていく。

 完全に目にすることができたその姿は呪われているとしか思えない忌々しく身が腐ったように爛れて気持ちの悪い姿だった。

 そしてさっきの斬戟で右目は縦に斬れていた。

 うわ~と口にすることを堪える秋祐は代わりに別の言葉を口にする。


「おいクズ竜、他人の記憶にテメーの姿を焼き付けられた感想はどうだ」


『キサマーーーーーーーーーーーーーーーー』


「お似合いの姿だなクズ竜。産まれた瞬間から道のない道に立たされてたみたいだ」


『ダマレーーーーーーーーーーーーーーーー』


 ジャロンは秋祐を薙ぎ払い木々を薙ぎ倒しながら飛ばされる。

 そして追い討ちかけるように秋祐に近付き滅多打ちに殴り込む。


『人族もアズガルもみんな死んでしまえばいい』


 黒く禍々しい瘴気がジャロンを中心に激しく渦巻く。

 力の無い人族なら恐怖して立っていられないだろうが、何の力も持たない秋祐は足を震わせながら奮い立つ。


「弱いテメーが死ね」


 よく見ると秋祐の周りだけジャロンの瘴気が無く、空気が渦巻いていた。

 秋祐は感情に理性を半分以上持っていかれている為気付いていない。


「テメーは弱いなりに自分を追い込まないで研くことをしなかった。そして他人を傷つけて強くあろうとした。そんなヤツが強いわけがねえ」


『ウルサイシネ』


 突然秋祐を中心に赤黒い球体が出現し秋祐を取り込んだ。


「があああああああああああああああああああああ」


 秋祐はその場に倒れる。


『人族、お前はもうすぐ死ぬ。生きてたとしても記憶は無くなっているだろう』


 秋祐は嘆く。

 自分はまた大事な物を失うのか。守ろうとした者のことも忘れてしまうのか。

 それなら全部言ってやる忘れてしまう前に、誰に伝わるか分からないけど、無駄かもしれないけど、今から言う言葉に幸あらんこと願う。


「レイラが俺に怯えた」


 その声は小さかった。

 が、次の瞬間秋祐は拙い足取りで立ち上がり大きく声を張り上げる。


「アズガルが泣いてた」


 その声は震動となり地響きとなりレイラたちよりも遠くにいる者にも伝わる。

 次の言葉は二度の出来事だったが、 魔王の娘に大鎌を渡した後の知ったあの時を思い浮かべながら叫んだ。


「誰もいない場所で泣いていた。妹を守る為に自分で傷付いて泣いていた。妹に嫌われて泣いていた。声をぶっ殺して泣いていた。泣くなら声にして大声で泣きやがれ」


 あの時は泣き叫ぶことを我慢し、声が出ず激しく叫ぶように息だけ出ていた。そういうやつは、


『あいつが泣いていたなんて笑える』


 強い。


「あいつより弱いヤツが嘲笑ってんじゃねえよ」


 大声が凶器となってジャロンを凍り付かせる。


「他人を傷付けて自分を守る弱いヤツより、自分を傷付けて他人を守るやつが強い。あいつは毎日傷付き、苦しみ堪えながら死にたいと思いながら生きてきた。そんなやつが弱いわけがねえ」


 どんどん身体から力が抜けていくのを感じる。だけど秋祐はまだ言い足りないと踏ん張る。


『な、泣くヤツが強いわけがない。妹に嫌われるのも当然だ』


「クズ竜、黙れもう喋るな口を開くな息をするな。不愉快だ」


『これでレイラを手に入れることができる。あはははははははははははははははははははははははははははははははははははは』


「誰がレイラをクズ竜にやるか。死にたいなんて言わせたヤツに」


 あの時、保健室に入って来たレイラは秋祐の顔を見て「死にたい」と言っていた。だから秋祐はキレた。笑顔が消えただけじゃなく、絶望していたから。


「それにレイラはもう俺のものだ。笑顔を潰したテメーには渡さん」


『笑顔?お前に見せるわけねえだろ。お前バカだろ』


「黙れつってるだろ」


 秋祐から異様な空気が放たれる。


「俺はなあいつの、レイラの笑顔が大好きなんだ。どうしようもなく大好きなんだよ。あいつが笑っていれば俺はそれでいい。俺は現実に打ちのめされてた俺を救ってくれた笑顔を救いたい」


 あの時この世界に召喚された時、何もしてない秋祐が王女に勝手に怯えられそして自分が力の無い人間で無力な秋祐は武器の扱いを覚えたが、魔法を使う相手にはいつも死と隣り合わせだ。

 そんな時に見た笑顔。この世界にはまだ幸せが隠れていると思わせてくれた笑顔。

 今度は自分が救う番だとそう思う秋祐。


『ただの笑顔で救われた?ただの表情にそんな力はない』


「そのただの笑顔で俺は救われた。だから力はある。どんなちっぽけなことでも、それが何かを救うことがある。希望になる」


 そう言い終わった瞬間、秋祐は口から血を吐き散らした。


『やっと呪いが全身を回ったようだな最後の瞬間を絶望しろ』


 その言葉を聞き終わった後か終わってないままか秋祐の意識は途切れ倒れる。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 ──レイラが俺に怯えた。


 聞こえなかったけどレイラにはそう聞こえた気がした。

 あの時は人族のアキヒロの形相の顔が怖かった。

 なんで自分がこんな怖い目に合わなければいけないのかと絶望感にかられて「死にたい」なんて言葉を吐いてしまった。

 その時の彼の顔は恐ろしく気絶しそうだった。

 だけど彼は大丈夫って私に向けて言っていた。表情と言葉が噛み合っていなかった。

 保健室の先生にアキヒロのことを教えてもらい背中を押してくれた。

 私はアキヒロを追いかけた。

 着いた先ではお兄さまがアキヒロに怒鳴られていて、そこで真実を知った。

 そしてアキヒロが出て行った後お兄さまは──


「アズガルが泣いてた」


 一人で、それにつられてわたしも泣いた。


「誰もいない場所で泣いていた。妹を守る為に自分で傷付いて泣いていた。妹に嫌われて泣いていた。声をぶっ殺して泣いていた」


 勘違いしてた。お兄さまはわざと私に嫌われる為冷たい態度をとっていた。私を守る為。


「泣くなら声にして大声で泣きやがれ」


 本当のことがバレないように隠れて泣いていた。一人で辛かったなら私に打ち解けて欲しかった。


『あいつが泣いていたなんて笑える』


 そんな言葉聞きたくない。


「あいつより弱いヤツが嘲笑ってんじゃねえよ」


 だって私を守る為に傷付いて泣いていたのに、報われていないのに笑われたらお兄さまに対して立ち直れない。


「他人を傷付けて自分を守る弱いヤツより」


 私を守るために傷付いたお兄さまをバカにしないで。


「自分を傷付けて他人を守るやつが強い」


 毎日が暴言の嵐だったけど、思い返すとお兄さまがいなくなった後いつも何かを叩く音がしてた。

 そんなこと考えていたら後ろから枝を踏んだ音が聞こえて振り返る。そこにいたのは兄であるアズガルだった。

 お兄さまは方頬に線を書いたように涙が流れていた。


「すまない。驚かせるつもりはなかった」


 お兄さまはそう言うと遠くへ、アキヒロへ視線を向ける。

 私もアキヒロへ視線を向ける。もう限界に近いのか彼の持っている物を杖代わりにしていた。


「ごめんなレイラ」


「……·…」


 声が出ない。ありがとう──この言葉が言いたいのに伝えたいのに、まだ怖い。


「その様子だったら二度と秋祐に近付くことできない所か秋祐が離れていくでしょうね」


 そんなことはないと思う。

 だって私はアキヒロのものにされたから、だから──


「許婚者なのに私の側にいて欲しい。でも秋祐は自分から近付こうとしないの。なんでだと思う?」


 分からない。

 種族関係なしに彼女を欲しがる男は数知れない程いて、今も彼女を手に入れることを誰も諦めていない。

 だから彼女から距離をとろうとすることが考えられなかった。


「分からないでしょう。私も分からなかったから勇者四人に聞いたの、そしたら秋祐は他人も自分も信用してないって言ってたわ」


 保健室の先生が言ってたことは本当だった。


「こうも言ってたわ。嫌われすぎて自分自身を嫌いになってるから他人からの好意を恐れているかもって」


 彼こそ本当は死にたいと思っているのかもしれない。


「だから私、秋祐を振り向かせる為に考えてみたの。攻めてダメで引いてダメなら攻めて続けるしかないって」


 このままじゃ私からアキヒロがいなくなるかもしれない。

 また私はお兄さまを傷付けたようにアキヒロを傷付けるの?

 それは……。

 レイラはアキヒロを見つめ、自分に問う。

 私はアキヒロとどうありたいのか。

 そこで、不愉快な声が地を馳せる。


『な、泣くヤツが強いわけがない。妹に嫌われるのも当然だ』


 お願い黙って何も知らなかった私は笑われても受け入れる。だけどお兄さまを悪く言わないで。


「クズ竜、黙れもう喋るな口を開くな息をするな。不愉快だ」


 お兄さまがどれだけ貴方と私の所為で傷付いたと思っているんですか? 


『これでレイラを手に入れることができる。あはははははははははははははははははははははははははははははははははははは』


 笑わないで笑わないで笑わないで笑わないで笑うなーーーーーーーーーーーーーーーー。


「誰がレイラをクズ竜にやるか。死にたいなんて言わせたヤツに」


 私はバカだ。自分ばかりが傷付いてるなんて思っていた自分が恥ずかしい。


「それにレイラはもう俺のものだ。笑顔を潰したテメーには渡さん」


 そう言って貴方もお兄さまみたいに傷付いていくの?


『笑顔?お前に見せるわけねえだろ。お前バカだろ』


「黙れつってるだろ」


 今の私は笑顔を作れるだろうか?

 

「俺はなあいつの、レイラの笑顔が大好きなんだ。どうしようもなく大好きなんだよ。あいつが笑っていれば俺はそれでいい。俺は現実に打ちのめされてた俺を救ってくれた笑顔を救いたい」


 その告白は私を動揺させた。私の笑顔がアキヒロを救っていたことは知らない。それに笑顔がすすす、好きだなんて。でもごめんなさい。アキヒロが知ってる笑顔はもう、


『ただの笑顔で救われた?ただの表情にそんな力はない』


 私も思う笑顔で誰かを救うなんてできない。そんな力があるなんて私には思えない。


「そのただの笑顔で俺は救われた。だから力はある。どんなちっぽけなことでも、それが何かを救うことがある。希望になる」


 そう言い終えた瞬間、アキヒロの口から血が吹き出る


『やっと呪いが全身を回ったようだな最後の瞬間を絶望しろ』


 アキヒロは倒れる。ピクリとも動かない。


「ぃ、いや」

 

 その光景を見たレイラは小さな悲鳴が出た。

 決して大きくなかったその声はジャロンに存在の知らせとなった。


『ちゃんと連れて来てるじゃないかアズガル』


 満足そうに言うジャロンだが、アズガルはヤツが予想しない言葉を吐いた。


「お前に妹を渡す気はサラサラない」


 アズガルの言葉に機嫌を損ねたジャロンは禍々しい魔力を帯びていく。


『貴様、地の底に埋もれて死ね』


 それは呪いの言霊。

 アズガルは正面からそれを受けた為、地に伏せて動けなくなる。

 しかしそれだけではなく、死へ誘う呪いだからアズガルの身体を蝕んでいく。

 ジャロンはレイラを拐おうと距離を縮めていく。


「ぃや、いや、いやあああああああああああああああ」


 しかしジャロンの歩みは阻まれることとなった。


「ぬし、こやつを殺しておいて命あると思っておるのか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る