四、嘆き、無を知りそして……
「教えやがれ」
秋祐は空き教室で一人の男子生徒に静かに呟く。
その生徒は竜族でレイラの兄のアズガル・フォンベル本人だった。
アズガルの左頬は赤く腫れていて血が付いていた。
そう、秋祐がアズガルを見つけた瞬間に殴った痕だ。
「てめえは妹を傷つけて苦しむ姿を見て楽しいか?」
「そう見えているならよかった」
「全然そう見えないから聞いてんだ。答えろ」
アズガルは驚いたように顔を秋祐見て瞬間に怒りに染まった顔になる。
逆ギレ。
「どうしようもないんだ。竜族でも最高位の辰になるあいつにレイラをやれと言ってきたんだ。でもあいつだけには妹を渡したくなかった。だからレイラに恐れてられてでも会わせたくなかった。いつかこうしてればレイラに味方ができると思った。でもその味方がお前みたいな弱い人間だったのは正直残念だったよ。俺は今日、あいつによって死ぬ。だから、おま、君の許婚にレイラを守ってくれるよう言ってくれ」
秋祐は怒りよりも先に安心した。
レイラを傷付けたかったわけではなかったと知り、それでも腹が立つ。
「てめえがあの女を頼りにしてるのは分かった。が、お前が死んで残された妹はどう思うだろうな」
アズガルは少し考えて苦笑いし答える。
「怖い兄がいなくなって──」
それより先は言わせないと言わんばかりの秋祐の拳がアズガルの左頬を再び殴る。
「てめえが死のうがどうしようがてめえの勝手だが、てめえが死んで全員が全員喜ぶなんて思うんじゃねえ」
アズガルは呆けて秋祐を見続ける。
「俺もお袋が死んで悲しかった。悲しかったはずなんだ。でも、死顔思い出すたびに笑ってしまう。こんなの狂っているだろ」
確かに狂っているし気持ち悪い顔。でもアズガルの胸にチクリと刺した痛みが襲う。
今の彼の顔は歪んでいる。笑顔と悲しみが混ざり合って崩れた顔。
彼は苦しんでいる。
「俺の記憶にいるお袋はいつも笑顔で死ぬ時も笑顔、その後も笑顔で焼かれ………クソ」
そんなに笑顔しか見せなかった母親が嫌になったのか秋祐は悪態をつく。
「とにかくてめえがやろうとしてるのは俺のお袋がやったのと同じだ。妹をこんなくそったれな顔にしたいのか?」
アズガルは顔を横に振る。
「だったらてめえがやることはただ一つ、俺にヤツのことを教えろ」
「やめろあいつは上位種の辰なんだ。人族が相手にできるわけがない。俺はもう諦めるしかないんだ」
苦虫を噛みしめた表情のアズガル。それだけでヤツ絶対的な強さを感じさせられるが、秋祐には余り意味がなかった。
「何度も諦めてきた俺が言うが、諦めることは生きていくよりも辛い。生きていくことに必要とまでは言わないが、勇気こそが一歩目の糧だ。だからてめえの未来を諦めるのはまだ早い」
アズガルは俯く。
「ジャロン・アーベル。それがあいつの名前だ。今日の夜八時の校舎の裏山にある神社にレイラを連れて来いと言われた」
秋祐は少し考える。
「名前は覚えたがそいつはどういうヤツだ?」
「最近君が武器製作を断っている相手の中に竜族がいたと思うが、偉そうな態度とかよくとる」
それだけで相手の顔が分かった。
あいつだった。最近になって武器の製作依頼を断ってきているが、その中でも自分が絶対的権力者かのような自信で、秋祐に命令してきたヤツが一人だけいた。
そして今日、秋祐の右目を見えなくされた。
「そうかヤツがそうなのかハハハ借りを返す手間が省けて結構」
「借り?何言ってるんだ」
秋祐の笑い方に不気味さを感じながら疑問に思う。
「気にするな。てめえは妹と今後どう楽しく過ごすか考えてればいい」
「でも俺は……」
アズガルは今までしてきたことを気にしているか妹と笑って過ごす未来が受け入れられないようだ。
「ああもう、俺がてめえの代わりに妹に嫌われてやる」
「はあ?」
「てめえが妹の味方をしてれば関係も良くなるだろうな」
「今度は君が傷付こうとしてるのか。やめろ、君に俺と同じ傷を──」
「誰と誰の傷が同じだって?」
睨む秋祐はアズガルの胸ぐらを掴む。
「てめえと傷を舐め合いてえわけじゃねえし、てめえと同じ傷を負うわけじゃねえ。てめえと俺の傷は全くの別物だ」
秋祐は胸ぐらを激しく放す。
「てめえは自分の傷に気付いてやるべきだ。その凄さも」
空き教室のドアを開けて秋祐は出て行く。
その後ろ姿を見送り、そして泣いた。涙を止めようも自分で感情を抑えられない。
どうして涙が流れ出したのか自分でも分からない。
それほどアズガルは器に収まりきらないほど心がボロボロだったのだ。
そして一人、アズガルの泣く姿を見ていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
レイラは秋祐と兄の話しをドアを背に盗み聞きしていた。
秋祐が出てくる時は焦って隣の空き教室に入って隠れてやり過ごしたが、また兄がいる教室の前まで行き中を覗く。
そこにはいつもの兄ではなく、瞳から流し続けている兄の姿があった。
レイラにとってはその姿が衝撃的だった。
今まで自分だけが傷付いていたのだと思っていた。しかし実際は違っていた。自分だけじゃなく、恐れていた人も傷付き堪えていたのだと……。
自分が知らないだけで自分が見ていた絶望と思っていた現実はとても優しかった。
レイラは口を押さえ密かに泣いた。
今まで自分は守られていたのだと、嬉しさと自分を責めたくなる気持ちを込めて泣いた。
そして決意する。
絶対あの人族から離れてやるものかと、
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